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第6話「男の娘」

「さてと、そろそろ帰ろうかな」


 週末をあけて月曜日。

 いつものように学校を終えたキャンサーは、寄り道もせずまっすぐ自宅へと向かう。

 ……のではなく、今日は少し別のルートを通っていた。

 おつかいだ。

 今日は野菜が安いらしく、キャンサーは帰り際にスーパーへ寄っていた。

 買い物リストの商品は全て買ったので、スーパーの袋を手に帰り道を歩く。


「んっ?」


 そこでキャンサーは、高校生くらいの女子グループとすれ違った。

 体操服姿で懸命に走っているところを見るに、おそらく部活の練習中なのだろう。

 大変そうだなぁ、とキャンサーは彼女達を一瞥し、そのまま通り過ぎようとする。


「あ、待って!」


 すると、ランニング中のグループから、一人の女子がキャンサーを呼び掛けた。

 キャンサーが振り向くと、そこには見知った顔があった。


「ああ、やっぱりだ! キャンサー……いや! 幸枝ちゃん!」

「……次郎」


 駆け寄ってきたのは、童顔で中性的な顔の少女だ。

 彼女は十三人の魔法少女の一人、魔法少女ヴェルゴである。


「ねえねえその子、誰?」

「部長の知り合いですか?」

「う、うん! 親戚の子なんだ!」


 ヴェルゴはそう言って他の女子達からキャンサーを隠す。


「ちょっとこの子と話してるから、みんなは先に行ってて」

「「「はーい!」」」


 他の部員達は、そう言って走り去っていった。

 全員が居なくなったのを見て、ヴェルゴはホッとひと息吐いた。

 キャンサーは、そんな仲間に対して労いの言葉をかける。


「大変そうね」

「そうでもないよ。やり甲斐はあるし、新しく入ってきた部員も良い子ばかりだよ」

「あー部活の話じゃなくて、環境の方よ」


 キャンサーがそう言うと、ヴェルゴは苦笑を浮かべた。

 魔法少女ヴェルゴ。今年で高校二年生になった16歳だ。

 そんな彼女の本名は、戸倉"次郎"。

 明らかに男の名前である少女は、実は普通の女性ではない。

 二年前、まだ魔法少女になる前だった戸倉次郎は、当時普通の『男性』だったのだ。


「だいぶ慣れたよ。といっても、まだ少しギクシャクしてるかな。周りがみんな女の子だと、どうしても意識しちゃってさ」

「そんなこと言って、家でも学校でもハーレム状態。元男子としては、実は居心地が良かったりとか?」

「イヤイヤイヤ! 変なこと言わないでよキャンサー!」


 ひょんな言葉に戸惑うヴェルゴ。

 それを見て、キャンサーは少し笑った。


「冗談冗談! 本気にしないでよ」

「もぅ〜……」


 ヴェルゴは頬を膨らませた。

 その様子は、同性から見ても実に愛嬌がある。

 こんな可愛らしい少女が昔は男性だったとは、キャンサーも事情を知らなければ夢にも思わなかっただろう。


「それじゃあ私は帰るから。部活、頑張ってね」

「うん! ありがとうキャンサー!」


 ヴェルゴは手を振ってその場を後にする。

 走り去る後ろ姿を、キャンサーはそっと眺める。

 流石は陸上部員、軽やかな足運びだ。

 あの調子なら、すぐに他の部員達と合流できるだろう。


「魔法少女の力も使わずよくやるよ。なんと言うか、青春っぽいなぁ」


 キャンサーは一人呟いて、帰り道を歩く。

 彼女もまだ小学生。これから中学、高校と様々な場所に行き、学び、出会いを体験する。

 そこで、この少女がどのような経験を積むのか?

 それは、まだ誰にもわからない。

 しかし少なくとも、今のキャンサーは、ヴェルゴのように部活に励もうとは思ってはいなかった。


「部活かぁ……。来年で中学生だけど、私もどこかに入らないとダメなのかなぁ」


 帰り道を進みながら、キャンサーは自分の中学生活を妄想する。

 友人が出来て、部活や勉強に励んで、どこかに遊びにいったり、夢を追いかけたり。

 そういう自分を頭の中で思い浮かべてみると、キャンサーは「ないない」と首を振った。


「全然とピンとこない。やっぱり私には向いてないかも、青春」


 自分には似合わないと、キャンサーは考えを放棄する。

 そもそも彼女の人生で、一度たりともそういう経験をしたことはないのだ。

 なってみた自分が、イメージと合わないのは当然だろう。


「……おんやぁ? おんやおんやぁ?」


 と、キャンサーが物思いにふけていると、目の前にまん丸とした物体が現れた。


「あ、怪人」

「いやっひゃー!! こんなところに可愛い子がいるじゃねえかぁ!!」


 怪人は、キャンサーを見つけるや否やズンズンと彼女に近づいていく。

 その振る舞いは不気味だったが、キャンサーは特に何かアクションを起こすことなく突っ立っていた。


「いやっひゃー!! 俺の名は怪人タンクマグナム!! 鉄のボディに超火力を誇る砲台で人も建物も木っ端微塵に破壊する最強の怪人だぁ!!」


 怪人タンクマグナムは、自慢の砲台を見せびらかしながら大声を上げる。

 そんな大きく喋らなくてもここには私しかいないのに……とキャンサーは思った。

 それはそうと、魔法少女の前に現れた。

 ならば、


「しかしちょうど良い!! これから街にいってひと暴れしてやろうと思っていたところだ!! そういう訳で、お前を今から俺の人質にする!! 痛い目にあいたくなかったら言う通りにゴボファアアアアアアアア!!?!」


 その瞬間、怪人タンクマグナムの頭部が吹き飛んだ。

 キャンサーが右腕だけハサミにして、その手で強烈な攻撃を喰らわせたのだ。

 怪人は絶命し、キャンサーは腕を元に戻す。


「……ま、今は怪人退治の方が気が楽かな?」


 キャンサーは手をひらひらさせてそう呟いた。

 青春よりも怪人。

 キャンサーは、自分の宿命を思い返しながら、買い物袋を持って自宅へと帰っていくのであった。

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