第10話 ルームメイト
コレットさんがリオナ先輩を送って戻ってきた。
さっきは挨拶も出来なかったからとりあえず挨拶をしておこうか。
これからしばらくは一緒に過ごすんだしね……本当に大丈夫かなぁ。
「ああ、まだ横になっていいんだよ?」
戻ってきたコレットさんが起き上がってベッドに座っていた僕を見てそう声を掛けてくれた。
でもさっきの怪しいやり取りからからみて、リオナ先輩と同類かもしれないし。
それならベッドで横になっているのはちょっと危険だからね。
「ありがとう、もう本当に大丈夫だから。それより自己紹介がまだだったよね? 私はイニス、カルツっていう街からきたんだ」
とりあえず自己紹介をして相手の事も知ろう、僕はそう思った。
こうすれば相手も自分の事を教えてくれるだろうから。
同室の相手を知らないままでは安心も出来ないしね。
「私はコレットだよ。元々この街で生まれ育ったんだ。よろしくー」
僕が座っているベッドとは反対のベッドに腰掛けたコレットさんは薄い茶色の髪を短めに切り揃えた女の子だった。
髪の毛先は軽くハネるようにセットされていて、きちんと気を使っているのが伺えた。
身長は僕より少し低くて……うーん、リッカくらいかな?
「うん、よろしく。え、この街に家があるのに寮で暮らすの?」
それだったら家からここに通えばいいんじゃないか、と思ったのだ。
「そ。昔からこの学園では全員寮に入らないといけない決まりなんだって。でも私は早くここで暮らしたかったんだよねぇ。昔っからやっぱりこの学校って憧れでさぁ」
「この街に住んでいてもそう思うものなんだね。僕は田舎から来たからこの学園の大きさにびっくりしちゃった」
良かった、コレットさんはフランクで喋りやすい子みたいだ。
「確かにこの学園は大きいね。でも王城はもっともっと大きいよ。もう見たかなぁ?」
「うん、ここに来る時に遠くから……だけど」
「中には入れないけど、近くまでは行けるから今度行ってみてよ! やっぱり王城はこの街の……っていうかこの国の自慢だからねぇ」
この学園より大きい建物っていうのが想像も出来ないけどきっと凄いんだろうな。
おとぎ話に出てくるお城っていうのは豪華でピカピカなものだし、本物のお城もいつか間近で見てみたいなぁ。
と、僕がそんな事を考えていた時だった。
「さっきから思ってたんだけど近くでみるとやっぱり綺麗な髪だなぁ」
いつの間にか僕の近くまで来ていたコレットさんが僕の髪を見てそういった。
「ねぇ、イニスって呼んでもいい?」
「うん、いいよ。じゃあ僕もコレットって呼ぶね」
「ねぇ、隣に座っていい?」
「う、うん」
「ねぇ、髪触ってみてもいい?」
「う、うん……いいけど」
コレットはぐいぐい距離を詰めてくるなぁ。
あ、僕分かっちゃった。
やっぱりコレットもリオナ先輩と同じなんだ。絶対そうだ。
それだったらちょっと距離を置かないといけないよね。
「わあ、サラッサラだぁ。昨日リオナ先輩にもお願いしてて、さっき良いっていってもらえたんだけどさ……やっぱり私、イニスにもやりたい! いいかなぁ?」
ほら来た!ダメに決まっているじゃないか……。
一応、知らないフリをして聞いてみようか。
「えっと……な、何を?」
そしてコレットは満面の笑みでこういうのだった。
「うん、髪結いっ」
違った。コレット、ごめん。疑ってごめん!
僕はそう心で謝罪をしながらコレットに髪を弄られていた。
「やっぱり髪が長いとよく絡まったりするでしょ?」
「いや、僕の場合はそうでもないかな」
もしかしたらそれはブロスさんに借りていたハリ・ツヤを与えてくる、という帽子のお陰なのかもしれない。
僕は心の中でそっとお礼を伝えておいた。
「えぇっ、長くても絡まないなんて羨ましすぎるっ! やっぱり髪質なのかなぁ。私はそれが煩わしくてこうやって短くしちゃってるんだけどさ。でも家が仕事で髪結いをやっているのもあって髪を弄るのが好きでね——っと動かないでっ」
「ご、ごめんっ」
他の人に髪を触られたことがない僕はどうしていればいいのかよくわからない。
とりあえずじっとしてコレットの作業が終わるのを待つしかないか。
「はい、完成っ! 鏡見る?」
「大丈夫、持ってるから」
僕はそういって懐鏡を取り出すと、コレットがセットしてくれた自分の髪を確認してみる。
「うわ、凄い……これが僕?」
「あはっ、趣味を褒められるのは嬉しいなぁ」
これが趣味ってレベルだろうか?
