第12話「非常識」
魔法少女が住む家。
まだ陽が登って間もない時間帯で、リビングには三人の魔法少女が集っていた。
ひたすらラクして暮らしたい魔法少女、リーブラ。
とにかくずっと眠っていたい魔法少女、アリエス。
そして、未だ服を着ていない魔法少女、キャンサー。
「……それで、結局のところ『結社』っていうのは何のことなの?」
「私とアリエスが作った、『魔法少女の生活を豊かにするための結社』よ!」
「はあ?」
「……キャンサー、貴女は今の生活に満足しているかしら?」
突然、リーブラは真剣な表情でそう尋ねる。
キャンサーは現状の貧しい生活に対して、リーブラが不満を抱いていることは知っていた。
おそらく、そのことについて聞いているのだろう。
確かに、魔法少女となってからはキャンサーも度々苦労を重ねてきた。
キャンサーは、二、三年前に日本からこの世界に訪れたばかりの頃を思い出す。
食べ物がない。住む家もない。着る服もない。
衣食住が揃っていない環境に投げ出された当時は、流石のキャンサーも絶望したものだ。
身寄りがないというのは、未成年にとってはまさに致命的。基本的に、大人の助けがなければ生きていけないのが、この世の中なのだから。
それでも騙し騙しやってきたのが今のキャンサーであり、他の十二人の魔法少女達だ。
だからキャンサーにしてみれば、「そういうものだ」というのが見解だった。
「別に普通ね」
「フツーな訳ないでしょう!? 自分の常識を疑いなさいよ!! 私達は限りなく貧しくて、ブラックな環境におかれているのを自覚しなさい!!」
すると、リーブラはおもむろに冷蔵庫の扉を開いた。
中には、水の入ったペットボトル以外何も置かれていない。
「見なさい、この錚々たる有様を! ここ数日間、私達はジャムを塗っていないトースターを食べて飢えを凌いでいるわ! この現状を貴女はどう思っているのよ!?」
「いや、私は学校で給食が出るから」
「この裏切り者め!!」
こればっかりは小学生の特権だ。キャンサーに非はない。
リーブラは、腹が立ったのかバタンッと勢い良く冷蔵庫の扉を閉めた。
「私達魔法少女にも他の学生達みたいに、まともな食事をして、遊んで、ラクする権利はあるはずって話よ!!」
「まあ、契約違反にはならないけど……」
「私は! 肉が食いたいのよ!!」
「お、おぉ……。そこが一番重要なんだ」
「だけど、今の生活レベルじゃとても無理ね。大体全員が学生だっていうのがもう無理。収入源が学生バイトだけなのに十三人分の生活費を捻出するなんて頭おかしい。どれだけ怪人を倒しても、人はお金が無ければ死ぬのよ!」
魔法少女の仕事は、賃金が発生しない。
少女達と魔法少女の契約をした精霊は、こことは違う別の世界で暮らしているのだが、その世界では金銭の受け渡しは固く禁止されており、例えどんな場合があっても魔法少女にお金を渡せないらしい。
唯一、契約による等価交換は成立するのだが、これは魂を結ぶ大変重要で危険な行為だ。
下手をすれば精霊も魔法少女も契約違反で死んでしまうリスクがあるのを考えると、両者とも迂闊には契約を結べない。
結果、精霊は魔法少女達に何も出来ないし、してあげられないのだ。
「精霊は役立たず。正体がバレる可能性を考えると大人を頼る訳にもいかない。だったら自分達で何とかするしかないじゃない!」
「何とかって?」
「お金を稼ぐのよ! 私達の力でね!!」
リーブラは言い放った。
金が無い、だから働く。
なるほど、確かに真っ当な動機だ。しかし、
「キャンサーの言いたいことはわかるわ。世間では、高校生未満が働くのは法律で禁止されている。でもだからって手をこまねいている程、私は諦めの良い人間じゃないのよ」
「なに? 年齢偽ってアルバイトでもするの?」
「はぁ? なーんで私がアルバイトなんて賃金の安い面倒なことしなくちゃならないの。私はね、貧乏は嫌だけど、苦労するのはもっと嫌なのよ!!」
「じゃあどうするの? 話が読めないんだけど」
「ここに……錬金術で作った純金があるでしょう?」
そう言って、リーブラは漬物石くらいの大きさの金色の物体をテーブルに置いた。
まるで鏡のように顔を反射させる美しいピカピカの金。
キャンサーは、その金の物体が本物の純金であることに気づいた。
「あの錬金術完成させちゃったの!?」
「いやー惰性で術式を組んでたらなんか出来ちゃった。やっぱり私って天才ね(笑)」
「こんなの売っても疑われるだけってこの間話したでしょう!?」
「そうね。でも、確かに金は売れないけど、私達はこうして普通の人には出来ない不思議な力を扱えるわ」
不思議な力、魔法少女の能力だ。
リーブラの言わんとする事がわかってきたので、キャンサーは先に釘をさす。
