第36話 嘘とキスの狭間
僕とリッカは夕陽が顔を隠しかけた街を歩いていた。
完全に陽が落ちると僕の顔が赤いのは夕陽のせいだって言えなくなっちゃうから早く帰らないとね。
じゃあどうして赤いのかって……僕はさっきの事を思い出してしまった。
「カイの特別に、して?」
目の前のリッカは目を閉じて僕を待っている。
つまりこれはキスをしてって事だよね?鈍い僕でもさすがにそれくらいは分かる。
けど、僕はリッカに嘘をついている。
女の子になって一緒に学園に通っているんだもんね。
そんな隠し事をしながらリッカを受け入れるのは無理だよ。
だから……さ。
僕はリッカに顔を近づけていく。
そしてその距離が近くなり……ゼロになった。
その時、二人の間でコツンという小さい音が鳴る。
「え、なんで?」
リッカのおでこにおでこをくっつけたら、リッカの小さい声が聞こえた。
この距離だとさすがに聞こえちゃうよね。
「あのさ、僕はまだ強くないから。今はまだ、その気持ちに応えられないんだ。ごめんね。だからもっと強くなってリッカを守れるくらい強くなったら、その時は僕の方から言わせてほしい」
「……強く? カイは村にいるお父さんの後を継ぐんでしょう? 強くなる必要なんて……」
「えっと……実はハルトとリッカにはああいったけどまだ色々と諦めてなくて。ブロスさんとまぁ色々考えてね、色々してるんだよ」
これ以上、嘘を重ねたくなくて。
色々なんて曖昧な言葉で、本当の事を包んで隠した。
「そうなんだ、あたしはてっきり……。ん、ってことはあたしフラれたの?」
「い、いや……そういうわけじゃなくて……ほ、保留でっ!」
「なによそれー。ずるいんじゃないのぉ?」
「ご、ごめん……」
「あはははは、でもなんかカイらしいかもね。あれ、笑ったから涙が出ちゃったよ…………っ!?」
僕はリッカを強く抱きしめた。
ずっとリッカと一緒にいたくてここまで来たのに、こんなにも傷ついたリッカに気付いてあげられていなかった事が悔しくて。
自分の不甲斐なさを押しつぶすように、強く。
「……ん、カイ……いた、痛いよ」
「ご、ごめんっ!」
僕はびっくりしてリッカから離れた。
「なんかさっきから謝ってばっかり」
「ごめん……」
「あれれ、カイってば顔が赤くなってない?」
「ゆ、夕陽のせいじゃないかな!?」
とまあ、思い出せば思い出すほど自分の情けなさが浮き彫りになる。
ハルトだったら思い切ってキスをして俺に付いてこいなんて言うのかもしれないね。
「カイ、送ってくれてありがと。いつまで王都にいるの?」
「うん。えっと……もう明日にはいない、かな」
「そうなんだ。じゃあ明日最後に会えるのかな?」
「いや、明日は難しいと思う」
「じゃあここでお別れかぁ」
リッカはそういうと手でキツネを作った。
「え?」
「さっきの。強くなったら僕の方から——」
「ああぁぁぁ。言わないでっ! わ、分かったから!」
こうして僕とリッカはキツネとキツネでキスをした。
今はこれくらいの距離だけど、いつかは本当に……ね。
「じゃあね、来てくれて嬉しかったよっ!」
リッカはそういって魔女学園の門を潜っていく。
そして僕が見えなくなるまで手を振りながら寮に帰っていった。
僕はリッカを見送ると、急いでデルソルへ戻って裏口からそーっと侵入した。
軽くお化粧をして服を着替えたら魔法は完全に解けて——僕は女の子に戻った。
ロウさんにありがとうございました、と一言かけて帰ろうと思ったら店内が騒々しくなった。
「やめてくださいっ」
「およしなさい!」
うーん、もしかしてこの声は……アイヴィとマルグリッドさん、かな?
裏から顔を覗かせると、やっぱりその二人だった。
どうやらお客さんに絡まれているようだね。
デルソルは料理も美味しいし、お酒が進むからこういう輩がたまにいるんだよね。
「いいだろぉ? ちょっと終わった後に付き合えってだけなんだからよ」
「いいわけがありませんわ。この子は学生なのですよ?」
「だからなんだよ姉ちゃん。俺は冒険者で稼ぎもいいぜぇ?」
「それこそ、だからなんだよですわ」
くそ、かなり質が悪そうな奴だな。
ここは僕が行ってやっつけないといけないか……と思ったらぐいっと肩を掴まれた。
「俺に任せとけ。それに裏から行ったんじゃ怪しまれるだろう」
そういってロウさんがフライパンを片手に厨房を飛び出していった。
確かに誰もいないはずの裏から飛び出したらおかしな感じになってしまうか。
まぁロウさんが行ったなら大丈夫だろう。
僕は安心して裏からロウさんの”正義執行”をそっと見守った。
「もう来るんじゃねえぞ」
ロウさんはそういいながら冒険者と名乗っていた男を店の外に放り投げた。
いやあ元騎士だけあってさすがに強いね。
けど戻ってきたロウさんの顔はなぜか浮かなかった。
「ちっと、ケジメをつけてやらねえといけないかもな」
「ケジメ……ですか?」
「おお、イニス。まだいたのか」
「それよりケジメっていうのは何ですか? あれ以上やったら死んじゃいますよ」
僕は店の外に投げ飛ばされた男の顔があれ以上腫れる所を想像してそういった。
「いや、そうじゃなくてな。最近ああいう輩が増えてな……まぁあれは十中八九”向こうの店”からの刺客だろうからよ」
そういってロウさんは向こうの店……つまり女中食堂を顎で示した。
「元はといえば向こうがロウさんのお店のお客さんを奪ったんじゃないですか?」
「ああ、でもそれはなんとも思ってねえ。それが商売ってやつなんだからな。でもうちのキャストに手を出して嫌がらせをするっていうこのやり方は違うだろうが」
ロウさんが怒っているところははじめて見たけど、その見た目も相まってかなりの迫力だね。
「……っと。それよりさっさと裏から出たほうがいいぜ? あの二人にはもうあがっていいって伝えておいたからな」
「ええっ!? じ、じゃあ失礼します。今日はありがとうございました」
僕は早口でそういうと裏口からお店を出た。
お店の正面に行くとさっきボコボコにされて投げ飛ばされた男が這うようにして道を歩いていた。
陰から行く先を見ていると周囲を警戒しながら女中食堂に入っていく。
やっぱりロウさんが言っていた事は正しかったのかもしれないね。
まだ近くに危ない人がいるかもしれないし、あの二人と一緒に帰ろうかな?と僕はすっかり夕陽の落ちた街で二人を待った。
しばらくすると二人が出てきたので偶然を装って話しかける。
「ああ……アイヴィとマルグリッドさんじゃないか」
「あら、イニスさん。こんな時間にこんな所でどうしたの?」
「今日はお休みだからって調子に乗ってたら遅くなっちゃって。二人は今日アルバイトに来てたんだね」
「うん、丁度アルバイトの申請が許可されたから行こっか、って」
アイヴィはさっきの事がなかったかのように笑いながらいった。
「でも今日は変なお客さんが多かったですわね」
「うん、私もそう思ったー。最後のお客さんなんて特にしつこかったしね」
ということはさっきのお客さん以外にも迷惑な客がいたのか。
それはさすがのロウさんも怒るよね。
女中食堂……か。
デルソルでアルバイトしている僕らもちょっと気を付けないといけないかもしれないな、そう思いながら僕らは学園へ帰った。
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