第8話 あまりに危険な女子寮①
なんとか無事?に学園へ入る事が出来た僕は、新入生を案内してくれる係の女子生徒が来るというので指定された場所で待っていた。
「おまたせしたかしら?」
現れたのはメガネを掛けたクールそうな女子生徒……つまり先輩だった。
村では年が近い子供も居なかったから先輩というのはかなり新鮮だね。
「それでは案内するわね。着いてきてもらえるかしら」
先輩はそういってくるりと振り返った。
それに一瞬遅れるようにして長くサラサラな黒髪がふわりと揺れた。
僕の金髪もブロスさんに借りた帽子のおかげか、かなりサラサラしているけれどそれと同じくらいかそれよりもサラサラなストレートヘアーだ。
なんだか羨ましくなっちゃうな。
女の子になってからそんなところにばかり目が行くようになってしまった。
そんな先輩の後ろ髪を眺めながらあとにつづいて寮があるという別館へと向かった。
その途中ですれ違った学園の生徒たちは、僕へと無遠慮な視線を送ってくる。
その視線を感じた時は「もうバレたのかな?」なんてドキドキしていたけど、どうやら新入生を値踏みしているのだと気付いてからは、刺さり続ける視線への緊張感も麻痺していった。
「ここが寮として使っている別館よ」
「僕は自分の家以外で寝るのははじめてなので凄く楽しみです!」
そう言いいながら足を踏み入れたのは紛れもなく女の園だった。
そりゃ女子寮なんだから当然なんだけどね。
まず匂いが違う。
少し粉っぽいような、それでいてフルーティで——そしてそんな香りが僕の鼻孔をくすぐった。
あ、これはヤバいぞ。ハ……ハ……
「ハ……クチュン……ッ!」
危ない危ない、男だった時の癖で思いっきりくしゃみをしてしまう所だった。
ブロスさんと母さんとの特訓の成果もあって寸前で音を控えめに、そして手で口元を押さえるという綺麗な所作を見せる事が出来た。
しっかり練習していないと咄嗟の時にまた男の部分が顔を覗かせちゃうもんね。
くしゃみをして思わず瞑ってしまった目を開けてから辺りをよく見ると、香りだけじゃなくて見た目からもやっぱり女の子だけの寮なんだなぁと思わせられた。
ところどころに飾ってある綺麗な花もそうだし、埃一つ落ちていない行き届いた清掃からもそれが伺えた。
キョロキョロと館内を見回していると、案内してくれている先輩が目に入った。
メガネの奥、瞳をキラリと光らせて僕の事をジッと見つめているような……。
「……それじゃあまずは一階を案内するわね」
何も言わずに案内を続けてくれるところを見ると、どうやら気の所為だったようだ。
「ここが食堂ね。ここの学園では実習や自習形式の授業も多いから、ある程度自由な時間に食事を摂る事が出来るの。ただ朝食の時間に夕食を用意する事は出来ないから注意することね」
「あの……ちなみに一回の食事にはいくらくらいのお金がかかるんですか?」
村からも両親が集めてくれたお金や、カエルを倒した時の魔石をブロスさんに換金してきてもらったお金を少しは持ってきたけれど、そんなに潤沢にあるわけではなかったので気になって聞いてみた。
あ、そういえばさっきのロウさんのお店での食事代はどうなったんだっけ?
あとで聞いてロウさんかブロスさんに返さないといけないね。
「寮での食事は、全て無料よ?」
先輩はそんな事も知らないのか、というような目で僕をジッと見つめてくる。
またこの目だ。やっぱり僕の事を疑っているのかもしれない。
「食事だけじゃなくて、寮費や制服、それに教科書、教材など学園生活にかかる費用の全ては国が負担してくれているの。ただ制服は過去に街で売ってしまう人がいて、二着目以降は実費負担になったから汚さないよう大切に使ったほうがいいわね」
僕はそれを聞いてひどく安堵したものだ。
僕と一緒でリッカも沢山手持ちがあるわけではないだろうから。
そう考えるとやっぱり魔女というのは国からも大切にされているんだろうね。
ちなみに学園の制服は一部の人に物凄く高く売れるんだとか。
「じゃあ次に行きましょう」
そういって先輩は一階の廊下をどんどんと先へ進んでいく。
その先にあったのは——。
「ここはランドリールーム、つまり洗濯室ね。制服は基本的に専門の業者が洗浄を行ってくれるけど、下着やブレザーの中に着るシャツはここへ持ってきて自分で洗わないといけないの。あ、魔導洗濯槽を使った事は?」
「あ、ありません」
僕は顔を赤くしながらちょっと上擦った声でそう答えた。
というのもここ、ランドリールームにはこれから洗おうと思っているのであろう女子生徒の脱ぎ散らかされたような下着……つまりブラジャーやパンツがカゴに入ったまま放置されていたからだ。
「はぁ……今週は新入生が沢山来るからちゃんと片付けておいてって言ったのに」
先輩は小さな声でぼそっと呟いた。
「え、何か言いましたか?」
「いや、こっちの話よ。では魔導洗濯槽の使い方なのだけれど——」
そういって先輩に魔導洗濯槽なるものの使い方を教えてもらった。
どうやら洗いたい服を自動で洗って、乾かしてくれるというものらしい。
冬に手をこすりながら洗濯をしていた母さんの姿を思い出すと……これは便利だね。