「魔法少女の力を世間に見せるのは禁止だって、他のメンバーと決めたでしょう。もし、私達の正体が誰かに知られたら……」
「何も大っぴらに見せる必要は無いわ。要するに、違和感なくお金を掴めれば万事OKなんだから」
「私達の正体がバレることなく、魔法少女の力を使ってお金を稼ぐ……。そんな都合の良い稼ぎ方あるの?」
「ある」
断言したリーブラは、その直後に思い掛けない発言をした。
「会社よ!」
「……………………は?」
「だから、会社を建ち上げるのよ! 私達の、私達による、私達のための会社を!!」
何度言われても理解できない。
キャンサーは、自分は寝惚けているのではないかと目を擦ってみた。
しかし、目が醒めることはない。
ふと時計を確認すると、既に午前六時になろうとしていた。
「おっと、そろそろみんなが起きてくる時間ね。それじゃあ、話の続きは学校から帰ってからにしましょう」
「う、うん」
「ていうか貴女、いい加減服着なさい。風邪引くわよ」
「ああ、また忘れていたわ」
どうも自分はボーッとしているようだ。
話は一時中断ということで、キャンサーは顔を洗いにリビングを出ようとする。
「さあアリエス。私達も着替えるわよ」
「う〜ん。……結局、なんで私はここに呼び出されたのかなぁ〜?」
リーブラとアリエスもリビングを離れる。二人共自分達の部屋へ行ってしまった。
洗面所に来て、水道水でバシャバシャと顔を洗う。
キャンサーは、先程まで話していた内容はひとまず忘れていた。
あのリーブラが、突拍子も無い事をいうのは今に始まったことではない。そんな事でいちいち気に留める程、キャンサーは繊細な神経の持ち主ではなかった。
「しかし、お金かぁ……」
今の生活はお世辞にも良いとは思えない、それは魔法少女全員の認識だろう。
そんな現状を、リーブラは打ち砕こうとしている。その行動力は、ある意味で彼女の長所だ。
しかし非常識は、現代世界では生き辛いものである。
リーブラのその長所がトラブルの素になる可能性は高い。面倒な事件に発展する前に止めるのが懸命だろう。
無論、キャンサーもお金はある方が良いとは思っている。しかし、リスクを冒してまで欲しいとは思えなかった。
大事なのは、継続する力。
一攫千金の夢は、所詮『夢』なのだ。
そんな一般的・常識的な見解を持つキャンサーは、濡れた顔をタオルで丁寧に拭き取る。
「……ふぅ、サッパリした」
タオルで顔を拭いたことで、少しだけ目を醒ましたキャンサー。
キャンサーが洗面所から出ると、丁度ヴェルゴがランニングから帰って来るところだった。
「おかえりヴェルゴ」
「あ、キャンサー……って! まだ服を着てなかったの!?」
ヴェルゴは目を覆って叫んだ。
まるで思春期の男子ようにウブな反応である。流石は元男性。
「これから着るところだったのよ。ちょっと色々あって着るのを忘れてただけで」
「一時間も服を着るのを忘れるなんてウッカリある!? キャンサーって変なところで非常識だよね!?」
「何を言ってるの。私ほどこの家で常識がある人間は居ないわ」
「常識的な人は、全裸でそこら中をウロウロしないから! と、とにかく、ちゃんと服を着るんだよ!?」
そう言って、ヴェルゴは奥に逃げ込んでしまった。
キャンサーは、納得がいかないように顔をしかめる。
「私が非常識? 少なくともあのリーブラよりはまともな自覚はあるんだけど」
しかし、そろそろ皆が起き始める時間だ。
流石に大勢の前で全裸は、はしたない。
キャンサーは自室に戻って服を着ることにした。
*****
時刻は午前七時。
魔法少女達は、朝食をとろうとリビングへと集まった。
「……キャンサー!?」
「はい」
「なんで! まだ!! 服を着ていないのさぁ!!?」
「ああ、忘れていたわ」
ヴェルゴの絶叫を受けて、キャンサーは自分がまだ着替えていないことに気づいた。
他のメンバー特に何も言ってこなかったので、完全に忘れていたのだ。
「まあまあいいじゃねーかヴェルゴ」
「その通りです。キャンサーが服を着ないことくらい日常的な風景でしょう?」
レオとタウラスは呑気にヴェルゴをさとす。
この二人は、基本的にキャンサーには甘いのだった。
「みんなこの状況に慣れ過ぎ! 自分の常識を疑おうよぉ!?」
ヴェルゴの主張が虚しくこだまする。
慣れとは恐ろしいもので、どんな非常識も繰り返すことで日常となるのだ。
魔法少女。ヴェルゴを除く十二人は、キャンサーが全裸であるこの状況に『慣れてしまっていた』。
「……結局、どんな無理も結果次第なのよねぇ〜」
「ん? リーブラ、何か言った?」
「さぁーね」
どっちつかずの返事をするリーブラに、キャンサーは首を傾げた。
……結局この日、キャンサーが服を着たのは学校へ登校する直前だった。