第48話 落ちた天使
教師が放った火魔法が大空で弾けると、それが合図となって討伐戦が始まった。
ルールは簡単だ、とにかくモンスターを倒すこと。
モンスターが落とす魔石を集めて、数と、その質によって勝敗を決める。
質というのはモンスターの強さや希少性で決まるみたいだけど、ここらへんのモンスターは同じくらいの質みたいだから、結局は数という事になるのかな。
「イニスさん、素敵ですわ」
「ええ、お姉様はやはり最高です」
「よかった、似合ってるね」
僕らは討伐戦が始まる前にデルソルのメイド服に着替えたんだけど……なぜか僕のメイド服にだけ純白の羽根がついていた。
はっきり言って意味がわからない。
アイヴィが昨日徹夜して作っていたのはこれだったのか……。
「だって、イニスって天使みたいでしょ?」
「ええ、戦場を飛び回る女神——ヴァルキュリャのイメージでデザインしてアイヴィに作ってもらいましたの」
女神、という言葉を聞いてあの時の先輩の言葉を思い出してドキリとした。
——あなたのそれは<魔女の刻印>なんかじゃないのよ?
——それはね、<女神の祝福>よ
もちろんチームのみんなはそれを知らないとは思うんだけど……。
自分の顔が険しくなっていくのを感じた。
「あら、お姉様もしかして……気に入りませんでした?」
そんな僕を見て、セイラさんが心配そうに声をかけてくる。
「あ、いや。ちょっと目立って恥ずかしいなって」
「そうでしたか。でもお姉様は羽根を付けなくても目立っていますから大丈夫ですわ」
「ええ、それ大丈夫じゃないよ……」
ふと見ると討伐戦に出発した他のクラスの魔女さん達がチラチラとこっちを見ていた。
その視線の先はやっぱり……羽根だよねぇ。
どうやって持ってきたのか分からないけど、そこそこの質量があるからどうしても目立つし。
まぁわざわざアイヴィが徹夜で作ってくれたものを突き返すわけにもいかないか。
僕は気を取り直して声を張った。
「よし、それじゃあ僕たちも行こう!」
僕は近くにいる騎士さんに「お願いします」と声をかけた。
魔女の四人組につき、騎士が二名ついてくれる形らしい。
そのために僕らが来る前からここで陣を張っていたというんだから頭があがらないね。
いつものようにして僕を先頭にした陣形で進むと、その側面を守るように騎士さんが布陣してくれた。
これは始まる前にお願いしていたフォーメーションだ。
先頭を任せて欲しいという僕に年配の騎士さんは渋い顔をしていたけど、周りの三人からもお願いされる事で、渋々了解してくれたのだった。
まぁ僕の戦い方を知らなかったら心配になるのも仕方がないよね。
僕らがそんな陣形で戦場を進んでいると、右手の方から派手な火の手が上がった。
どうやらあっちではもうモンスターに遭遇したようだね。
こっちも負けていられないなと思った矢先、こっちにも来たようだ。
「キシャーッ!!」
僕の前に立ちはだかって、独特のかすれるような声を上げて威嚇するのはヴィロというトカゲ型のモンスターだ。
ちなみにこの盆地に生息しているモンスターは全て授業で習っている。
その対処もゴーレム錬でバッチリだ。
僕が前に出て牽制して気を引いている間にマルグリッドさんがヴィロの足を土魔法で固定する。
ヴィロは四足歩行で低姿勢からの高速機動がやっかいだからね。
でもこうしてしまえば後は……。
僕の横を一陣の風が通り抜けたと思うとストン、とヴィロの頭が落ちた。
回避しようともがいていたようだけど、土の枷はそれを許さなかった。
「やったー! 倒せたよー」
「これならゴーレムの方が強かったんじゃありません?」
後ろでアイヴィとマルグリッドさんが喜び合っている。
まぁ討伐戦の初戦闘が危なげなく終わったからホッと一息といった所だね。
本当なら前でモンスターを抑える役目をするはずだった騎士さんも、顔を見合わせて苦笑いをしていた。
やっぱりこのチームはなかなか強いんじゃないかな?
