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第4話 え、男の僕が<魔女>ですか!?

 慌ただしくもあまり変わらない日々は過ぎて、そして——


 まずハルトが出発する日がやってきた。

 ハルトは騎士になる為の学校[王立騎士学園]へ入学する試験の為に王都へ向かうのだ。

 本当だったら僕も一緒に行くはずだった、けど……。


「なぁ、しつこいようだけどカイは本当に行かないのか?」

「もう分かっているでしょ? 僕には騎士の才能がないんだって。僕だって結構努力したつもりだよ。けど一つもスキルを覚えられなかった。そんな僕が騎士学園の試験に受かると思う? あ、それともまさかハルトは寂しいのかな?」


 僕はあえて馬鹿にするような言い方でハルトにそう言った。

 そしたらきっと「ち、違うワ!」とか動揺して言い返してくるだろう。


「ち、違……わねえか。つーかよ、寂しいに決まってるだろ」


 ほら……あ、あれ?

 いつも意地を張り合ってたハルトも素直になるのか。

 それだけで今日、この日が特別なんだと感じられた。


「そうよね、三人ずっと一緒だったわけだし。まぁ待っててよ、あたしもすぐに王都へ行くんだから! それまでは……はい、これ」


 リッカはそういってハルトに人形を手渡す。


「縫い物あんまり上手じゃないけど、ホームシックであたしが行く前にすれ違いで帰って来ないように。一生懸命作ったんだから捨てないでよね!」

「これって……スライム? ってぇ!!」


 うわぁ……痛そう。

 リッカのやつ本気で殴ってたぞ。


「痛ってて、冗談だって。これはカイだろ? トゲトゲしてる髪の部分が似てる……っていうかそういえばカイって最近いつも帽子被ってるよな? 今日もか」

「あ、うん。ちょっと抜け毛が気になるっていうか……」

「はぁ? 俺たちまだ15だぞ。それに帽子を被ってた方が()()してくって話を聞いた事あるぜ。だから騎士の中にはヘルムを着けるのを嫌がる人もいるんだってさ」


 ハルトのその言葉を聞いたリッカがぶふっと思わず吹き出した。


「ね、ねぇそれってブロスさんが言ってたの? っていうか絶対ブロスさんの事でしょそれ」


 あはは、とリッカが腹を抱えながらトンデモなく失礼な事を口走っている。

 あれ、遠くから何故かブロスさんの視線を感じるぞ。


 ……でも多分ブロスさん自身の話だろうと僕も頭の中にブロスさんの顔を思い描いてそう感じてしまった。


「でもハルト、良かったね! 僕の人形があれば寂しくないでしょ。あ、でも手とか千切らないでよ? なんかこっちの僕本体にも影響がありそう……」

「は、人形があったって寂しいに決まってるだろ。お前は俺が居なくなって寂しくないのかよ?」


 その言葉に僕はギクっとした。

 確かに僕も寂しがらないとおかしい、か。

 でも僕もハルト、リッカのあとを追って内緒で王都に行くことになってるから寂しがるのも嘘くさくなっちゃうし……。


「ま、まぁ寂しかったら僕から会いに行くからさ!」


 よし、これは嘘ではないし100点満点の回答だろう。


「あ、そうなんだぁ……じゃあカイの為に作った人形は要らないかぁ」


 突然周りに影を落としたリッカがそんな事をボソっと呟いた。


「え、僕の分も作ってくれたの!?」

「でも寂しかったらすぐ会いに来るんでしょ? なら要らないかぁ」

「要る要るっ! 要らなくてもいるからっ」


 僕は慌ててよく分からない事を口走りながら「リッカ様〜」と拝むようにおねだりをする。


「ふふっ、嘘だよー。はい、こっちがカイの」

「あれ、ハルトに僕の人形なら僕にはハルトの人形じゃないの?」


 リッカが渡してくれた人形は……うん、これは多分、おそらく、きっとリッカだな。


「いいの! 遠く離れて私の事を忘れちゃわないように、ね。足とか千切らないでよ? そんな事したらやり返しに来るんだから!」


 遠く離れた王都から鬼の形相で仕返しにくるリッカを想像したらちょっとクスっとしてしまった。

 そしてちょっと涙が出てきた。


「何で笑いながら泣いてるのよ」

