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第17話「多忙」

 魔法少女。

 日本でごく普通に暮らしていた彼女達は、ある日精霊との契約により『異世界』へと降り立った。

 異世界、と言ってもその世界観は地球とそう変化はないと言える。

 しかし、暮らしている人達は前の世界とは異なるため、有名人や著名人、歴史上の人物もこの異世界にはいない。だから当然、『アンパンマン』などのキャラクターも異世界には存在しないのである。

 その他に、もっと分かり易い違いがあるとすれば……それは『怪人』だろう。

 戦わなければならない宿命の相手。

 魔法少女にとって、この敵の存在こそが前の世界とは異なる一番の違いと言えた。


「慄け皆の者!! オレ様はダチョウ怪人『MAX・スピード』!! 長年脚を鍛えてきたことで最高時速300キロで大地を駆け抜けるようになった最速の怪人だァ!! 貴様らがどれだけ遠くに逃げようとも、すぐに追いついて引っ捕らえてやるゥ!!」


 ダチョウの上半身に太い両脚を持った不気味な怪人がそう叫んだ。

 すると、けたたましいサイレンの音が鳴り響き、パトカーの乗った警官何人かが怪人の前に現れた。


「確保ぉー!!」


 上官と思わしき警官がそう叫ぶと、他の警官達は一斉に怪人に向かった。

 しかし、ダチョウ怪人はそれを鼻で笑い、近づいてくる警官を自慢の脚で文字通り蹴散らしていく。


「そんな脆弱な体でオレ様に勝てるとでも思ったかぁ!? オレ様の脚は、貴様らとは鍛え方が違うのだァ!!」

「くっ……!」


 警官達が、強大な力を持つ怪人を前にし、攻め切れないでいる。

 その時だった。

 立ち往生する警官達の横を、一人の少女が通り過ぎたのだ。


「キ、キミ! そこは危ない! 下がっていなさい!!」


 一人の警官が少女を呼び止めるが、少女は構わず先に進む。

 変わった格好の少女だった。

 その少女は、迷うことなく怪人の元へ近づくと、眼前にいる怪人を一目見て口を開いた。


「バイト帰りに合図が出たから駆けつけてみたけど……キミが街で暴れ回っている怪人だね」

「……その姿、貴様が魔法少女かァ!! たった一人でオレ様を相手取ろうとは良い度胸だァ!!」


 そう言って、ダチョウ怪人は自慢の脚力で瞬時に少女との距離を詰めた。

 怪人の頭部を狙った回し蹴りが炸裂する。少女は仁王立ちのまま、避けることも出来ず蹴りを受ける…………かに見えた。

 しかし、当然少女の姿が煙のように消えた。


「え……!?」


 渾身の蹴りは空を切り、バランスを崩してしまった怪人はその場に崩れ落ちてしまう。

 見ると、少女はいつの間にかダチョウ怪人の背後に回り込んでいた。

 そう、この少女はダチョウ怪人が反応出来ない超スピードで、怪人の蹴りを回避したのだ。

 そして少女は、ダチョウ怪人の脚を掴むと、怪人の体を勢い良く投げつけた。


「ぐわぁ!!」


 壁に叩きつけられるダチョウ怪人。

 怪人は、重力に引かれ、地面に叩きつけられた。

 しかし、この程度ではやられないのだろう。すぐに体勢を立て直して、怪人は自分を投げてけた少女を睨む。


「……! つ、次はオレ様の番だァ!!」


 ダチョウ怪人は、時速300キロのスピードで少女の周囲を動き回る。

 撹乱のためか、怪人の動きは常人では捉え切れない速度で移動を続けた。

 まさに高速移動。

 四方八方を跳び回る怪人は、少女に対し嫌な笑みを浮かべた。


「このスピードには反応し切れまい!! 隙を見せた瞬間、それが貴様の最後だァ!!」

「……………………」


 一方、少女は怪人を目で追おうとはしなかった。

 代わりに、少女は深呼吸を始める。スゥ〜っと息を吸って、ハァ〜っと大きく吐き出す上下運動を数回して、少女は自分の右手に力を込め、拳を作った。


「わざわざ忠告してくれてありがとう、でも大丈夫。僕、反射神経には自信があるから」

