第7話「さじ加減」
突然ではあるが、魔法少女宅は地獄だった。
かき鳴らされるギターの音と、その音に合わせて歌うボーカルの大絶叫はキャンサーの鼓膜を貫いた。
魔法でリビングを防音加工していなければ、間違いなく近隣住民からクレームの嵐が押し寄せてきただろう。
そんな激しい音楽が終わり、ギター兼ボーカルの少女はフゥとひと息吐いた。
彼女は魔法少女カプリコーン。ロックを愛する高校一年生。
本名、眉島京。
「サチエちゃん!! ミヤコ、渾身の一曲はどうだったっすか!?」
「うん。言葉で言い表せないくらい迫力があったと思う」
「ふふーん! やっぱそうっすか!?」
少女は鼻を高くしてギターを振りかざす。
しかし正直、キャンサーは先の曲は『大きな雑音』という以外感想が思いつかなかった。それくらい音量のことしか頭に入らない。
ただ、それを言ってはカプリコーンを傷付けてしまうので、キャンサーは建前で答えたのだ。
ロック。
それは小学生のキャンサーにはまだ理解できない領域の音楽だった。
「サチエちゃんもどうっすか!? ミヤコと一緒にバンドを組んで、世界を狙うのは!?」
「それは丁重にお断りします」
頭がクラクラするのを感じながら、キャンサーはリビングを離れた。
もう既に夜だ。ひとまず体を洗ってから寝ようと、キャンサーは自室へ着替えを取りに向かう。
大きな音を聞いて脳が疲れたのか、キャンサーはひどく眠たい表情で目を擦った。
「……あれ、ピスケス」
「……………………」
そこで、キャンサーは物静かな雰囲気を漂わす長身の少女と顔を合わせた。
魔法少女ピスケス。本名、水下縁。
「……………………」
ピスケスは、一言も発することなくキャンサーを見ている。
これは彼女が不機嫌だから黙っているのではない。元々、このピスケスという魔法少女は言葉を滅多に話さないのだ。
キャンサーも、ピスケスと初めて出会ってから結構な時間が経ってはいるが、彼女の意思を完全に把握できない。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
互いに目だけ合わせて黙り込んでしまう。
キャンサーもピスケスも、会話が得意ではない。この二人が一緒にいると、静寂だけが包まれ無の環境が作られるのだ。
とはいえ、何もしないで佇んでいる訳にはいかない。キャンサーは、このあと用事があるのだから。
「あ、えーっと。私、これからお風呂だから」
そう言ってキャンサーはピスケスと分かれる。
ピスケスは何も言ってこない。気まずい空気から解放されたキャンサーは、ホッと一息吐く。
部屋に入ると、リーブラとアリエスがいた。
魔法少女宅は、十三人という大所帯が住めるほど部屋はない。
なので、一部屋に四、五人が共同に使わないとならなかった。
自宅には全部で部屋が三つある。そのうち、年の近いキャンサー、リーブラ、アリエス、そしてスコーピオンが同じ部屋だ。
スコーピオンは、今ここには居ない。最近、彼女は寝る時間にならないと帰ってこないのである。
魔法少女とはいえまだ11歳。自分より年下の行方が分からないのは、キャンサーも不安ではあった。
一方で、今ここにいる二人は、そんなことも気にせずババ抜きを楽しんでいた。
「あ、あ、あり得ない……。11回連続負けだなんて、そんな……」
「スゥ〜……」
いや、片方が全く楽しそうではなかった。
リーブラは、絶望のオーラを漂わせながらうな垂れている。手にはトランプのジョーカーが握られていた。
「なんで運命を司る貴女が、ババ抜きで負けるのか分からないんだけど?」
「そう! そうなのよ!! ちゃんと神の教え通りに手札を選んでいるのに、なんで勝てないのぉ!? ……はぁ!!? さてはアリエス、貴女まさかイカサマを!?」
「スゥ〜……」
アリエスは寝惚けているのか、完全に寝ているのか、リーブラの発言を無視して目を閉じている。
……とその時、彼女がぱちっと目を開いた。
「してないよ〜」
「そんな訳ないでしょう!? この私が! 神に選ばれしこの私が!! 『星天秤の審判』まで使ってるのに負けるはずがないじゃない!!」
アリエスの胸ぐらを掴んで揺さぶるリーブラ。
キャンサーからしてみれば、そのアイテムを使っているリーブラの方がイカサマじめているような気もするのだが、それを聞き入れるような性格ではないことは、キャンサーも長い付き合いでわかっていた。
キャンサーは二人を無視して、タンスから着替えを取る。
「私が買ったからジュース奢りね〜」
「こんな勝負、私は認めないわよ!! もう一戦しなさいアリエス!!」
……どうやらまだまだババ抜きは続くようだ。
せめてお自分がお風呂から上がる前には終わって欲しいと思いつつ、キャンサーは部屋を後にした。
「やれやれ。うちの部屋は騒がしいったらないよ」
キャンサーはくたびれた様子でお風呂場へ向かう。ほんの数十秒間の出来事だというのに、あの二人と一緒にいると妙に疲れが溜まるのだった。
お風呂に入って今日の疲れを癒そうと、キャンサーは脱衣所で服を脱ぎ、扉を開けた。
「あ」
「……………………」
するとそこには、浴槽に浸かるピスケスがいた。
どうやら、キャンサーが着替えを取りに行っている間に、先にお風呂場へ向かっていたようだ。
「あ、ああピスケス。先に来てたのね。ごめん、私は後で入るから」
キャンサーがお風呂場の扉を閉めようとしたその時。
ふと、ピスケスが手をこまねいた。
「……え?」
「……………………入っていいよ」
か細い声で、ピスケスはそう口にする。
「え……いいの?」
「……………………(コクリ」
ピスケスは黙って頷く。
断るのも何なので、キャンサーはそのままお風呂場へ入り、バスチェアに腰掛けた。
シャワーの蛇口を開いて、キャンサーは温かいお湯に当たりながら黙々と体を洗う。
「……………………」
「……………………」
また静寂が訪れる。
別に無理をして何かを話す必要はない。それはキャンサーも理解していた。
しかし、近くに知人と居るのに黙っているのが申し訳なく感じるのは、ひとえに蟹谷幸枝という人物が『コミュ症』だからだろうか?
(煩いのは勘弁だけど……静か過ぎるのも嫌ね)
キャンサーは一人静かに物思いに耽ることで、ピスケスの存在を忘れようと頑張る。
それから時間にして約三十分間。
二人は一言も発さないまま、お風呂場を上がった。
下手に騒がしい環境よりもストレスが溜まるのを感じたキャンサーである。