完成した僕の髪はいくつかの三つ編みを丁寧に編み込んで、後ろにまとめてあるものだった。
「もし良かったら毎朝私にセットさせて欲しいなぁ……なんて」
「え、いいの? そんなのこっちからお願いしたいくらいだよ!」
僕も長くなりすぎた髪の扱いにちょっと困っていたからこれは願ってもない申し出だった。
「せっかく髪を結ってもらったし今日は大浴場に行きたくないな」
僕は言い訳がましくボソっとそう呟いた。
まぁそれだけが理由じゃないんだけどね。
いきなりあそこへ突入するのはちょっとどころかかなりハードルが高いし。
「ああ、あのお湯が張ってある浴室? 私もああいうのちょっと苦手だから、パス。いつもここで水浴びしてるしねぇ」
「え、ここで出来るの?」
僕は部屋を見回した。
こんな所で水浴びをしたら大変な事になってしまうんじゃ……?
そんな僕の疑問に気付いたのか、コレットは少し笑いながら別の部屋があるからそこでするんだよ、と教えてくれた。
僕はコレットの案内に従って入り口すぐ右にあるドアを開けてみる。
そこには小さな部屋があった。
「ここで服を脱いで、この奥で水浴びをするんだよ。私は新入生が入寮可能になった5日前からここに住んでるし何でも聞いてよっ」
笑いながらそういったのだった。
「そして、ここの筒の横にあるボタンを押すと——」
コレットが浴室内の壁に掛けられていた筒を持って操作を教えてくれている。
「ほら、こんな風にお湯が出まーす」
「わあ、凄いね。これってどうなってるんだろう?」
「こういう魔石を使って何かをする道具は”魔導具”っていうんだけどイニスの街にはなかった?」
僕が村に居た時は川から汲んだ水を薪で温めてお湯を作り、布をそれに浸して体を拭いていた。
それを伝えるとコレットはちょっと苦笑いで「それは大変そうだね」と言っていた。
僕としては当たり前だったから何も思わなかったけれど、目の前の便利な筒を見てから考えると確かに大変かもしれないね。
「あ、じゃあこうやって部屋が明るいのももしかして……?」
「そう。魔導具のランプだねぇ」
はぁ、やっぱり王都って凄いんだなぁと改めて僕は思った。
その時、不意に天井から<ポーン>という音が聞こえたから驚いちゃったよ。
「あ、そうそうコレも魔導具なんだよ。声を遠くに届けられるの。みんなに何か伝えることがある時に鳴るんだよ」
<夕刻をお知らせします。只今より、食堂は夕食メニューに切り替わります>
「おお、これも凄いねっ! その場所にいないのに声が聞こえるなんて」
「作った人はきっと天才だよねぇ。あ、それより夕食だって。イニスも食べに行くでしょ? 早速行こっ」
ロウさんのところで食べた時間が少し遅めだったから僕はそんなにお腹が空いていなかった。
だけど色々教えてもらっておいて食事の誘いを拒否するのも悪いと考えて、コレットと一緒に食堂へ降りていった。
ついさっき夕食のお知らせがあったばかりだというのに食堂にはすでに結構な人が居て、この学園の大きさを再実感させられた。
「あそこのカウンターからご飯を受け取れるよ」
そう言うコレットに続いて僕は食事を受け取る列へと並んだ。
それなりの人数が並んでいたのでしばらく待つかなぁなんて思っていたけど、手際がいいのかどんどん列は捌けて、すぐ僕らの番になった。
「今日はチキンのグラタンにガーリックトースト、それに野菜がたっぷり入ったミネストローネってところだねっ」
「全部すっごく美味しそうだ……」
ロウさんのところでも思ったけど王都の料理は僕が見たこともないのが多いな。
まぁ村で採れる食材の種類は限りがあるから割と同じものの繰り返しだったから仕方がないのかな。それでも母さんの料理は美味しかったけどね。
食堂には席が沢山あって、どこで食べてもいいという形式になっている。
さて、どこで食べようか?と思っていたら見知った顔が視界に入った——リッカだ。
どうも浮かない顔をしていて、そんなリッカの周りには誰も座っていなかった。
「ね、ねぇ……あそこで食べない?」
僕がそう提案すると、コレットはなんの問題もなく頷いてくれた。
いつもあんなに元気だったリッカが……どうしたんだろう?
