第14話「才能」
体育の時間が終わり、キャンサーと百華は女子更衣室で着替えをしていた。
キャンサーは体操服を脱ぎ捨て、熱が篭り赤みを帯びた自分の肌を手で仰いで冷やす。
久しぶりに良い運動をした。
普段の授業では味わえない解放感を感じつつ、キャンサーは先程の試合を思い返す。
「それにしても、いやー惜しかったよね〜。私が彼処でシュートを決めていたら勝ってたんだけど……」
「ご、ごめんね? 私がミスばっかりしたせいで負けちゃって」
「百華が気にすることじゃあないって。攻め切れなかった私が敗因だよ」
キャンサーは、負けたせいか少し落ち込んでいる百華の肩をポンと叩く。
結局キャンサー達のチームは、一点差で負けてしまった。
実際、最初の流れに乗れなかったのが負けた原因だろう。思うようにシュートを決められず、結果相手チームの方がボールに触った回数が多かったように思える。
バスケットボールはチーム戦だ。
いくらキャンサーの能力がズバ抜けていても、連携には敵わない。
チームプレイが行き届いていた相手側が上手だった、それだけの事である。
「まあでも、楽しかったよ。勝ち負けよりも、思いっきり体を動かせたのが気持ち良かった。また次もやりたいなぁ」
「幸枝ちゃんは、運動大好きだよね〜。クラブとか入れば良いのに」
「私は自由に楽しく体を動かしたいだけで、チーム一丸となって切磋琢磨するとか、大会で優勝を目指すとかは興味ないんだよ」
勝ちたいからでは無く、楽しみたいからスポーツをする。
それは真っ当な理由ではあるが、基本的にスポーツとは勝つためにやるものだ。
キャンサーには「何が何でも勝ちたい!」というハングリー精神は無かった。
勝つ気もないのにチームに居ては、他のメンバーに申し訳がない。
だからキャンサーは、どんなクラブ勧誘にも首を縦に振らなかった。魔法少女の使命というのもあるが、一番の理由はそれだった。
「うーんそっかぁ。……ちょっと勿体無いような気がするなぁ」
「勿体無い?」
「だって幸枝ちゃん、運動も勉強も何でも出来るじゃない。才能があるっていうか……幸枝ちゃんならきっと将来、世界中から注目される凄い人になれると思うの」
「世界って……大袈裟だなぁ」
「大袈裟なんかじゃないよ。少なくとも私は、本気でそう思ってるし」
百華は真剣な眼差しでキャンサーを見ている。
その瞳に一片の曇りもない。本気で彼女は、キャンサーを評価しているのだ。
しかしキャンサー自身からしてみれば、自分の力はイカサマもいいところだと思っている。
実際、キャンサーは自分で誇れるくらい何かに対して努力したことはなかった。
それでも結果を出せるのは自分が魔法少女で、普通の人には無い力を持っているから。
運動は出来て当たり前。勉強は惰性でこなしてるだけ。
情熱とか、目標とか、やり甲斐とか、真剣さとか。
そんな感情を、蟹谷幸枝という少女は抱いていない。
才能があってもやる気が無いなんて、真面目にやっている人達に申し訳がないだろう。
しかもその力が、魔法少女という『チート』ならば尚更だ。
そもそも、そもそもである。
蟹谷幸枝には、やりたいことなんて無かった。
それが、一番重要なことだった。
「ねえ百華。貴女、将来は絵描きになりたいって話してくれたよね? そしていつかは、自分の絵を世界中の人に見せたいって」
「う、うん。といっても、まだ全然上手くないんだけどね」
「私はね、そういうのが大事だと思うの。どれだけ才能や運があっても、私にはやりたいことが無いんだ。生きる目標も、果たしたい夢も無い。だから、百華みたいに夢や目標がある人が羨ましいんだ」
人生。
それは、誰しもが必ず持っている、生きてから死ぬまでの道である。
才能なんてものは、その道を辿るための道具に過ぎないと、キャンサーは思っている。
所詮道具だ。道具は使いどころが無ければ、どれだけ性能が無くても宝の持ち腐れになる。
キャンサーがまさにそれだった。
「あーいま、『アンパンマンのマーチ』を思い出したよ」
「アンパンマン? え、なにそれ?」
「んー。私の故郷で流行っていたアニメの主人公の名前だよ。『アンパンマンのマーチ』っていうのはそのアニメの主題歌」
「へー」
「子供向けのアニメなんだけどね。その歌には、"人生に迷う人々へのメッセージ"が込められているんだ」
キャンサーは、昔よく歌っていたその曲を頭の中で再生する。
人生に迷っているキャンサーにとって、この歌はまさにうってつけの曲だった。
「なんのために生まれ、なにをして生きるか……」
「幸枝ちゃん?」
「今の私には、全然わからないけれど。でも、いつかわかると良いなぁ」
それが、魔法少女キャンサーの、蟹谷幸枝の願いだった。
果たしてこの少女に、生きる夢が、目標が見つかるのか。
ただ、蟹谷幸枝は12歳。
まだまだ人生を歩み始めたばかりである。
「きっと見つかるよ、幸枝ちゃんなら!」
「ありがとう。そう言ってくれる人がいるのは、やっぱり嬉しいよ」
着替えを終え、二人は女子更衣室を後にした。
学校の授業はまだ残っている。
人生の夢を求めるのも大切だが、目の前の為すべきことを果たすのも、同じくらい大切なのだ。