第51話 夢の中であった、ような……
二人が離れると、僕は一人アルケニーと向き合った。
肩の傷はズキズキ痛むけど、槍が振れないほどじゃない。
アルケニーは獲物を横取りされた事に腹を立てたのか口元の鎌をしきりに動かしている。
やはり対峙して見るととんでもない大きさに感じる。
でも……やるしかないっ!
僕は覚悟を決めると、アルケニーへ向かって地面を蹴った。
自分へと向かってきた僕に、爪を横薙ぎにして迎撃してくるアルケニー。
僕のアイギスと拮抗し、割った事を考えると、相手の外殻はかなり硬いということが分かる。
「それならここだッ!!」
僕は爪をジャンプしてかわすと、そのままアルケニーの目を槍で突き刺した。
「キシャアアアアアアッ!!」
硬い外殻とは違い、目なら攻撃が通るんじゃないかと思ったけど……予想通りだった。
ただ上手くいった事ばかりではなかった。
目を刺されたアルケニーが身をよじった事で、僕は槍にぶら下がるような形になってしまい、槍が曲がってしまったのだ。
アルケニーの目はあと三つもあるけど、曲がったままの槍ではきっと刺すことは出来ないだろう。
そう思った僕は槍を捨てた。
僕が槍を手放した事でチャンスとみたのか、アルケニーが猛然と僕に突進を仕掛けてきた。
「こんなもの躱してしまえば——っ!」
次の瞬間、僕とアルケニーは衝突した。
物凄い衝撃が僕を襲い、吹き飛ばされそうになるのを死にものぐるいでこらえた。
躱すのは、簡単だった。
だけど僕の後ろには……みんなが、そしてリッカがいた。
もしかしたらアルケニーはそれを見越して突進してきたのかもしれない。
衝突してきたアルケニーは、さらに追撃とばかりに僕のアイギスへ爪を打ち付けてくる。
その度にギャンギャンと響く高音がとても耳障りだ。
「やられてばっかりでいられるか!」
僕は拳に魔力を纏って、アルケニーを殴りつける。
しかしやはりその外殻はかなり堅く、傷一つついていない。
「くそ、やっぱりダメか……何か打つ手は……?」
そう思案している僕の目に見たくない光景が広がっていた。
アルケニーが自分のその足、いや爪をぐちゃぐちゃにしながらアイギスを掘り進めてきていたのだ。
そしてぐちゃぐちゃなままの爪でぐぐぐ、とアイギスを引き裂こうとした。
「ううッ!」
たまらず僕は魔力を込めなおそうとした……けど、遅かった。
その僅かな隙間へ向けて、アルケニーの口から何かの液体が射出された。
その液体に触れると、僕の体は突然動かなくなった。
——くっ、毒かっ!?
僕は声を出すことすら出来ず、そのまま地面に倒れた。
やっぱり僕なんかじゃ勝てなかった……みんなを守れなかった……。
ごめん、みんな……逃げて……。
そう心で叫びながら僕は意識を失った。
夢を見た。
僕の目の前には僕がいた。
前に見た夢と同じ構図だった。
でもあの時と違うのは……はっきりと僕の言葉が聞き取れた事だった。
「ごめんなさい……」
「え、どうしたの? 僕」
そういうと目の前の僕は驚いた顔をした。
それからすぐに優しそうな顔をして口を開く。
「私はあなたじゃないわ。私は——カイニス。あなたの妹よ」
「えっ!?」
「あの時からずっと、ずっとあなたと一緒にいたの。だって、そうしないと隠せないと思ったから。私は産まれる前から私の役割を知っていた。だからそれをあなたに押し付けて、私はあなたの中に隠れた……ごめんなさい」
「隠す? 役割?」
僕は妹……カイニスの言っている意味が分からず、聞き返す事しかできない。
「ええ、でもやっぱり完全に隠し通すことなんて出来なかった。こうして刻印もあなたに刻まれてしまって。だから何度も夢でお話をしに来たのだけれど……」
「う、うん……なんとなくは、覚えているんだけど、さ」
「じゃあその刻印の使い方も知っているはずじゃない」
目の前の妹は当たり前のようにそんな事をいうけれど、刻印の使い方なんて聞いた覚えがない。
必死に記憶の引き出しを開け閉めしていると……あ、見つけた。
「…………うん、もう知ってたみたいだ」