「死ねええええええええええええええええええええええ!!!!」


 少女の死角に隠れてダチョウ怪人は、トドメの一撃が放たれた。

 少女の体目掛けて、強靭な脚が襲い掛かる。

 そして、




「ジャスティスノック!!!!」




 少女の奥義が炸裂した。

 ダチョウ怪人の脚は、まるでトマトのように潰れ、肉片が四方に爆ぜ散った。

 瞬殺だった。

 バラバタになり、鮮血を吹き出す怪人。

 ソレを浴びないように、少女は身を捩って回避する。

 怪人が完全に絶命したのを確認すると、少女は足早くその場を去ろうとした。


「ま、待ちなさい! キミは一体……」


 警官の一人が、少女を呼び止めようとする。

 しかし、少女は凄まじい脚力でその場から一瞬で遠くまで移動した。

 少女の速度は、先程のダチョウ怪人すらも超える『神速』のスピードだった。

 少女に追いつける人間は……いや、怪人ですら彼女に並ぶ脚の持ち主は滅多に存在しないだろう。


「目立たない場所に隠れないと…………彼処が良いかな?」


 人影の少ない路地裏を見つけると、少女はそこに降り立った。

 少女は自分を追ってくる人影がないことを確認し、変身を解いた。

 すると、少女の姿は制服姿の、普通の高校生と変わらない格好となった。

 中性的な顔立ちに、運動部で鍛えたすらっとした体。

 どこからどう見ても運動部の普通の女子高生にしか見えない。そんな少女は、この世界を悪に染めようとする怪人を倒す者の一人である。

 その名は、魔法少女ヴェルゴ。

 本名、戸倉次郎。元男性の高校二年生である。

 ヴェルゴは、周りの目を気にしながら裏路地を出た。


「……無事に怪人を退治出来た。後で皆んなに報告しないと」


 怪人が頻繁に発生するようになって以来、魔法少女は毎日のように死闘を繰り広げていた。

 戦力は圧倒的にこちらが上だが、それでも命懸けの戦いはそう何度もやりたいものではない。

 部活を済ませた後で、アルバイト。既に時刻は二十一時を回っていた。その上で先程の怪人とのバトルだ。

 ヴェルゴは、今すぐシャワーを浴びて布団に潜りたい気分だった。


「いや、ダメダメ弱気になってちゃ!! 他のみんなも頑張ってるんだから、僕も頑張らないと!!」


 ヴェルゴは、自分の頰を叩いた喝を入れた。

 幸い、不老不死の魔法少女には過労死する心配は無いため、理論上は寝ずに働くことが出来る。……とはいえ、疲労とストレスは感じるため地獄のような苦しみを味わうことになるのだが。

『無理が通れば道理は引っ込む』。

 自分を傷付けながら働くのは、ハッキリ言って悪だ。

 それはわかっているのだが、ヴェルゴ自身にも働かなければならない事情があった。皆の生活を支えるため、怪人を退治する。

 今の魔法少女が生きるために必要なのだ。

 例え自由な時間が無かろうとも、

 例え疲労困憊になろうとも、

 ヴェルゴは、毎日を必死に生きなければならない。


「明日もあるし、早く帰って寝ないと。……ああ、そう言えば」


 ヴェルゴは鞄から一枚の紙切れを思い出したように取り出した。

 それは、バイト先から渡されたチラシだった。

 近日、ヴェルゴが働いている洋菓子店ではイベントを開催することになっている。商店街の人通りが多い場所で露店を開き、焼き菓子などを売るイベントだ。

 しかし、店のアルバイトの子が急用で入れなくなってしまい、人手が足りなくなってしまったらしい。そこで、ヴェルゴは店長から「短期で働いてくれる人が居ないか呼び掛けて欲しい」と、頼まれたのだった。


「家の皆んなは、忙しくて無理だろうけど……でも一応聞いてみようかなぁ」


 それはそうと帰宅しなければ、と。

 疲れた体を引きずるように動かしながら、帰路へ着いた。

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