第1話「魔法少女」
ここは、現代世界とは少し変わった世界。
この世界には、魔法少女という不思議な力を持つ少女達が秘密裏に存在していた。
魔法少女は、人々の平和を脅かそうとする怪人軍団の悪しき野望を討ち滅ぼすため、日々活動をしている。
そして今日も、一人の魔法少女が怪人との死闘を繰り広げていた。
この魔法少女の名は、キャンサー。本名、蟹谷幸枝。
「はぁぁぁああああ!! 喰らえ、チェーンデストロイヤー!!」
ピカンとキャンサーの腕が光り輝く。
そして次の瞬間、キャンサーの腕は巨大なハサミへと変貌した。
そのハサミは、肉を食い込み尖った刃とハサミに巻きついた丈夫そうな一本の鎖が印象的だった。
キャンサーは、自らの巨大なハサミを怪人に向けて振りかぶった。すると、怪人の体は瞬く間に斬り裂かれ、怪人の体からは青い鮮血が迸った。
ドサッと怪人が仰向けに倒れる。キャンサーは、怪人の生死を確認した後、ふうっと安堵のため息を吐く。
「……これで、今週二体目ね。最近、どんどん怪人の出現頻度が上がっているような気がするなぁ」
キャンサーは一人呟く。
彼女が魔法少女になってから、早くも三年目。当時10歳だったキャンサーは、今年で12歳になろうとしていた。
騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まることを懸念したキャンサーはその場を離れる。倒した怪人は、警察が片付けてくれるだろう。
キャンサーは、疲れた体で真っ直ぐに帰宅する。
しばし歩いて住宅地に着く。キャンサーが自宅の扉を開くと、彼女が帰ってきたことに反応して二人の女児がトテトテと駆け寄ってきた。
「「お帰りなさい、キャンサー!」」
「……ただいま愛姫、優姫」
疲れた体を癒してくれる天使のようなその双子を見て、キャンサーは笑みを浮かべた。
瓜二つなこの二人は、正真正銘の双子。それぞれが髪に結んでいる赤のリボンと青のリボンが無ければ、付き合いの長いキャンサーでもどっちがどっちなのかわからなくなるくらいだ。
実は、この双子も魔法少女。
名は、ジェミニ。本名は、相生愛姫と相生優姫だ。
年齢は何とまだ8歳。魔法少女という危険な仕事をやっていくには、些か幼過ぎるような気がすると、キャンサーは常々思っている。
とはいえ、キャンサーも10歳から魔法少女として立派に活動していた身であるのだが。
「……他のみんなはいる」
「うん! リーブラとアリエスがリビングにいるよ。後、ピスケス姉は部屋で寝ている」
「今、リビングで面白そうなことやってるの! キャンサーも後で見に行ってね!」
そう言って、ジェミニ達は自分達の部屋の方へと向かっていった。
キャンサーは、優姫の言った『面白そうなこと』に関して首を傾げつつ、リビングへと向かう。
リビングの扉を開くと、そこでは魔法陣に閉じ込められた魔法少女アリエスと、淀んだ瞳でブツブツと呪文を唱えている魔法少女リーブラの姿があった。
「って、この状況なに!?」
「ああ、キャンサー。帰ってたのね」
「おか〜えり〜」
キャンサーの姿を見た二人は、一時その怪しげな儀式のようなものを中断した。
キャンサーは、黒々とした液体が詰まったフラスコや紫色に光る原石や吊るされたマリオネットなどが飾られ、サバトと化したリビングを眺め唖然とする。
「ちょっとリーブラ! アリエス! この有様は一体何なの!?」
「禁術の研究よ。ちょっと前に、魔法少女関連の文献を漁っていた時に見つけた魔導書に書いてあったの。折角だからアリエスを生贄に禁術を完成させてみようと思って」
「みんなのリビングでとんでもない事やってる!? ていうかアリエスも、自分が生贄になってるのにぼーっとし過ぎだよ!!」
「う〜んそうだねぇ……」
アリエスは、大きく欠伸をしてからソファーの上で横になる。キャンサーの話をちゃんと聞いてるのかも疑問な反応だ。