「そうでしょう? だって私はあなたで、あなたは私なんだから。……ね、私の運命をあなたに託してもいい?」
妹は不安そうな顔で僕に問いかけてくる。
それは拒絶されるのを恐れているような顔だったから。
僕は僕と同じ顔をした妹に近づくとそっと抱きしめた。
「もちろん。僕は君で、君は僕なんだから。一緒に生きているんだったら、君の全てを背負わせてよ」
「ありがとう。それじゃあ、もう封印してる必要はないね。これでも私頑張っていたんだから」
「あ、そうなんだ。ごめん……じゃなくてありがとう、かな?」
「あなたには普通の人として生きてほしかったから。けど、今更かな?」
「今更、だよ。だって僕は女の子になって学園に行ってるんだよ? もうそれだけで普通じゃないって」
「知ってる。でもお陰で私は自分の成長した後の姿を知れたのよ」
「本当はもっと可愛かったかも」
「まさか。だってイニスはとびっきり可愛いもの……って無駄話している暇はなかったわね。じゃあすぐに封印を解くから……」
妹のその言葉を聞くと、急速に僕の意識が覚醒していくのを感じた。
それと同時に妹はどんどんと形を失っていって……。
——ばいばい、お兄ちゃん。
最後に夢の中でそんな言葉を聞いて、僕の意識は覚醒した。
まず確認したのは自分の状況だった。
そりゃそうだ。
巨大蜘蛛と戦っている時に夢を見るなんて殺してくれといっているようなものなんだから。
けれど、どうやら生きているようだ。
むしろさっきまで痛んでいた肩の傷が消えていた。
何が起こったんだろうか?
次に確認したのは周辺の状況だった。
マルグリッドさんは……いない。
セイラさんは……いない。
アイヴィは……いない。
二人の騎士さんは……いない。
メリンダは……いない。
リッカは……いた。
アルケニーも……いた。
いた、というよりもその二人は現在進行系で戦っていた。
リッカの炎を纏って戦うスタイルは僕のアイギスに似ているね。
他のみんなは逃げられたのだろうか?
そう思った僕の視界に妙なものが映った。
それは繭のような白くて大きな塊だった。
木と木の間にぽつん、ぽつんといくつかの繭が浮かんでいる。
あれはなんだろう……いや何を寝ぼけているんだ!
それよりまずリッカを助けないと!
それは僕が慌てて飛び起きたのと同時に起こった。
リッカがアルケニーの出した糸に捕まったのだ。
そしてあっという間にくるくると巻かれて繭のようになってしまったのだ。
という事はみんなあの繭の中にいるっていう事か!?
分からない、けれどリッカは確実にあの中だ。
それならすぐに助けないと!
僕は体に魔力を纏わせた。
その魔力は今までのアイギスとは全く違うものだった。
バチバチという音を立てながら、僕の体に紫電がまとわりついている。
そしてその使い方はもう知っている。
僕はアルケニーの元へゆっくりと歩み寄った。
そして右手を軽く薙ぐと、その指先から閃光を迸らせた。
閃光はアルケニーの足を舐めるように走ったと思うと、その足を落とした。
次に左手を振ると、反対側の足が全て同時に落ちた。
足を失ったアルケニーはそれでも戦闘意欲を失わず、口元から毒液を吐き出す。
「そんなもの効くか」
僕は左手を前に出して紫電の盾を作ると毒液を防いだ。
毒液は盾に触れるとジュッという音をあげて霧散していった。
「じゃあこれで終わりよ」
若干、妹が混じってしまった事に首を捻りながら、僕は右手に紫電の槍を作り出す。
そしてその槍をアルケニーの頭から突き刺した。
アルケニーはビクンと体を跳ねさせたが、槍は止まらない。
そのまま押し込むと、ずぷぷという音を立てながら粘液が飛び散り、槍はそのうち体の反対側へと突き抜けた。
アルケニーはしばらくもがいていたけれど、そのうち動かなくなった。
僕の周囲ではパチパチという喝采のような音を響かせながら、炎が森を燃やし続けていた。
そんな森の中にあって、訪れた一瞬の静寂に、ぼとりという音を響かせて魔石が転がった。
「勝ったか……」




