第16話「商売」
キャンサー、リーブラ、アリエスは小学校を離れて近くの公園に来ていた。
放課後とあってか、小学生達が公園の遊具で遊んでいるのが見える。
キャンサーの知り合いはいないようだ。
「貴女も、あの子達と混ざってみたら?」
リーブラは、からかうような口調でキャンサーに言う。
それを軽く遇らいつつ、キャンサーは公園のベンチに腰掛けた。
おおよそ話の内容は予想できるが、まあ話くらいは聞いてやろうと、キャンサーは二人の顔を見上げる。
「それで、話って言うのは?」
「朝話した続きだけど、私達は会社を設立して大儲けしようって考えているの。まあ要するに、魔法少女達で自営業をしましょうっていうことよ」
「……中学生と小学生で、自営業?」
「まあ公に顔を出さなければ、年齢は隠せるし魔法少女の存在を知られる危険も限りなく低くなるわ。何せ私達が作った環境で商売をするんだもの、『企業秘密』っていうことにしておけば、隠れながら魔法少女の力を存分に使えるってわけ! どう? 頭良いでしょう!?」
魔法少女の存在を世間に知られないのなら、出来るだけ安全に力を使える環境を自分達で作れば良いとリーブラは言う。
確かに、その方法なら誤魔化しやすいし、いざという時の逃げ道を作ることも容易になるだろう。
「でも会社を建てると言っても、その会社を建てるためのお金が無いじゃん」
「会社、と表現したけど必ずしも土地や建物を用意する必要はないわ。要は、『お客に商品を売ってお金を貰う』っていう普通の商売をすれば良いのよ。ただし、それをするのは私達ではないわ」
「?」
「人を雇うのよ。私達は経営方針を決めて、それを他の人にやらせるの! これなら、ラクしてお金を稼ぐことが出来るわ!」
労働者ではなく、経営者になる。
リーブラの言うお金の稼ぎ方とはそういうことだった。
小学生のキャンサーには、働く以外でお金を稼ぐというのがピンとこなかったようだが、しかしリーブラは、これこそが現状の貧しい生活を打破する計画だと思っていた。
学生がどれだけ頑張って働こうとも、十三人分の生活費など用意できるはずがない。そもそも労働者とは、働いたら働いた分だけの給料しか貰えないのだから。
ならば、こっちが労働者を雇う側になれば良い!
そして、それを成せるだけの力が魔法少女にはある!と、リーブラは声高く叫んだ。
「お金をラクして稼ぎたいなら、働かないで稼げばいいの! そういうシステムを私達の手で作るのよ!」
「……まさか、何か良いプランがあるの?」
もしそうだとしたら、本当にお金の心配が無くなるかもしれない。
そうなれば、学生という身分で一生懸命働いて生活をすることもなくなる。
キャンサーが、やや期待を込めた瞳でリーブラを見つめると、彼女はフッとほくそ笑んだ。
「プランは…………無いわ!!」
……………………。
…………。
……。
「え?」
「だから、具体的な方策は何も考えてないの!」
堂々と声を上げるリーブラ。
すると、リーブラは鞄の中から一冊の本を取り出してキャンサーに見せた。
そこには、『簡単!猿でもわかる経営者になるための本』というタイトルで、経営者になるためのプロセスがイラスト付きで分かり易く書かれていた。
キャンサーは尋ねる。
「……もしかして、これを読んだの?」
「そうよ! 中学の図書館で偶然見つけたの! お金をガッポリ稼ぎたいなら経営者か株主になるしかないと思ったから、この本で勉強して経営者について学んだってわけ! そして魔法少女の力を売ってお金を稼ごうとまでは思いついたんだけど……そもそも人を雇うためのお金が無いことに気づいたのよね」
「馬鹿じゃん」
「馬鹿とは何よ! まあ禁術で催眠かけて奴隷作って、無銭労働させ続けるってことも考えたんだけど、精霊との契約違反で魂奪われて死んじゃうだろうからボツにしたわ」