もし僕が沢山お金を稼げるようになったら真っ先にこれを買ってプレゼントしよう。
密かに僕はそう決意したのだった。
「この先は大浴場になっているの」
「だいよくじょうっていうのは何でしょうか? 僕はなにぶん田舎の出でして……」
「ああ、そうなのね。中に入ったら分かるわよ」
そういって先輩は扉を開けて中に入って行った。
僕も続いて中に入ると、そこには四角く区切られた棚がいくつも並んでいた。
そのうち一つの棚には何か布のようなものが入っているようだけど……何に使うんだろうか。
「さぁ、ここが——学園寮自慢の大浴場よ」
先輩はそう言いながらガラガラと音を立てながら引き戸を開け放つ。
そしてそこには思いがけず先客が——。
「ふんふ〜ん」
全裸で鼻歌を歌う、女の子がそこにいた。
いたというか、湯気を立てる水の中にピンク色の髪を浮かべながらぷかぁと漂っていた。
「……っ!」
大事な部分こそ湯気に隠れて見えなかったものの、一糸まとわぬその姿は僕の思考回路をショートさせるのに十分な破壊力を持っていた。
慌てて後ろを向くも、その姿は僕の脳裏に刻みつけられてしまったままだ。
つまり……大浴場というのは湯を溜めてそこに入る、つまり湯浴みをする場所なのか。
「はぁ……マリーさん? 今週は新入生が沢山来るからしばらく昼風呂は禁止って先週の寮内会議で決まったはずだけれど」
「あーごめんごめーん。でも土魔法使いにとってそれはきびしーよぅ。今だって実習でどろどろのぐちょぐちょだったんだよー?」
ど、どろどろのぐちょぐちょ……僕は思わずマリーと呼ばれていた先輩であろう女の子がどろどろのぐちょぐちょになった姿を想像しそうになって慌てて振り払った。
「あら、新入生さん。どうしたのかしら?」
僕を案内してくれているクールな先輩は完全に後ろを向いてしまっている僕に気付いたのか、声を掛けてくれた。
「あ、いや……お母さん以外の人の裸を見るのははじめてで。その、あんまりじろじろと見ない方が良いって教わっているので」
「あは、後輩くーん。そんなんじゃ女子寮ではやっていけないよー」
大浴場の中から語尾を伸ばした独特の口調が響いてくる。
「マリーさんは黙っていてっ!」
「えーリオナも後輩くんも一緒に入ろーよー」
そう行ってマリー先輩はざばぁと湯から上がってくる。
断じて見てはいないけれど、そんな事は音で分かってしまうものだ。
「ほらほらー後ろ向いてないで一緒に、ねー?」
ペタペタと足音が近づいてきて僕の腕が掴まれ、そして——くいっと後ろに引っ張られた。
まずい、このまま振り返ってしまうと全裸のマリー先輩とご対面だ……!
「マリーさん、そこまでっ!」
僕を案内してくれているリオナと呼ばれていた先輩がマリー先輩のその細い手首をパシりと掴んだ。
「まだこの子は入ったばっかりなんだから困らせないの! 今日は昼風呂を見逃すから戻って戻って」
「チェッ、つまんないのー。それじゃあまたお湯の中にゆーたーんっ。なんちってー」
マリー先輩はそういうと溜められたお湯の中に戻っていってくれた。
「あ、そういえば後輩くーん。キミの名前はなんていうのかなー?」
「あ、僕は……イニスって言います」
「イニスちゃんかー。僕っ娘だなんてめずらしーねー。でもお姉さん、嫌いじゃないぞー。今度は一緒にお風呂ぱーてぃーしよーねー」
マリー先輩が最後まで言い切るかどうかの所でリオナ先輩は扉を閉めてしまった。
お姉さんといっていた所をみるとやっぱり先輩だったみたいだ。
チラっと見えた外見は僕やリッカよりも大分幼く見えたけど……湯気で隠れてはいたけど胸の膨らみも僕とそんなに変わらなかったような気が——まぁ先輩の名誉のためにその記憶は脳内から消しておくけどね。
「あの、まだ何か話してましたけど閉めちゃっていいんですか?」
「ええ、何の問題もないわ。あら、お顔が真っ赤ね……それじゃあ先に自分の部屋へ案内しちゃいましょうか」
そう言われた僕がこくりと頷くとリオナ先輩は分かった、とばかりに僕を先導してくれた。
「各個人の部屋は二、三階になっているわよ。二階は主に一年生と先生や事務の方の私室になっていて、三階は二年生と三年生が使う事になっているわね。えっとあなたの部屋は……こっちね」
先輩はそういうと部屋番号を確認しながら進んでいく。
124号室という部屋の前で立ち止まると「ここね」と手早く鍵を開けてくれる。
「さぁどうぞ。といっても貴女のお部屋なんだけれど」
そう言うや否や、先輩は僕を部屋の中に押し込んだ。
その態度はさっきまでの先輩とはまるで違って——。
先輩は僕が部屋に入ったのを確認すると扉を閉め、更にそのまま後ろ手で鍵までもを閉めてしまった。
「ほえっ!?」
僕の口から腑抜けた声が漏れてしまったのも仕方がない事だろう。
「イニスさん、だったかしら? 間違ってたらごめんなさい。もしかしてあなたって——」
え、この展開……まさかバレちゃってる!?
皆さんのおかげで日間ランキングに(一瞬だけ)載ることが出来ました。
ありがとうございます!
引き続き面白い話を書けるように頑張りますのでよろしくお願いします。