第15話「約束」
今日の授業も滞りなく終わった。
放課後、キャンサーは帰り支度を済ませ寄り道せずに帰ろうとランドセルを背負う。
その時、百華がキャンサーの元へ歩み寄ってきた。
「幸枝ちゃん、今日は一緒に帰らない?」
「アレ? 百華の家って、私んちと逆方向だよね?」
「駅前でお父さんのお迎えをするの。幸枝ちゃんの家って、確か駅から近かったよね?」
「へぇー。百華のお父さんって、あんまり家に帰ってこないんだよね?」
「うん、仕事が忙しいんだって。でも最近は、偶に家に帰って来てくれるの」
「そうなんだぁ……。じゃあ、途中まで一緒に帰ろうか!」
という訳で、二人は揃って下校することにした。
玄関で靴を履き替え、二人は談笑しながら外へ出る。
キャンサーは言った。
「そういえば百華、貴女って夜寝る時ってどんな格好してるの?」
「え? ……パジャマを着て寝るけど」
「そっかぁ。私って、普段は服を着ずに寝るんだけど、百華はそれについてどう思う?」
キャンサーは、今朝起きた出来事を思い出していた。
魔法少女達の中で、夜寝る時に服を着ないのは自分だけなので、他の人はどうなのだろうと、キャンサーは興味本位で友人に尋ねてみたのだ。
思いがけない質問をされた百華は、少し戸惑った表情を浮かべた。
そして、少し悩んだ素振りを見せながらこう答える。
「それは、幸枝ちゃんの自由で良いと思う。……けど」
「けど?」
「それよりも私は……幸枝ちゃんが普段下着をしてないことの方が問題だと思うなぁ」
そう口にした百華は、少し頬を赤く染めていた。
一方で、キャンサーは百華の発言に首を傾げる。
「え、ダメなの?」
「ダメとは言わないけど……ほら。男子の目とか気にならない?」
「……いやぁ、特に気にならないかなぁ」
基本的にキャンサーは、人付き合いをしない。
というか、他人に興味が無いのである。
人からの評価など気にしていないのだ。当然、自分が周りからどう見られようと知ったことではない。
だから自分が下着を履いてないことで、他人がどう思うのかが、キャンサーにはわからなかった。
「えーっとぉ、でもみんな下着は履いてるし」
「私、下着って嫌いなのよ。妙に体を締め付けられるのが不快っていうか……出来ることなら一生履きたくないくらいね」
「いやぁーそれはちょっと無理じゃないかなぁ……。中学生になったら制服になるし、流石にスカートでパンツを履かないのは……」
「大丈夫。下はジャージを履くことにするから」
「本当に下着を履きたくないんだねぇ」
「全裸がはしたないのはわかるよ? でも、だったら上に服を着るだけで良いはず。下着を付ける意味なんてどこにあるのか」
「それは……大人になったら、わかるかもね」
「大人になったら絶対に下着を履かなきゃならない? なら私は一生子供のままで良いかなぁ」
魔法少女は不老不死。その気になれば今の状態のまま一生を生きることだって可能だ。
永遠に12歳の肉体というのは、少し不便そうではあるが、キャンサーにとっては些細な問題だった。
「大人になんか〜なりたくない♪ こどもでいた〜い♪」
「下着を履きたくないっていう理由で『一生こども宣言』する人は初めて見たよぉ〜」
百華は、苦笑を漏らした。
そんな雑談をしていると、小学校の校門前が少し騒がしいことに二人は気付く。
何事かと校門付近を覗いてみると、そこには制服姿の女子が二人見えた。
二人の制服は、この近所にある中学校の制服だった。
「あれ、この学校に卒業生かな? 誰かを待っているみたいだけど……」
そんな呟きを口にする百華だったが、キャンサーはそれどころではなかった。
キャンサーは、校門前にいる女子二人に見覚えがあったのだ。
というかその二人は、同じ家に住む魔法少女仲間。
リーブラとアリエスだったのである。
「……ん? あ、ようやく来たわね!」
リーブラが、人混みの中にいるキャンサーを見つけた。