キャンサーはアリエスのことを一度放っておき、リビングに散らばる小道具を見渡す。
「とにかく片付けて! 只でさえうちは大所帯なのに、これじゃあ狭くて全員は入れなくなる」
「えーでも、後少しで禁術が完成しそうで……」
「私はともかく、タウラスは怒ると思うけどなぁ。この惨状を見たら」
「うぅ……」
リーブラが黙ったので、キャンサーはリビングの片付けを始める。
儀式に使っていたたくさんの小道具は、邪魔なので一度ソファーの上に置こうとしたが、アリエスが邪魔をしていたので仕方なく彼女の上に小道具を置く。
「スヤ〜〜……」
アリエスは、何も気にした様子を見せず眠りについている。
あらかた邪魔な物を整理した二人。
キャンサーは二人分コップにお茶を注ぐ。テーブル前に座るリーブラにお茶を差し出した。
「ありがとう」
リーブラがお礼を言う。
出されたお茶をズズ〜っと飲んで、二人そっと息を吐いた。
「それにしても、近頃ますます怪人が増えたわよねー」
「あぁ、リーブラもそう思う?」
「私は三日前に倒したばかりなのに、今日は貴女が倒したんでしょう? こう短期間に来られると、嫌になっちゃうわ。何とか打開策が取れないかって禁術の研究をして、アリエスを生贄に儀式を成功出来ないかと頑張ったんだけど上手くいかなくて……」
「禁術は、せめて外で発動してね〜。私達魔法少女は、やることいっぱいあるんだから事故は絶対に起こさないでよ?」
キャンサーは、お茶を啜りながらリーブラに注意する。
実際のところ、この世界において魔法少女である彼女達は非常に厳しい生活を強いられていた。
キャンサー含めた十三人の魔法少女達は、元は現実世界に住んでいた普通の少女であった。それが、精霊との契約により魔法少女となり、別世界に連れて来られ怪人討伐に日々を送っているのである。
契約とは、『契約者が魔法少女となって別世界の怪人を倒す代わりに、精霊は契約者の願い事を叶える』というものだ。
十三人の魔法少女達は、精霊に願いを叶えてもらった代償に怪人の討伐をしていた。もし、この契約が破られるようなことがあれば、違反者には『死』が待っている。
つまり、腕が捥げようとも空腹で飢えそうでも、魔法少女は怪人と戦わなければならないのだ。
「あーあ。華の中学生である私が、どこで選択肢を間違えたらこんな世界で魔法少女になって怪人を倒すなんて未来に行き着くのかしら? 昔の自分を殴ってやりたいんだけど」
「今更そんなこと言っても仕方がないよ。リーブラ今年で魔法少女歴二年目何でしょう?」
「貴重な青春時代が二年も費やされている!! 本当、どこで選択肢をミスったのわたしぃ!?」
リーブラは悲鳴を上げて、懐から天秤を取り出した。
「ああ、天秤よ。今一度私に公平なる審判を下し、示したまえ。……私が魔法少女になったのは正しいか、誤りか!?」
すると、天秤はカタカタと震え出したかと思うと、受け皿には何も載せられていないにも関わらず『誤』と書かれた受け皿が下に傾いた。
「ああやっぱり!! 魔法少女なんてロクなもんじゃないわ!!」
リーブラはテーブルに顔を突っ伏して嘆いた。
今、リーブラが行なったのは『星天秤の審判』。神様に問うて判決をしてもらうというリーブラの特殊能力だ。その問いは、あらゆる内容にでも尋ねられ、正誤判決が出来るが必ず『YES』『NO』のどちらかで返せる質問ではないとならない。
リーブラは、自分が魔法少女になったことは間違いだと判決され、大いに落ち込んでしまった。
「まあまあ、もう終わったことをいつまでも悲しんでいても仕方がないよ。魔法少女の仕事を程々に、日常を全うするのが一番の行動だと私は思うけどな。こんな禁術?っていうよくわからない物をやるくらいならさぁ
「……ちょっとキャンサー? まさか貴女、この私が遊びで禁術を作っていたとでも思っているのかしら!?」
「違うの?」
「全く! これだから脳筋は! 肉体労働以外に価値を見出さないんだから!」
