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第32話 足元に着いた火

 勝って謝らせるか、負けて死ぬか。

 それも僕だけじゃなくて、チームの仲間までも。

 そう思ってしまったら顔を上げていられなくなって僕は——下を向いた。


「ははっ。ほらね、結局そうなるんだよ。自信がないなら最初から噛み付いてくるんじゃないよ。野良犬風情が。落ちこぼれは落ちこぼれらしく隅で(うずくま)ってれいればいい。大体お前らFなんてのは……」

「お黙りなさい」

「は、なんだって?」

「お黙りなさいって言ったのよ。聞こえなかったかしら?」


 僕の後ろからマルグリッドさんがそんな声をあげた。

 背中に触れられている手が震えているのが伝わってくる。


「おや、お前はどこぞの侯爵家の娘か。どうしてこんな所にいるんだ? ああ、そういえばFクラスだったか? ふふ、貴族は血統的に質の高い魔女が生まれる可能性が高いというのに」

「…………っ」


 マルグリッドさんの無言が——痛い。

 メリンダの饒舌が——憎い。


「お前の父親がなんと呼ばれているか知っているか? ()()()()だよ。碌な知性もなければ肝もないとくれば適切ともいえるネーミングだね。なるほど、フロッガーの子はフロッガー……娘もそれに似たってわけだ」


 僕の中の何かはとっくにプチリプチリと切れて続けていて、我慢はとっくに限界だった。

 だから上げてやる。顔を、そして声を。


「ああ、ようやく分かったよ。君は僕らに負けるのが怖いのか。だから自分にばかり都合のいい条件を出して戦う前に勝とうとしたんだね」

「はあ? 何を言っているんだ。さっきの魔法を見てよくもそんな事が……っ」


 僕は背中に置かれていた三人の手を体から引き剥がすとメリンダの前へ歩み出た。

 そして自分の身に魔力を……いや、怒りを纏った。


「くうっ……」


 その余波は近くにいたメリンダの顔を歪ませた。

 けど、そんなもんじゃ終わらせない。

 僕はそのまま腕を薙ぎ払うように横へ振った。

 すると腕を振った軌道のその先、遠くにあった的たちが一斉に弾け飛んだ。


「あれくらい誰にでも出来る……それくらいの事でいちいち(さえず)るな」

「こ、これはっ……!? 何も……見えなかった……だってッ?」


 メリンダは背後から鳴り響いた轟音に振り返り、僕の行動の結果に驚愕している。

 僕の魔力は無色。不可視の一撃にさぞ驚いたことだろう。

 まぁ実は一番驚いているのは僕なんだけど。


「勝負は受けてやる。その代わり条件は変更してもらおう」


 そういうとメリンダは驚愕で歪んだ顔を繕い、そして今度はその代わりとばかりに口元を歪ませる。


「ふんっ、やっぱり怖気づいてるんじゃ——」

「彼女……マルグリッドの父親にも公式に謝罪をしてもらう」

「……っ!?」


 メリンダは押し黙って何かを考えている。

 馬鹿にされたマルグリッドのお父さんにも謝ってもらおうと思っただけなのに、それがそんなにも悩む部分なのだろうか?

 そう思ったけど顔には出さず、メリンダの答えを待った。


「そういえばお前らが勝つことなんて万に一つもないのに余計な事を考えそうになってしまった」


 メリンダはキツく結んでいた口を開くと、心なしかぎこちなくそういった。


「…………いいだろう。その条件で勝負といこうじゃないか。勝負はモンスターの討伐数で決める。いいね?」

「それでいい」


 僕の返事で二人の話し合いが終わったとみたか、様子を伺っていた周りの生徒が動き始めるのを感じた。

 そういえばこんな決闘じみたことをしているのに先生は止めないんだな……と見ると先生はなぜかやる気を漲らせていた。

 よく見たらSクラスの先生と睨み合っているし、仲が悪いのかもしれないね。


 お互いのクラスがどうもそんな感じになったので、練習を見学するという雰囲気でもなくなってしまい、僕らは実習室を出ることになった。



「大変な事を言ってしまいましたわ。お父様に迷惑がかからなければいいのだけれど」

「きっと大丈夫ですよ、最悪の場合でも私が父に掛け合えばなんとか……」

「あれ、セイラのお父さんって確か————ってイニス!?」


 僕は実習室を出てから酷い目眩に襲われていた。

 いや、厳密に言えばさっき魔法を使ってから、か。

 ああダメだ。僕の意識はみんなの声を聞きながら……闇に溶けた。



 * * * * * * 



 ——懐かしい夢を見ていた。

 幼い僕の側にはハルトとリッカがいた。

 村の外れの広場で遊んでいてとっても楽しかった。

 それなのに、いつの間にかハルトがいなくなってしまった。

 リッカと二人でハルトを探していたら、今度はリッカがいなくなってしまった。

 待って、僕を行かないでと泣きながら探したけど二人は見つからなくて。

 そのうちそんな僕の足元に火がついて、僕もいなくなってしまう。

 そんな夢だった。それはきっと……。



「…………んっ……」

「あっ! お姉様が目覚めましたよ」

「……あれ、ここは?」


 気がつけばどうやらベッドに寝かされていたみたいだ。

 部屋の中には薬のような匂いを微かに感じる。


「ここは学園内の医務室ですわよ」

「急に倒れるからびっくりしたよ!」


 ベッドの下の方からそんな声が聞こえた。

 どうやら僕はあのまま実習室の前で倒れてしまったらしい。

 そんな僕にいつもの三人が付き添っててくれた、ということだろうね。


「みんな、さっきはごめん。勝手にみんなの命まで天秤に載せちゃって……。僕が何かを言われるのはいいんだけど、Fクラスのみんなやマルグリッドさんのお父さんまで馬鹿にされたら我慢できなくて。何回やってるんだ、僕は……」

「いいえ、お姉さまがガツンと言わなかったら私が引っ叩いていたところでしたよ」


 セイラさんがそういって笑うと、アイヴィが苦笑いしながら呟いた。


「セイラのお父さんは聖刻教会の府主教さまだしそれはそれで問題になりそうだけど……」


「それにしても、さっきのは何ですの? イニスさんが腕を振ったと思ったら急に遠くの的が壊れましたけど……魔力の放出は出来ないんじゃありませんでした?」

「あ、うん。体の周りに出せるなら出来るんじゃないかな?って思ったんだ。自分の周りにある魔力を無理矢理伸ばしただけなんだけどさ」


 そう冷静に自分がやったことを思い出すと、まるであの日に見た炎の鞭(プライムウィップ)みたいだなと感じた。

 無意識に目の前にいたメリンダに意識が引っ張られてしまっていたのかもしれないね。


「あら、そこの子起きたの?」


 そこに白い服を着た——おそらく先生がやってきた。


「は、はい。ありがとうございます」


 そう言いながら僕はベッドの上に体を起こした。

 先生はおもむろに近づいてくると、僕の手首の紋を確認して首を縦に振る。


「うん、大丈夫そうね。最初の見立てどおり、急に魔力をたくさん使ったからビックリしちゃったっていうところね。気を付けないとダメよ? 急に力をもらったからって、自分の力に酔っちゃう人だっているんだから」

「はい、すみません」

「謝ることじゃないけれどね。じゃあもう少し休んで動けるようになったら帰っていいわよ」


 そう言い残して、先生は部屋を出て行った。

 もしかしたら僕らに気を使ってくれたのかな?

 言われたようにしばらく休憩していたら、大分体が楽になったので側で付き添ってくれていた三人と一緒に僕は医務室を出た。

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