契約により、魔法少女が人に危害を加えるのは厳禁だ。
法を犯せば逮捕される前に、契約の強制力で命を奪われてしまうだろう。
どうしよもないリーブラをやれやれと見ながら、キャンサーはため息を吐いた。
「はぁ、じゃあ何も出来ないってことじゃない」
「問題無いわ。だってこれから考えるんだもの」
「出来ないことに力を削ぐより、真面目に働いて稼いだ方が建設的だと私は思うけどなぁ」
「キャンサー! 貴女私のことを何にもわかってないのね!? いい? 私はね、遊びたいのよ!!?」
「自分の欲望に正直ねー……」
「遊びたいから! 真面目に働いている時間なんて私には無いの!? 私は、遊びながらお金を稼ぐ!! アンダスターン??」
「滅茶苦茶現実的じゃないし、そもそもリーブラは何を売って稼ぐつもりなの?」
魔法少女の力は強大だ。それは、キャンサーもわかっている。
その力を上手く商売に応用出来れば、巨万の富だって得られるかもしれない。
問題は、自分達がただの学生で、経営のノウハウなどニワカ知識でしか持ち合わせていないということだ。しかも、正体がバレたら死ぬというリスクもある。
それでも稼ぎたいというのなら、安全で、尚且つ売れる商品を用意するしかない。
「まあ足が付かないように配慮するという面で考えると、なるべく信頼できる顧客に高値で売るのが一番良いと思うの。そして金持ちは『物』より『情報』を大事にする傾向があるわ」
「それで?」
「私の魔導書に書かれてある情報を売りつければ、お金持ちは幾らでも大金を支払うはずよ! これで大儲けできるわ!!」
リーブラは、『魔導書』という様々な術式が書かれた書物の情報を脳に組み込まれている。
その情報の中には、人を操ったり悪魔を召喚したり呪いをかけたりと、古来から所謂『禁忌』と呼ばれた術式も記されていた。
「……滅茶苦茶悪用されそうなんだけど大丈夫?」
「安心しなさい。術式は莫大なエネルギーが無いと発動しないから、魔導書の情報を与えただけではただの使い物にならないゴミ情報よ」
「詐欺じゃない!!」
「他には、魔導書に書かれている道具を作って売り捌くという案も思いついたけど……」
「だから悪用されるって。貴女の魔導書って結果的にロクな目に合わないんだから」
「まあ、『使用者は死神に命を取られて地獄行き』なんて迷信が記されている術式も載っているけどさぁ」
「実際、その術式を発動した瞬間本当に死神が現れて大変なことになったこと、今でも覚えてるから。……だから、魔導書の情報を扱うのやめなさい」
「えぇー」
えぇー、じゃない。
そもそも、中学生が営業をするというのが無理なのだ。いくら自分が魔法少女で、凄い力を使えるからといって、それでお金も簡単に稼げるはずがない。怪人退治とは訳が違うのだ。
「結局、出来ないものは出来ないのよ。夢を語る暇があったら、もっと別のことに努力したらどう?」
「……夢? 夢なんかじゃないわ、『計画』よ」
「計画……それは、何が違うの?」
「『夢』っていうのは、叶わないから夢なのよ。私は、夢を語るほど人生暇してないわ。貴女の言う通り、そんなもの追っている暇があったらゲームでもしてるわ」
「ゲームって……」
「でも、これは『計画』よ。何故なら私には力があるから。無理なんかじゃないわ、今は具体的な方策は何もないけど、いつかちゃんとしてプランを用意して、売る物も決めて人を雇って、そしてお金稼ぐの。ね、無理じゃないでしょう?」
「……世の中、そんなに甘くはないと思うけど」
「甘いんじゃないわ、『簡単』なのよ。単純で明快、世の中は貴女が思っている以上にシンプルで分かり易いの」
そう言って、リーブラはポケットから何かを取り出した。