「そこはかとなく馬鹿にされてるような気がする……」
「私が完成させようとしていた禁術は、錬金術! これを扱えるようになれば、石ころを純金に変えることだって出来るのよ!! そうなれば、もう食費や光熱費の心配をしなくて済むわ!!」
リーブラの言い分に、キャンサーは自分の顎を撫でた。彼女は彼女なりに、当面の課題を解決しようとしていたのだろう。
十三人の魔法少女達には、ある共通の問題があった。
生活費の工面である。
現在、色々な事情があって同じ家で暮らしていた。当然、そこからかかる生活費用は馬鹿にならない。しかも、魔法少女は皆年若く、一番年上の魔法少女でさえ、まだ大学生であった。つまり社会に出て働いて、生活を安定させるだけの魔法少女はこの家には居ないのである。
魔法少女の力で一儲けするという手段もあるが……世間に自分達が魔法少女であると明るみになることは契約で禁止されていた。
もし正体がバレでもすれば、たちまち契約違反で死んでしまうであろう。そう考えると、無闇矢鱈に力を使うことはできないのだ。
「……でも、そう簡単にいくのかな? リーブラは、錬金術で作った純金を売ってお金を稼ごうと思ってるんだろうけど、成人もしていない人が証明書も無い本物の金を持ってきたら凄く怪しくない? 私なら怪しいって思う」
魔法少女の力は、錬金術であっても例外ではない。十代の少女が純金を持って換金しにくる様子を想像して、キャンサーはこの作戦の致命的な問題を悟った。
「え、純金を売るのに証明書なんているの?」
「現実世界……ていうかこの世界でもだけど、今の時代はお金の動きっていうのは然るべきところが調べれば簡単にルーツが把握されちゃうんだよ。だから昔より窃盗とか空き巣とかの犯罪が減ったんだって、昔読んだ本に書いてあった」
「えーーーー良いアイデアだって思ったのに」
リーブラは、手に持っていた魔導書をポイッて投げ捨てた。
「今度こそお肉がいっぱい食べてる夢のような生活が送れると思ったんだけどなぁ……」
「お肉かぁ……。最後に食べたのっていつだったかな?」
働ける者が少ない魔法少女の生活は貧しい。
12歳のキャンサーに、14歳のリーブラ。ジェミニ達双子は8歳で、そこのソファーで寝ているアリエスは15歳。
この世界で、一般的に働けるようになるのは高校生くらいである。魔法少女達十三人の内、高校生以上の年齢者はたった五人。とは言うものの、学生期間を終えていない身分でのアルバイトで稼げる額などたかが知れている。
結果的に魔法少女十三人は、食べる物にも困る生活を送る余儀なくされていた。
「あーもう! 私、モヤシをおかずに野菜スープだけの毎日は嫌なんですけど! 日本にいた頃はこんな生活送ったことなかったのに!!」
「その辺はもう受け入れようよ。変な精霊と魔法少女の契約を結んだ時点で、私達の命運は決まってしまったんだよ」
「貴女! 12歳のくせに色々と達観し過ぎなのよ!!」
リーブラは、年の割には大人びているキャンサーに思い切り指を突きつける。
「私は諦めないわよ!! 絶対に裕福な生活を送ってやるんだから!!」
そう言って、リーブラは「うわあああああ!!」と叫び声を上げてリビングを出ていった。
リーブラが去っていくと、代わりにジェミニ達がリビングへと入ってきた。
「あれ、もう儀式終わっちゃったの?」
「愛姫、アレは邪魔だったから片付けたよ」
「えぇぇぇせっかく格好良かったのに! ねえ、優姫」
「うん!」
双子が残念そうにしているのを見て、キャンサーは少しだけ申し訳ないことをしたなと思った。
生活もおぼつかない現状。この可愛らしい天使のような子だけが、キャンサーにとって唯一の精神の支えであった。
(せめて、この子達だけでも真っ当な食事を摂らせてあげないと……)
8歳の少女達の今後を憂う12歳の少女。
そんな末期な世界が、彼女達が降り立った場所であった。