「いや、こうやって三人でバカな話するのもなくなっちゃうのかなって思ったらちょっと、ね」


 ふとみるとハルトも頭上をじっと見上げている。

 ここの訓練場からは生い茂った木の枝であんまり空が見えないから雲の観察をしているわけではないんだろうな。


「よし、じゃあ約束をするわよ」


 リッカが一つ手を叩いてそう宣言すると僕たちは三人で円、いや三角形を作るように座り直した。


「あたしとカイ、ハルトは離れてもずっと兄弟……いや家族よ。いつもお互いを思い合って、そして……どんな時も絶対に忘れない事っ!」

「ああ、約束するよ」

「うん、約束だ」


 僕らはそれぞれ両手にキツネを作ってそれぞれのキツネでキスをしあった。




「じゃあなー! 一人前になるまで帰らないぞー……ってことはすぐかもなぁ」


 遠くなっていく馬車から身を乗り出しながらハルトが大きく手を振っている。

 なんだか自信満々なのがハルトらしいね。

 でもきっとハルトなら上手くやって僕が行く頃にはボスみたいになってたりね。


 僕とリッカはハルトが見えなくなるまで手を振り続けた。



 それから二週間も過ぎれば今度はリッカが旅立つ番だ。


「ハルトもあたしも全寮制だからなかなかこっちには帰ってこられないわ。だから寂しくなったらカイが来るのよ?」

「う、うん。分かったよ、寂しくなったらすぐに行くからね」

「いいえ、分かってない! あ・た・しが寂しくなったらすぐ来るの! いい?」


 そんな無茶な、とは言わずに善処しますと伝えたら泣かれちゃって困ったけど、迎えの馬車(ハルトは受験制なので乗合馬車、リッカは半強制なので迎えの馬車。世知辛い)はもう来ていたから待ったは出来ない。

 リッカは動く馬車に引かれた涙の跡を横に伸ばしつつ、村から巣立って行った。


 リッカを見送るとブロスさんがそっと横に寄ってきて「次はお前の番だな」と言ってきた。

 その言葉を聞いてあの日から始めた僕とブロスさんの悪魔的計画を思い返した。



 * * * * * *



「あのよ、だったらなっちまえばいい。————魔女に、よ」

「え、男の僕が魔女ですか!?」


 僕が聞き返してしまったのも無理はないだろう。

 だってブロスさんの言っている事はムチャムチャでクチャクチャだ。


「ああ、ちなみにそのままの意味だぜ。カイ坊は<魔女の刻印>を持っている。それなら魔女学園に通う権利がある、というか義務がある。……なら入学しちまえよ、魔女学園に」


 僕はすぐには言葉を出せなかった。

 自然と溢れた唾を嚥下する事で多少の落ち着きを得て、なんとか言葉を絞り出す。


「で、でも魔女学園ってもちろん女の子しか入れません……よね?」

「あぁ、敷地内は完全男子禁制だな。配達員ですら女性以外お断りってなもんだ」

「じゃあ僕も無理なのでは!?」

「ああ、そのままじゃあ無理だろうな」


 僕はその言葉を聞いて少しホッとした。

 同年代の女の子といえばリッカしか見たことのない僕がそんな女性の園とも言えるべき場所に踏み入るなんて考えるだけでもどうかしてる。


「だからなるんだよ。魔女の前に……()()()にな」


 ブフォ。

 僕はそれを聞いて盛大に吹き出した。


「バレたら一体どうなっちまうんだろうなぁ? でもたまたまモンスターを一匹倒したとはいえ魔法の使い方も詳しく知らねえだろ?」

「詳しくっていうか全く分からないですね、あの時は必死だったので」


 ブロスさんは他人事だと思ってニヤニヤしながら訪ねてくる。この人絶対に楽しんでるだろ。

 僕の返事にそうだろう、とブロスさんは頷いてさらに言葉を続ける。


「俺も流石に魔法の事は教えられねえ。だったら専門家に教えを乞うしかねえっていう単純な理屈だわな」

「そ、それなら……いっその事、僕が<魔女の刻印>を得たという事を公表しては……?」


 僕のその提案にブロスさんは渋い顔をする。


「あのな、さっきも言ったが男が<魔女の刻印>を得たケースは見た事も聞いた事もねえ。でも逆はままあるんだよ。女の子が騎士足りうるスキルを得るっていうパターンな。そのパターンですらその子は王国の研究所送りだよ。それなら前例がないカイ坊は……どうなっちまうんだろうな」