それは、銀色に輝く円盤状の物体。
百円玉だ。
「世の代名詞とは『お金』よ! そう、世の中っていうのはお金がある人がより強く、より自由なの!!札束ビンタ! これでどんな相手もノックアウトよ!!」
リーブラは、取り出した百円玉を大事そうに元あった場所にしまった。
彼女の言い分を聞いて、キャンサーは「なるほど」と呟く。
「つまり貴女は、世の中はお金の量で勝ち負けが決まって、お金があれば何でも出来るって言いたい訳ね」
「総資産で個人の序列は決まるの。私はそういう風に生まれてきたし、そういう風に生きてきたわ! 今だってそう生きているつもりだし、これからだってきっと同じように生きるはずよ」
過去も、今も、そして未来も、自分は変わらないと彼女は言っている。
自己中心主義で、自由主義者。その上お金が大好き。
魔法少女リーブラこと天馬計は、きっと生まれた時からそういう人物だったのだろう。
「やりたいことが一杯あるのよ!! ご馳走食べて、おめかしして、豪邸に住んで、遊びまくる!! そのためには……」
「お金、ね。でも悪いけど、私はその話には乗れないよ。せめて具体的なプランを用意してきてからにして」
「……それもそうね。じゃあ、プランを考えたらまた声を掛けるわ」
「そうして」
先立つものがなくては、商売は始められない。まずリーブラが準備すべきはそれだろう。
とはいえ、もしリーブラが全ての準備を整えたとしたら、また話くらいは聞いてやろうとキャンサーは思った。
「じゃあ私達はこれから行くところがあるから、先に帰ってて。行くわよ、アリエス」
「ムゥゥ〜〜。……あ、話終わった?」
ずっと眠っていたのか、アリエスは大きく欠伸をかいて目を擦った。
リーブラはそんなアリエスを引っ張って、公園を離れていく。
何の用があるのかは知らないが、トラブルには巻き込まれないようしてほしいものである。
キャンサーは、一人きりになった公園で、ふと空を見上げた。
今日の空は、青々とした晴れだ。
「……やりたいこと、か。覚えがないわねぇ、私には」
リーブラは正直滅茶苦茶だ。自分勝手だし、利益のためなら平気で人を利用する。協調性は無いし、家事雑用は絶対にやろうとしない。
しかし、前にリーブラはこのように話していたことがある。
『私はね、出来るだけ沢山のことをして悔いの無いように生きたいの。魔法少女が不老不死だっていうのなら、それは私にとってある意味チャンスなのかもしれないわね』
……リーブラは、魔法少女になったことに度々不満を漏らしているが、それでも前向きに今出来ることを吟味して、行動に移そうとする。流されるままに都合良く使われているキャンサーに対して、あの守銭奴は寧ろその流れを利用しようとさえするのだ。
キャンサーには無い『ハングリー精神』とやらを、リーブラは持ち合わせている。
その諦めの悪さ、根気、負けん気、チャレンジ精神。
そういう面に関してだけは、
キャンサーは少しだけ……リーブラを羨ましいと思っていた。
「あ、そういえば!」
「おぉう!? ……リ、リーブラ! 貴女まだ居たのね!?」
「貴女に渡したバッチ、預けておくから無くさないでよね!? きっと使うことになるから!」
「あ、うん……」
「じゃあねー!」
リーブラは、今度こそその場を離れていく。
別れ際、キャンサーはポケットにしまった『3』と書かれたバッチを取り出した。
キャンサーはそのバッチをしばし見つめてから、リーブラの背中に大きく声を掛ける。
「前向きに検討させてもらうよー!!」
それに対して、リーブラは軽く手をひらひらさせて返事に応じた。
そんな格好付けた素振りを見て、キャンサーは「そう言えばあの子、私より二つも年上だった」と思い出すのであった。