「さあ、どんどん行きますわよ!」
マルグリッドさんの楽しげな声が響いて、僕らはさらに進軍していく。
次に出会ったのはグランドボアという猪型のモンスターだった。
こちらは僕らを見つけたと同時に突っ込んできたので、僕が先頭でぶつかりあった。
ぶつかりあった、といっても僕と衝突した瞬間に猪の体は削れて血を撒き散らしていたけど。
それでも猪は諦めずに衝突を繰り返すものだから全身が血まみれになって……なんだか悲しくなった僕が首元に槍を突き刺すとその動きを止めた。
盆地の中は色々な地形がごちゃまぜになっていた。
それも瘴気のせいだ、なんて騎士さんはいっていたけど、とにかくハチャメチャだった。
最初は荒野みたいだった地面に草が生えて、いつしか森になる。
かと思えば突然砂漠が現れたり……小さくした世界があるような感じだね。
そして今、僕らは森の中にいた。
「はぁ、死ぬかと思いましたわ……」
「授業で習ったよりもずっと過酷だったね……」
マルグリッドさんとアイヴィは地面にへたり込んでそんな事を言い合っていた。
確かに、さっきまでいた砂漠はとんでもない環境だった。ジリジリとした太陽に焼かれている感覚といえばいいか。
そこまで長い時間いたわけじゃなかったけど、もう少しいたら干からびていたかもしれないほどだ。
そんな中、突然現れた森に逃げ込むようにして、ようやく人心地ついたのだった。
「ごめんなさい。私がアクアヴェールを使えれば——」
「いや、セイラさんはよくやってるよ!」
「お姉様が日焼けをせずに済みましたのに……」
「え、そっち!? そんなの全然気にしてないから!」
僕らのそんな弛緩した姿を、騎士さんたちが微笑ましく見ていてくれた。
けれど決して気を抜いてはいなかった。
その証拠に——。
「……来たぞッ」
騎士さんは低い声でそんな叫び声を僕らに掛けながら剣を抜くと、茂みから飛び出してきた狼の牙を受け止めた。
「ふ、布陣ッ!」
マルグリッドさんの叫びで跳ね起きると、僕らは各々戦闘態勢をとった。
この状況はまずい……油断していた事で周囲を囲まれてしまっている。
こうなると僕一人が前で抑える戦法が取れなくなってしまう。
敵の狼の数は……三、四……五匹だ。
「みんな僕にくっついてッ!」
僕が叫ぶとその意味を正しく汲み取ってくれたようで、みんなが僕にぴったりと寄り添ってくれた。
「アイギスッ」
僕は自分の魔力でみんなを包み込む。
今までの特訓で、体さえ密着していれば他の人も一緒に魔力で包むことができるのが分かったのだ。
もちろんキッカケはエリュシオン様の本で見つけたんだけど。
まあ、こうなれば後はいつも通りだね。
狼のその牙は、その爪は僕の守りを崩せない。
それどころか障壁とぶつかるだけで命を削っていく。
こうして誰も傷つくことなく不意打ちともいえる戦闘を乗り切った。
「それにしてもイニスのこれって便利だね。もう離れても平気?」
「う、うん。もう大丈夫そうだから離れてもいいよ」
僕がアイギスを解除すると、みんなは僕からそっと離れた。
一人を除いて。
「ほら、セイラさんも早く離れなさいなっ!」
「嫌ですっ! 私はお姉様とずっとこうしていますっ!」
うう、砂漠で汗をかいたから是非離れてもらいたいよ……。
「ああ、お姉様の温もりがっ!」
結局はマルグリッドさんに引きずられて離されたけど。
テントの中でいつもベタベタしてるんだから今くらいは我慢して欲しい。
「はい、イニス」
「ありがとうアイヴィ」
そういって僕はアイヴィが拾ってきてくれた狼の魔石を受け取ると、腰に付けていた袋にいれた。
「結構溜まったんじゃありません?」
「そうだね、これで三十個くらいだね」
例年、一位が集める魔石は五十に届かないくらいらしいので、これはかなり順調といえた。
まだ討伐戦は半日以上あるからこれなら一位も目指せそうかな?
これでメリンダとの勝負にも勝てるはず……そう思ったのは油断だったのだろうか。
突然、腰から背中にかけて鋭い痛みが走った。
「ぐぅッ!? な、何だ!?」
「お姉様ッ!!!」
セイラさんが慌てたように魔法を使って僕に水を掛けてくれた。
ふと腰を見ると、腰のあたりはぶすぶすと焦げて煙をあげている。
「あー悪ぃ悪ぃ、ちょっとモンスターを倒そうとしたら手が滑っちまった」
そういって森の奥からゆっくりと姿を現したのはメリンダだった。
「まあ油断してるほうが悪いって事で。じゃあお互いに頑張れろうなッ」
ニカっとした笑顔でそれだけいうと、僕らの答えを待たずにまた森の奥へと消えていった。
「く、くそっ……ぐぅっ……」
「今、回復をかけますからっ!」
「イニスさん……」
「あいつめー!!」
どうやら僕の背中は酷い火傷になっているようで、ちょっと動くだけで引きつったような痛みがあった。
ふと地面を見るとパチパチと音を立てながら燃えつきようとしている羽根が落ちていた。
もしかしたらあれがなかったら僕はもっとひどいことになっていたかもしれない。
これはアイヴィに感謝しないといけないな。
回復魔法をかけてもらった僕は、未だに熱をもつ体を震わせて何気なく腰を触った。
「……ッ!?」
そこにはあるはずの物がなかった。
沢山の魔石が詰まっていた袋が——炎と共に消え失せていた。
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