ドキッとかしなかったんですか? イラッとしかしなかったね
近日に開催されるパーティーの会場で必要な物を準備している最中に、会場近くでお茶会をしていたのか貴族令嬢たちが帰られるところでした。私はすぐに端に寄り、頭を下げて隅で姿が見えなくなるのを待っていました。
「本当にあのローヒインという女子生徒は礼儀がなってませんわね」
「ええ、ジェルド殿下がエリザマス令嬢の婚約者だと知らないんでしょうか?」
「どっちにしても非常識ですわ。それに他の令嬢の婚約者にも媚を売っているそうですし」
どうやら1人の女子生徒の陰口を言っているようです。学生ですが貴族社会も大変でしょうし不満が溜まるのも無理はないでしょう。
「仕方ありませんわ。彼女は平民出身……。私たちの世界観とは違う感覚の持ち主なのでしょう」
貴族令嬢たちの中でもひと際煌びやかで美しい令嬢……エリザマス公爵令嬢が儚げに目を伏せながらそう言いました。
「本当は私がお教えしたいのですがジェルド殿下にローヒインさんに近づくな、と言われまして……。皆さま、もし余裕があればでいいのでローヒインさんに貴族社会を教えてあげてくれませんか?」
「ええ!!私たちがきっちりとお教えしますわ!!」
そう言って、張り切りだした令嬢たちは笑顔で帰っていきました。何でしょう、うふふふふと笑う声に(黒笑)がついているように思うのは私だけでしょうか?そして1人残ったエリザマス公爵令嬢。私が近くにいるのですが、1人しかいないと思っているのでしょうか。ふふふと怪しげに笑いながら呟き始めました。
「ジェルド殿下みたいなお馬鹿なんてこっちから願い下げよ。こっちにはチアキ様がいるんだから。まさか乙女ゲームに転生したと思ったら他の少女漫画とクロスオーバーしてるなんて幸せだわ。漫画でも素敵だったけど本物は違うわね。背も高くて大人でクールでしかも地位もあるなんていう事なし。きっと婚約破棄されたところを助けにきてくれるんだわ。『君には婚約者がいたから諦めなくては、と思っていたけどいないのならもう我慢しなくていいよね……』って!!そしてクアトロ国で皆から愛されるの!!本当に楽しみ~~。他の人には冷たくて非情だけど私にだけは優しいチアキ様に愛され続けるの!!おーーーほほほほ!!!!」
最後には高笑いして私の前を通りすぎていくエリザマス公爵令嬢……
はて……?レジェクト様とエリザマス公爵令嬢は交流があったのでしょうか?
「……なんてことがあったのですけど、助ける予定があるんですか?」
「あるワケないでしょ」
「ですよね」
エリザマス公爵令嬢の『君には婚約者がいたから諦めなくては、と思っていたけどいないのならもう我慢しなくていいよね……』と言ったレジェクト様だけど、誰ですかその優男は。数日しか会っていませんが少なくともレジェクト様は簡単に諦めるような性格でも我慢するような性格でもない、はずです。
今もこうしてレジェクト様とお茶をしているのも始めは何度もお断りしていたのですが、有無も言わさぬ鋭い眼で根負けしました。レジェクト様に折れるという言葉は存在しないらしいです。
「そういえばこの前、その女がこの部屋に来たんだけど」
「え、婚約者がいる令嬢がこちらに来るのですか?何しに?」
「さあ?自分は婚約者に裏切られて浮気されているとか、濡れ衣で覚えのない罪を着せられるとか、この国に自分の居場所はないとか言ってたね」
「……それでレジェクト様は何と?」
「で?」
「…………で?」
「それ以外言うことある?見ず知らずの女に急に泣きつかれて意味の分からない身の上の話されても俺は全く関係ないんだし」
「はい。……まぁ、そうなんですけど」
この国で指折りの美女であるエリザマス公爵令嬢に泣きつかれて心が揺れ動かない男がいたんですね……
ド正論過ぎて何も言えなくなってしまいました。