第16話 盗賊団討伐戦②
その日の昼前に予定通り、盗賊団合同討伐隊総勢十五名がガランガ山を目指して出発した。
サブナックさんは本隊から少し離れた前方で斥候としての役目を果たしながら、目的地までの案内をしている。
僕は、といえばサブナックさんの荷物持ちとして参加が許され、パーティの最後尾を歩いていた。
「なあなあ、姉ちゃん。なんでお前はこんな危険な任務に付いてきてるんだ?」
「サブナックさんの荷物持ちです」
いつの間にか最後尾の僕の隣まで下がってきた冒険者の一人が聞いてきたので、僕は言葉少なにそう答えた。
わざわざ隊列を崩してまで聞きにくる事ではないだろうに。
「うはっ! さてはサブナックの野郎になんか弱みでも握られてやがるな? よぉし、オジサンと仲良しになるなら助けてやるぜ?」
「結構です」
「お、それともサブナックの女なのかぁ?」
そう言いながら下品な顔をした男は小指をピンと立ててくる。
ああ、ロウさんがこの前ブロスさんにやってたのはそういう意味だったのか。
僕がブロスさんの女なわけないじゃないか、なんて考えていたらこんな時だってのに少しニヤニヤしてしまった。
さすが太陽と太陽だね。
「おい、何笑ってやがんだ!? 緊張感のない奴は街に帰りやがれ!」
存在をすっかり忘れていた男が突然激昂しだした。
そんな事を言われてもね、僕は帰れないよ。
「やめないかっ!」
隊列の中程から凛とした声が響いた。
それを聞いた男は「チッ」と舌打ちをして僕の隣から離れていってくれた。
「これだから冒険者なんかと合同で動くのは嫌なんだ……それより君、大丈夫だったかい?」
僕の隣に並びながらそう尋ねてきたのは美しい銀色の鎧を纏った騎士さんだった。
「あ、はい。ありがとうございます」
「僕はマークヴェイン、この討伐隊を任されている。何かあったら僕に言ってくれ。皆を無事に帰すのが僕の役割だ。荷物持ちとはいえ、君も討伐隊の一員なのだからね」
マークヴェインという騎士さんはそういうと自分の持ち場であるだろう隊の中心へ戻っていった。
とても自然な所作で気遣ってくれる彼は、リーダーということも考えると騎士でもそれなりの地位にいるのだろう。
やはり僕とハルトが目指した騎士はこうじゃなくっちゃね。
しばらく進んでいくと先頭のサブナックさんが街道を逸れて林の中に入っていった。
どうやらここからはこの林を進むらしい。
凸凹とした地面の林は少し歩きづらいけど田舎育ちの僕にはあんまり関係ないね。
ひょいひょいっと歩いていく。
冒険者、騎士さんも悪路には慣れているのか問題なく進んでいるけど、僕の先輩——魔女さんはついていくのがかなり厳しそうだな。
といっても対人間相手の作戦だからか魔女さんは二人しかいないんだけどね。
もうそろそろ魔女さんがへばりそうだ、となった頃に一旦休憩となった。
もう目と鼻の先にアジトがあるようだから気を引き締めないとね。
僕は荷物持ちとしてサブナックさんの水を持っていたので休憩中も周囲の警戒を続けているサブナックさんへ手渡しに行った。
「ああ、すまんな。もうすぐだぞ。決心は出来ているのか?」
「はい、例えどんな事になっても僕はここを逃げ出しません」
「……分かった。そういやこれを渡しそびれていたな」
嬢ちゃんが持っていたほうがいいだろう、そういってサブナックさんは僕に僕の人形を手渡してくれた。
「ツラい事になるかもしれないぞ?」
僕はそんな言葉に一瞬だけ迷ったけど……それでも僕はハルトの親友だから。
「そうならないように努力するつもりです」
と答えるに留めた。
サブナックさんの邪魔をしないように本隊まで戻ると先ほどの冒険者が声をかけてきた。
「それにしても姉ちゃん、余裕そうだな? 魔女様がたはあんなにへばってるのによ」
見ると、片方は地面に確かに地面に座り込んで、片方は膝に手を置いて肩で息をしている。
「田舎育ちなので」
「おいおい、そんな冷たくするなよ。これから行くのは危ねえとこなのに覚悟もないやつだったら帰らそうと思っちまってよ……さっきは悪かったな」
「いや……はい」
「まぁ街に戻ったら詫びをさせてくれ。俺はガイナッツっていうからよ、一応覚えておいてくれよな」
冒険者の男はそれだけ言うとすぐに離れていった。なんだ案外良い人なのかもしれないね。
休憩が終わり、更に林を進むと木の隙間から切り立った山肌が顔を覗かせた。
「この先が奴らのアジトになります」
案内役のサブナックさんがそういうと皆は顔を引き締め、それぞれの武器を構えた。
どうやらそのまま特攻をしかけるつもりらしい。
マークヴェインさんが沈黙のまま、その手に持った剣を振り下ろすと全員が、一斉に林を飛び出しアジトの入り口へと殺到した。
アジトの入り口付近には四、五……六人の盗賊が見張りをしていたがこの中にハルトはいなかった。
数で勝る討伐隊はその数をものともせず力でねじ伏せる。
「中にはかなりの数がいるはずだ。だがこの先に逃げ場はない。我々精鋭部隊で押し潰すぞ!」
マークヴェインさんの掛け声と共にアジトの中に突入していく討伐隊たち。
きっと本来の荷物持ちであればここまでなのだろうけど……僕はハルトを見つけなくちゃいけないんだ!
討伐隊の背にくっつくようにして僕もアジトに踏み込んだ。
穴ぐら、とサブナックさんは表現していたけどアジトの中はかなり広くなっており、通路の横幅も人が五人は通れるほどだった。
先をいく討伐隊は精鋭部隊というだけあって危なげない戦いぶりだった。
ここまで四十人ほどの盗賊を倒し、こちらの負傷者は二人のみ。
やはりこの中にもハルトはいなかった。
そしてアジトのかなり奥まで進んだであろうその時、突如として目の前に広い空間が現れた。
駆ける勢いのまま全員がその空間に足を踏み入れた瞬間——僕の全身をとんでもない悪寒が包み込んだ。
「私の寝床へようこそ」
突然広い空間の反対側から声が響いた。
その声は——女性!?
ゆっくりと姿を現したその声の主はやはり女性だった。
黒い髪、黒い瞳、さらに真っ黒な服を着ているその姿は見ているだけで恐怖心を覚えた。
そしてその隣に傅いているのは……いつも見ていた見慣れたあの顔ではなく、のっぺりとした作り物のような顔。
それでもそれはやはり親友の顔で——。
「ハルト……」
僕は思わず口に出した。
「さぁ、皆様……せっかくのお越しですがここでお別れです。安らかな眠りを」
女性がそう呟くと、討伐隊は次々にバタバタと倒れはじめてしまった。
い、一体なにが起こっているんだ!?
いつもお読みいただきありがとうございます。
今日も頑張って更新しますのでまだの方は評価、ブクマお願いします。