「こんばんは、隣いーですかっ?」
コレットがリッカに声をかけるとリッカは驚いたような顔をして「どうぞ」と言った。
やっぱりおかしい、リッカがリッカじゃないみたいだ。
僕もコレットに続いて自然に席へつく。僕はリッカの正面の席にした。
「あなたも新入生でしょ? 私はコレット。でそっちがイニス。あなたのお名前は?」
先輩はみんな制服を着ていて、新入生はまだ私服だから分かりやすい。
だからコレットもそう当たりをつけて聞いてみたのだろう。
「……リッカ」
リッカは小さな声でそういった。
僕はそんなリッカの姿を見ていられず、思わず声をかけた。
「あの、リッカ……さん。リッカさんはルームメイトとかいないの?」
もしかしたらルームメイトと反りが合わないのかな?と思ったからだ。
「いるよ。アレ」
そういってリッカが指をさしたのは僕の後ろの席に座っている女生徒だった。
振り返って見てみると、それはそれは見事な縦ロールに白金の髪という優雅な姿をしていた。
盗み聞きみたいで悪いけど、ちょっと会話に耳を傾けてみると「庶民はこれだから……」、「貴族としての嗜みは……」などという会話をしているようだった。
取り巻きもそういった上流階級を見せつけるような出で立ちで、なるほど確かにリッカとは合わないかもな、と少し納得した。
「僕とコレットはルームメイトなんだけど、リッカ……さんはルームメイトの彼女と仲があんまりよくないの?」
「リッカでいいよ。仲がいいとか悪いとかはあんまりないかな。住む世界が違いすぎて会話にならないっていうのはあるけど。っていうかあなた誰かに似ているような……」
まずいっ!さすがに至近距離で話をしすぎたか?
「まぁ……でもこんなに可愛い知り合いはいないわね」
と思ったら勝手に否定してくれた。
リッカに可愛いなんて言われるのはちょっとむず痒いけど。
「じゃあもしかして、虐められているとか? なんか元気がなさそうだったから気になっちゃって……」
「はっ、あたしはあんなのに虐められたりしないわ。……実は私、小さな村から来たんだけどね」
そういってリッカはぽつり、と自分の置かれている状況を話してくれた。
もしかしたら誰かに話したかったのかもしれないな。
「えっ、それって大丈夫なの?」
話を聞き終わるとコレットが心配そうにリッカへ尋ねた。
「あたしはこっちに知り合いがいないからどうしていいか分からなくて……」
僕はといえば……あまりの驚きに言葉が出なかった。
リッカの話を纏めると、少し前に村を出てこの街に来たはずの友達が見つからないという事だった。
それって……ハルトの事じゃないかっ!
ハルトが……見つからない!?
「それってこの学園に来ていないっていう事なのかなぁ?」
コレットが詳しく聞いてくれるのは凄く助かるな。
リッカは友達って言っただけなのに危うく騎士学校に居なかったってこと?なんて口走りそうになってしまった。
「ううん、その友達は騎士学校に行く予定だったから。街に着いてすぐに騎士学校まで会いに行ってみたけど……いなかった。それどころか受験も受けていないって。だからもうどうしたらいいか——」
そういってリッカは顔を手で覆って肩を震わせはじめた。
僕はそんなリッカの姿を直視できず、チーズが硬くなり始めたグラタンにじっと目を落とした。
ハルト……お前——どこに行ってしまったんだ?
お読みいただきありがとうございます。
次話は夜に投稿しようと思っていますが、ペースが早いですか?遅いですか?
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