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私はモブ侍女ですが!?  作者: 雨水郡
5/10

そういうのをフラグって俺の国で言うんだよ

 

 チアキ様のお世話係になって早半月……。昨日、出勤前に厨房の方から足りない野菜を買い出しにいってほしいと頼まれたのでいつもの出勤時間より遅くなってしまった。するとチアキ様のお部屋がある宮の前に人集りが出来ていました。


「ローヒイン……僕と一緒に街まで出かけませんか?素敵な服のお店を見つけたんです。是非君に見合う服をプレゼントしたい」

「いえ私とお茶しませんか?あの有名なカフェの席を予約したんです」

「いや俺と……」「薔薇園に……」「どこか出かけませんか」


 ローヒインさんという女子生徒さんに貴族のご子息様たちがわらわらと集まっていました。どこかで見かけたことがある人だなぁと思えば先日ゴミを被っていた奇行女子生徒さんでした。なるほど彼女がエリザマス公爵令嬢のお話しされていたローヒインさんなのですね。集まっている男性の方々はこの国の最高峰ともいえる貴族たちのご子息ばかり。……まるで飴に集る蟻のようにしか見えませんが。皆様取り憑かれたかのようにローヒインさんにベッタリです。


 ローヒインさんは困ったような嬉しそうな、そんな顔をしながらニッコリと微笑んだ。


「でもこれからチアキ様にお会いしなくちゃいけないの」

 まさかの人物の名前に驚いて裏口へと向かう足が止まってしまいました。はて?今日、チアキ様は午前は宰相と会う予定はありましたがあのような可愛らしい少女と会う約束はしていなかったはずですが……

 私が忘れていただけでしょうか?


「チアキ様がこの国のことを是非聞きたいと言って聞かなくて……みんなのお誘いは嬉しいけどチアキ様が寂しがるから」

「チアキ、というのはあの軍事国家、ウノから来た男か!?そんな野蛮な男の元にローヒインが行く必要はないだろう!!」

「ウノの男どもはがさつで粗暴な奴ばかりと聞く。そんな男にローヒインが行って何かあったらどうするんだ?」

「今までも何人もの侍女に乱暴し、宮から追い出したらしい。ローヒインに何かあれば、俺は……」


 うわぁ、チアキ様の悪口ばかりですね。でも客人のいる宮の前で言うなんて少し、いえかなり非常識な気がします。仮にも彼らは未来の国を背負う子息のはずなのですが、ようやく結べた同盟が破棄されてもおかしくない程の言いっぷりです。


「そんなこと言わないで。チアキ様も私以外に気軽に話せる人がいないの。軍事国家からの客人だし、あの雰囲気に皆怖がっちゃうの、本当は優しい人なんだけどね」

「ローヒインは本当に心優しい」

「そうだな、エリザマスの奴も少しは見習ってほしいくらいだ」

「もし、何かされそうになったらすぐに叫んでくれ。僕たちはここで待っているから」


 そう言ってローヒインさんは誰の許可も取らずに宮へと入っていってしまいました。

 ……チアキ様は午後のお茶の時間まで宮に戻らないのですが、お伝えした方が良かったのですかね?


 そんなことを考えながら裏口から厨房へと向かいました。余談ですがチアキ様が帰ってくる前にローヒインさんは侍女長に追い出されていました。

 それにしてもいつの間にチアキ様はローヒインさんと仲良くなったんでしょう。今日にでも聞いてみましょうか。と思っていた数時間前の自分を恨みました。


「あの糞ゴミ女の首を刈ってくる」

「国際問題になるんでやめてください。本当に」


 チアキ様の愛剣もといカタナを手にドス黒いオーラを背負ったチアキ様は何の迷いもなく扉の方へと歩いていく。失礼ではありますがチアキ様の腰にしがみついて引き止めます。でも、細い見た目に反して筋肉質な体と力の強いチアキ様を止めることはできそうにないです。


「誰が是非話を聞きたいだって?えぇ?」

「あああ、余裕のあるチアキ様が果てしない程お怒りになってますううううう」


 ローヒインさんは本当にチアキ様と会話したことがあるのでしょうか?もしお会いしていたらそんな命知らずな発言をしないと思うのですが。というかまさに悪魔とも魔王とも呼べるような恐ろしいオーラを背負った人を優しいなんてどれだけ心が広いのでしょう。蚤の心臓である私はとてもじゃないですがそんな軽々しく言えません。いや本当にご子息たちの暴言を言わなくて正解でした。ローヒインさんのチアキ様と仲良いのよ的な会話のみだけでこれです。暴言を伝えた暁には未来の国の重鎮たちの首が体とおさらばしてそうです。


「彼女の代わりに謝罪致します。お願いします……、何でもしますので……首だけは勘弁を……」

「何でも?」


 恐らくここで止めなくては私のクビは決定です。下手したら物理的にも飛ぶかもしれません。私の必死な思いが通じたのかにチアキ様がピタリと止まる。相変わらずドス黒い殺気は収まってませんが動きが止まったのはチャンスです。


「私に出来ることであれば!!」

 それでチアキ様の殺意が収まってくれるのなら何でもしますよ。その思いを含めてチアキ様を腰を掴んだまま見上げるように見つめ続けているとだんだん顔に赤みがさしてきました。……赤み?


