第52話 ちょっとだけお別れ
蜘蛛のモンスター、アルケニーは魔石に還った。
でも喜んでばかりもいられない。
だってまだみんなが、リッカが囚われているんだから。
僕は槍を拾ってから、まずリッカが囚われている繭のような物体に駆け寄った。
そして、中にいるであろうリッカを傷つけないようにそっと切れ目を入れる。
変な方向へねじ曲がってしまっていた槍だったけど、なんとかその役目くらいは果たしてくれた。
繭に入った切れ目に両手をねじ込むと、強引に切れ目を広げる。
ぶちぶち、という嫌な音が響いているけれど気にしている暇なんてなかった。
そして人が出入り可能であろうというくらいまで切り込みを広げて、僕は声を失った。
「…………なん、で?」
その繭の中には何も入っていなかった。
確かにこの中にリッカが閉じ込められていたはずなのに。
え?どうして?なぜ?なにがあった?
もしかすると他の人達も繭の中にいないのかもしれない。
そう思った僕は急いで他の繭に取り付くと、中身を確かめた。
「……っぷはあ……イニスさん、助かりましたわ!」
まず一つ目からはマルグリッドさんが出てきた。
やっぱり思ったとおり、繭の中には人が入っていたんだ。
それならなぜリッカは……?
そう思いながらも残った繭を開けていく。
そこにはアイヴィが、セイラさんが、メリンダが入っていた。
最後の繭を開けると騎士さん二人がまとめて押し込められていた。
僕が気を失っている間に激しい戦いがあったのか、繭の中で息絶えていたみたいだ。
「そう、そのお二人はなく亡くなってしまったのね……。あの蜘蛛を相手にしても最後まで私達を守ってくれた最高の騎士、でしたわ……」
いつの間にか僕の後ろにいたマルグリッドさんが涙声でそういった。
「あああ、く、来るっ、蜘蛛が来るっ!!」
突然響いたその言葉に僕は驚いて周囲を警戒した。
けれど、それはメリンダが錯乱しての事だったようで、僕が倒した事を知ると少しずつ落ち着いていった。
「あの蜘蛛を倒すなんてさすがお姉様です」
「うん、私達の魔法は全部弾かれて全く効かなかったもんね……」
「でも、リッカが——」
僕がみんなにリッカが見つからないことを伝えようとした瞬間、耳元に吐息のような声が響いた。
「——まだ雛鳥だと思っていたけれど」
「ッ!?」
「しばらく見ないうちにそんなに成長していたなんて驚いたわ」
僕の頬をぬるりと撫でる風と共にそいつは現れた。
「ア、アラーニェッ!!」
その”魔女”の姿を目にしてから、胸の奥がドロドロとした鉛のようにうごめいているのを感じた。
この感情は——殺意!?
「あらぁ、名前を覚えていてくれたなんて嬉しいわ」
「うるさいッ! そんな事どうだっていい。リッカをどこにやったんだッ!?」
「へぇ、あの子はリッカっていうの。あの子だったら今頃いい夢を見ているんじゃないかしら?」
目の前のアラーニェは薄く笑いながらそういった。
「やっぱりお前が連れて行ったのかっ! 返せ、返せよっ!!」
僕は叫びながら曲がってしまった槍をアラーニェの鼻先に突きつけた。
「嫌よ。だってあなたは私の大事な物を奪ったでしょう? じゃあ返してもらえるの?」
「ぐっ……。で、でもアイツは僕たちを襲ったっ!」
「だから? でもあなたが奪った事には変わりないじゃない」
説得なんて通じるわけがない。
そんなのは最初から分かっていたことだ。
「なら——力ずくで奪い返すッ!!」
僕は全力で魔力を放出しながらアラーニェへと殴りかかった。
しかしその拳がアラーニェに届く事はなかった。
なぜなら……。
「あら、どうしたの? 変な格好で固まっちゃって」
「離せ……。手を……どけろよ」
アラーニェの胸元にはぐったりと体の力が抜けているリッカがいた。
どこから出てきたのか、突然その場に現れたのだ。
「あら、私を殴るんじゃなかったの? ああ怖いわ」
「……頼む。……お願いします。リッカを返して、ください……」
もう僕にできることは懇願することしかなかった。
膝を折って、頭を下げることしかなかった。
そんな僕を見て、魔女は嗤った。
「ふふ、そんなに大事なら……奪い返しに来なさい」
「……ッ!」
アラーニェはそういうと繭のようなものに包まれ、次の瞬間にはもう姿が見えなくなっていた。
あとに残ったのはフワリと香るリッカの残り香だけだった。
「……リッカ……リッカ……くっそぉぉぉぉぉ!!!」
* * * * * *
こうして討伐戦は終わった。
僕たちの稼いだ魔石はアルケニーの一つだけ。
でもその質がとんでもない物だったようで、僕たちはその魔石の質だけで全てのチームよりも評価された。
つまり討伐戦は僕らが一位だった、ということだ。
ただ、あのあとすぐにメリンダが僕らへ謝罪をしてきて負けを認めたこともあって、それはあまり関係のない事だった。
いや、正直にいうと勝ったとか負けたとかそんなことはどうでもよかったんだ。
そんなことよりもリッカが心配で、リッカの事を考えると頭がおかしくなりそうだった。
そしてあの魔女——アラーニェのことを思い出すだけで憎しみが僕を支配してくる。
この殺意のような感情はなんなのだろう。
もしかしたらあの時交わした契約のせいなのかもしれない。
——魔女を殺しなさい。
そんな先輩の言葉がさっきからずっと頭の中で響いている。
でも……もしそんな契約をしていなかったとしても、きっとやることは同じだ。
絶対にあの魔女を見つけ出して————。
「ごめん、リッカ。だからそれまではちょっとだけお別れだ。でも必ず助けにいくから。必ず……」
僕は空に浮かぶ星を見ながらそう呟いた。
そしていつの間にか二つに増えた手首の刻印をそっと撫でたのだった。