キャンサーは、隣で寝惚けているアリエスを引っ張ってキャンサーと百華のいる場所へ近づく。
「遅かったじゃない! ずっと待ってたのよ」
「スヤァ〜」
「え、この人達幸枝ちゃんの知り合いなの?」
驚いた表情で、百華が問いかけた。
キャンサーはどう答えたものかと考える。
「えーっと、この二人は私の従姉だよ」
「従姉?」
「幸枝の知り合いかしら? 私は天馬計、よろしくね!」
「西園寺鈴鹿です。スヤァ〜〜……」
リーブラとアリエスがそれぞれ自己紹介をする。
従姉、というのはもちろん嘘だ。
魔法少女同士の関係を人から聞かれた際には、親戚であると誤魔化すようになっている。
なのでキャンサーの嘘には二人共、特に疑問を抱くことなく相槌を打ってくれた。
「……二人共、わざわざうちの学校まで何の用なの?」
「今朝約束した通りよ。言ったじゃない、学校から帰ってから話の続きをするって」
「……………………あーなるほど。それで、わざわざ私の学校まで来てくれたの?」
キャンサーは、そんなこともあったなぁ〜と思いながら二人を見る。
するとリーブラは、急に咳払いをして腕を組み、斜に構えたパーズを取り出した。
「か、勘違いしないでよね! 別に貴女のために来たんじゃないんだから!」
「……何そのツンデレ?」
「貴女が私との約束を忘れてると思ったから来てやったのよ! 感謝しなさいよね! …………ていうか実際、貴女本当に私との約束忘れていたでしょう?」
「いやぁ、忘れていた訳じゃないよ? 全然忘れてなんかないよぉ?」
「絶対忘れていた時の言い訳じゃない!!」
リーブラは、不意にそっぽを向くキャンサーに指を突きつけた。
キャンサーは思う。本当に忘れてはいなかったと。
ただ、どうでも良いことだったので放置していただけなのだと。
「まあ良いわ! 話があるから、ちょっと付いて来なさいよ」
「話ならいつでも出来るんだから後でも良いじゃん。私、これから友達と一緒に帰るところなのよ」
「それこそいつでも出来ることじゃない! 私との約束はどうなるのよ!?」
「約束を結んだ覚えはないんだけど」
「嘘! あの時間違いなく言っていたわ! 私が『それじゃあ、話の続きは学校から帰ってからにしましょう』って言ったら貴女は『う、うん』って頷いてたもん! ちゃんと覚えてるんだからね!?」
「無駄に良い記憶力……。テストの成績そんなに良くない癖に」
学校では役に立たないことに力を発揮するのが、この魔法少女リーブラである。
キャンサーは、どうしたものかと悩みながら頭をかいていた。
すると、話に混ざり辛そうにしていた百華が、キャンサーの肩をそっと叩く。
「百華?」
「幸枝ちゃん。用事があるならそっちを優先してね。一緒に帰るのはまた今度にしよう」
「で、でも……」
「天馬さんの言う通り、一緒に帰るだけならいつでも出来るよ。ね?」
「う、うん。……ごめんよ、今度は必ず一緒に帰るから」
「気にしないで。じゃあ、私は先に帰るから」
百華はそう言って、キャンサーに手を振りながら帰り道を歩いていく。
少し罪悪感を覚えながら、キャンサーも百華に対して手を振り返した。
「また明日ねー!」
「うん、また明日」
百華が見えなくなるまで、手を振り続けるキャンサー。
そしてしばらくしてから、キャンサーは二人に向き直った。
「……はぁ、友達の約束を破っちゃったよ。悪いことしちゃったなぁ」
「私との約束は平気で破ろうとするのに、これは不公平じゃない?」
「リーブラ。一応聞くけど、大事な話なんでしょうね? もしくだらない内容だったら、貴女の歯を折る」
「心配しなくても大事な話よ。なにせこれから話すことは、私達魔法少女の最大の障害を排除できる画期的なプランなんだから!!」
晴れ晴れとした様子でリーブラはそう言い放った。
キャンサーは、「また面倒なことになりそうだなぁ」と感じつつも、リーブラのプランとやらを聞くことにするのだった。