「チアキ様……顔が赤くないですか?またお部屋が暑いのですか?」

「……何でもない」

「はっ!!チアキ様、顔が赤くなるほど怒っているということですよね……!!その怒りをぶつけられないことに私も心は苦しいですが、私が代わりに何でもしますのでどうか……」


「少し黙ってくれないかな」

 空いた手で私の口を塞がれてしまいました。チアキ様は大きな溜息をついてうなだれていました。どうしたんでしょうか?チアキ様をまじまじと見ると、眉間の皺も減っていて表情も怒りより呆れに変わっていました。何とかチアキ様の怒りを抑えることに成功したようです。あのドス黒いオーラも消えています。


「分かったよ。コイツを使うのだけは止めておくよ」

 そう言ってカタナを鞘に納めるチアキ様。でも怒るのも無理はないですよね。チアキ様の様子を見るに全部ローヒインさんの虚言のようですし。……いや本当によくチアキ様の虚言を吐けましたね。たった2、3言の発言で首ちょんぱされるなんて彼女も想像つかなかったでしょうが。チアキ様を見ていればそんな発言出来ないと思います。


「本当にすみません。私が余計なことを言ったばかりに……」

「別にそれはいいよ。寧ろそんな妄想じみた虚言を言いふらしてることを知らないままでいた方が腹立たしいからね」

「……チアキ様が威圧感があって人に恐怖心を与えてることは事実ですけどねぇ」

「アンタさぁ、俺に超失礼な態度を取ったのに許してあげたこと忘れてない?」

「いや先に喧嘩を売ってきたのはチアキ様ですよね?年頃の女性に幼女なんて失礼極まりないと思います」


 私は今でも幼女と言われたことは忘れていませんからね。確かに抜群のスタイルも美しい顔もしていませんがこれでも一人前に働くれっきとした成人なのですからね。


「……アンタ、一応成人してるんだよね」

「一応も何も成人してないとこうして働けませんから」

「アンタ家族は?」

「……いません。子どもの頃に流行り病で」


 そこまで言えばチアキ様は察してくれたようだった。小さく「悪い。……踏み込み過ぎたね」と謝ってくれた。


「まぁそれならこっちも遠慮する必要ないかな」

「え、チアキ様が遠慮することってあるんですか?」


 一体今まで何を遠慮してたのかさっぱり分からないのですが。そんな会話をしていたのですが、気付けば窓の外はオレンジ色に染まりだしていました。時計を見ればもう夕食を運ぶ時間です。今晩は特に忙しいのでこうしてチアキ様とお話するのもこの時間が最後です。



「……今日でこのお茶会も最後ですね」


 こうしてチアキ様と会うのも最後なのだ。明日の春の感謝祭のパーティーが終わればチアキ様は祖国に帰る。たった2週間だけしか会っていないというのにチアキ様と会えなくなることがとても寂しい。こんなことただの侍女が口にしていい言葉じゃないのですけど。


「ああ、そうだっけ」

「そうですよ」


 チアキ様にとってはそんな大したことじゃないらしい。分かっていたことですけど少し胸が痛みました。客人と侍女じゃ立場が違いすぎますが、もし立場がなければもっと御傍にいたかったと思う位にチアキ様との時間は楽しかったのです。


 チアキ様が帰ってしまえば、私はまたこの宮で掃除や料理を運ぶ雑用係に戻ります。いつもの変わり映えしない毎日を送ることになるんでしょう。チアキ様との時間は危なっかしいですし、冷や冷やすることも多々ありましたがいつも刺激に溢れ、全てが眩しくて、近くでその姿を見ることがとても、とても私にとって充実した時間でした。


 ……それがチアキ様にとってただの暇つぶしだったとしても。



「それでは私はここで失礼します」


 笑顔でいるつもりでしたが、どうしても寂しさが隠せずいつものような笑顔は作れませんでした。



「ああ」

 チアキ様の言葉はたったそれだけでした。部屋から出て少し歩いたのですが、誰も廊下にいなかったのでそのまま窓際にもたれかかりました。


「……分かっていたはずなんですけどねぇ」

 チアキ様と私の身分は天と地ほどあります。小説のような身分を超えた関係を築けるなんて現実ではありえない、と。

 だけど、こうして一緒にお茶をしたり、何気ない会話を楽しんだり、名前を呼び合うなんてしたら、少しでも仲良くなれた、と期待してしまいますよ。


「チアキ様がただのモブと思っていても、私にとってチアキ様は、大切な友人です」


 明日こそは心からの笑顔で送れるようにしよう、そう決意して私は仕事に戻りました。















「……へぇ、友人ねぇ」


 そんな私の姿をチアキ様が見ているとは知らずに。




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