 僕はそれを聞いて想像をした。

 自分の体の自由を奪われて好き勝手に弄くられる、そして最後には刻印付きの腕をもがれて……僕は自分の行く末を想像して顔を青くした。


「まぁ少なくとも嬢ちゃんやハルトにより会いづらくなるのは間違いねぇ」

「…………ます」

「え、なんだって?」

「僕、女の子に……なりますっ!」


 僕は目の端に涙を溜めながら……いやほとんど半泣き状態でそう宣言した。

 若干、思考を誘導させられた感じはあるけどブロスさんが言っている事も確かに一理ある。

 バレそうになったら自主退学という名の逃走を考えるとしてそれまで魔女学園で学ぶのは自分の為かもしれない、とちょっと思ってしまったのだ。


 なによりリッカに会えなくなるのはツライ。あとハルトね。


「幸いカイ坊は体の線が細い。いくらトレーニングしてもそのままだったのがある意味でラッキーだったな。あと声も比較的高めだからその辺りでバレる確率はそう高くないだろう。あとは……やっぱり髪だな」


 そういいながらブロスさんは部屋の隅っこにある棚をゴソゴソと漁りだした。

 ブロスさんが髪と言ったからついブロスさんの()()をジッと見つめてしまったのは仕方がない事だろう。


「よし、あったぞ。これだ」


 ドンっという重そうな音を立てながら机の上に置かれたのはネバネバというか、もっとヌチュァとした粘液だった。


「こいつは、髪に栄養を最大限に与えてギュンギュン成長を促進させる育毛剤だな」


 育毛剤……だって!?僕は再びブロスさんの頭皮をジッと見つめてしまった。

 さすがは元騎士というだけあって、そんな不躾な僕の視線は正確に読み取られて……。


「おい、お前っこの野郎っ!! まず自分で使えよと思っただろ!」


 はい、すみません……思ってました。

 とはさすがに言えず、僕は”沈黙は金”という素晴らしい選択肢を選ぶことにした。

 するとブロスさんは今までに見たことのない、濡れた子犬のような目をして言った。


「生えてる髪には間違いなく効くんだ。ただよ……すでに毛根が死んじまってる部分には何の効果もねえ……繰り返すぞ。効果が、ねえんだ……」


 これ以上聞いていたら涙が出てきそうだった僕は有り難くその育毛剤を受け取る事にした。


「じゃあ明日からこれをつけて髪を伸ばしていけばなんとか女の子としてバレずにいけますかね?」

「いや、待て。魔女化計画はハルトとリッカ嬢にも内緒にしておけ」

「え、どうしてですか!?」

「考えてもみろ。あいつらは馬鹿がつくほど正直だぞ? 雄弁に語ることこそないだろうが、あの二人の行動やなんやらからバレていくのなんて目に見えてら。だからアイツラと王都で会う時は帽子を被って遊びにきた体で接すればいい。とりあえず近くにいれるってだけでいいんじゃねえか?」


 僕はなるほど、と一つ手を打った。


「でもそれだとハルトとリッカの出発までにどんどん伸びていく髪で怪しまれませんかね?」

「おう、そん時の為にこれよ」


 そういってブロスさんはさらに毛糸で編まれたニット帽を出してくれた。

 どうやら髪が抜け始めて頭皮が気になり始めた時に大枚をはたいて購入したものらしい。

 なんでも抜け毛を防止して髪にハリ・ツヤを与えるというのが売り文句のまさに逸品だそうだ。


 それを聞いた僕は「へぇ、そうなんだぁ」という感情のない返事をしてしまいそうだったので無言で帽子を受け取り、代わりに深く頭を下げた。



 * * * * * *



 僕はリッカを乗せた馬車を遠くに見ながら、そんなあの日の事を思い返していた。

 さあ、二人を見送ったから僕にとっては()()()()()()()だ。

 だからもうこの帽子は要らないね。

 僕が帽子を脱ぐと肩をゆうに越えるほど長くなった髪が、友人との別れを寂しがって吹く風に乗り、サラサラサラとたなびいたのだった。

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