第47話 親指のサイン
「ほら、ちゃんとハンカチは持ちましたの?」
「大丈夫だよ」
「ならいいですけれど」
「マルちゃんの借りるから」
「ならい……いやよくないですわっ!」
寮の一階で待っていると、マルグリッドさんとアイヴィが騒がしく降りてきた。
今日は討伐戦に出発する日だっていうのに楽しそうでなによりだね。
「おはよう、全員揃ったね。それじゃ行こうか」
討伐戦の行われるマグリアのヘソへは、学年をいくつかに分けて行軍していく事になっている。
僕らは第四陣で、もうそろそろ出発の時間だ。
寮を出てから学園の門が見えてくるところまで歩いていくと、既に第四陣で出発するFクラスとCクラスの生徒が待機しているのが見えてきた。
「ほら、アイヴィが寝坊するから遅刻しそうだったじゃないですの!」
「ごめんごめん。昨日は夜遅くまでアレの最終仕上げをしててさ」
「え、アレって何?」
僕が聞くと「うーんと、まだ秘密っ!」なんて言われちゃったけど……何だろう。
ちょっと仲間はずれにされているみたいで悲しいな。
でもあとで教えてくれるならいっか。
「あら、お姉様。先生が呼んでいますわよ」
「僕らが最後なのかもしれないね、ちょっと急ごう!」
みんなの所まで行くと、やっぱり僕らが最後だったみたいだった。
周りからちょっと避難の目を浴びちゃったけど、ギリギリ間に合ったはずだから気にしなくてもいいよね?
とにかく僕らが来た事で全員揃ったようで、一行は出発する事になった。
学園を出て、街まで行くと驚く光景がそこにあった。
なんと街の人達が沿道に出てきて、ハンカチや旗を振ってくれていたのだ。
「え、これってどういう事?」
「ああ、イニスさんは知らないのですわね。学園のいくつかある行事は街の人にとってもイベントになっているのですわ」
「へぇ、そうなんだ」
「帰ってきた時はちょっとしたお祭りもあるらしいから楽しみだよね!」
うーん、アイヴィはそういうけど勝負もあるしね。
楽しめる状況で帰ってこれたらいいな……なんて思ったら道の端に見知った顔があるのを見つけた。
「ロウさーん、行ってまいりますわ」
いち早く見つけたらしいマルグリッドさんが大声でそう叫ぶと、ロウさんはニッと笑って親指を立ててくれた。
あれはきっと頑張ってこいっていうことだろうな。
そう受け取った僕らは揃って親指を立てて、ロウさんへ向けた。
行ってきます。
そして必ず勝ってきます。
そう心で誓いながら。
沿道からの声援を受けながら街を出ると、そこには数台の馬車に加えて、五、六人の冒険者が待機していた。
どうやらこの人達は、討伐戦への行き帰りの護衛と物資を運ぶ荷運び役を兼ねているらしい。
もしかしたら結構な数の冒険者が討伐戦のために駆り出されているのかもしれないな。
そんな事を考えていたら、他の生徒たちは待機していた馬車に乗り込み始めていた。
馬車一台につき、三チームずつ分かれて乗り込んでいく形だね。
僕らの馬車はFクラスの二チームと、先生たちが乗り込む事になっていた。
全員が乗り込むと、冒険者達はその周りを囲むようにして布陣して、第四陣はゆっくりと出発したのだった。
久しぶりに乗った馬車はやっぱりかなり揺れた。
僕は大丈夫だったけど、Fクラスの何人かはその揺れで酔ってしまって顔を青くしていた。
うちのチームのマルグリッドさんもその中の一人だ。
狭い馬車の中でむりやり横になっているけど、ちょっと苦しそうな体勢だね。
「うーん、こんなに揺れる馬車に乗ったことはありません……わ」
「大丈夫ですか? もう一度回復魔法をかけましょうか?」
「セイラさん……お願いします……わ」
どうやら回復魔法は気持ち悪さに多少の効果があるらしく、マルグリッドさんは何度もセイラさんにおねだりをしていた。
「ああ、楽になりましたわ。でも帰りもこれに乗ると思うと……気が滅入りますわ。いっそ殺して欲しいくらいですもの」
「ええっ、そこまで!?」
「イニスさんには分からないのですわ……」
そういうとマルグリッドさんはすねたように、馬車の壁の方を向いてしまった。
しばらくしたら寝息が聞こえてきたら眠っちゃったみたいだね。
まぁ寝ている間はきっと幸せだろうからそっとしておこう。
馬車はそんなマルグリッドさんに気を使ったかのように、並足でゆったりと街道を進んでいった。
太陽が沈みかけた頃、馬車は設定されていた野営地に到着した。
どうやらこの行軍は野営を経験させるという目的も兼ねているようで、目的地までは毎日テントで寝ることになるらしい。
僕らははじめての事であたふたしながらも、なんとかテントを設営できた。
できたはいいけど……ちょっとこれ四人で寝るには狭すぎるような。
そんな僕の不安は寝る時になって的中した。
テントの中は物凄く密度が高いのだ。
くじ引きでマルグリッドさんとセイラさんの間で寝る事になってしまった僕は……結局ほとんど寝る事が出来なかった。
二人とも僕を抱きまくらにしていたから、柔らかい感触がずっとあって……そんなの眠れないよ。
せめて明日は端にしてもらおう、ってひたすら考えながら夜を明かしたんだから褒めてほしいくらいだ。
初日こそ揺れに酔って弱音を吐いていたマルグリッドさんだったけど、行軍を続けて三日目くらいになるとようやく、その揺れに慣れてきたようだった。
僕は、といえばやっぱり眠れない日々で、馬車での移動中はいつもウトウトしていた。
まあ周囲の警戒は冒険者さんがやってくれるし、それでも馬車は進むから問題ないよね。
魔獣の襲撃は何度かあったけど、その度に冒険者さんが撃退してくれた。
もしモンスターが出たら先生が手伝う手はずらしいから、僕たちはやっぱりのんびり馬車に揺られてればいい。
そんな日が一週間続いて……ようやくマグリアのヘソが見えてきた。
その昔に、魔王なる巨悪と聖女がぶつかりあった時の戦闘によって作られた盆地だって聞いていた。
だからその残滓でモンスターが多いんだって。
それならきっとちょっとした穴みたいなところだろうなって想像していた、のに。
実際に見たそれは……そんな事ありえる?っていうくらい大きくヘコんだ地形だった。
向うの端が見えないくらいに地形を変える戦いなんて恐ろしすぎるよ。
僕らが到着してしばらくすると、学園から来る最後の馬車が到着したという報せがなされた。
つまり予定通り、明日から討伐戦がはじまるんだ。
盆地に吹き下ろす強い風を浴びると、そんな実感がわいてきた。
やるぞ、と拳を握ると、遠くに立っていたメリンダと視線があった。
僕に気付いたメリンダはあの時のロウさんのようにスッと親指を立てる。
そしてその指は……首を掻ききるかのように動かされた。
僕にはあれが"首を斬って殺してやる"そういう意味のサインだとすぐに分かった。
くそっ……あんな奴に絶対負けるもんか!




