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泣きたくない

作者: 瑞鳥ましろ

気づいたら好きになっていたなんて、言い訳なのかな。


  もう恋なんてしない。

  そう決めたのはいつだっただろう。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




  文化祭が終わり、実行委員の山崎(やまざき)くんと教室の後片付けをしているときだった。


「文化祭、盛り上がったなー」

「うん。すごく楽しかった」

「打ち上げとか、日程は俺から連絡するよ」

「ありがとう」


  荷物はクラスの皆が撤収するときに全部持っていってくれたから、後片付けといっても机と椅子を元通り並べるだけだ。教室の後ろにまとめて積んであったそれらを山崎くんが降ろして、私が受け取って綺麗に並べる作業。


「そういえば佐々木(ささき)さんのコスプレ、あれよかった」


  机を持ち上げて腕の筋をあらわにしながら、山崎くんは涼しげな顔で言った。太ってはいないけれど筋肉質な身体。背も私より三十センチは高い。


「えーっ、そうかな。あれ、すごく恥ずかしかったんだよ」


  力のない私は、山崎くんが降ろした机を半ば引きずるようにして運び、並べる。


「ああ、衣装係に無理矢理着せられてたもんな」

「私は嫌だって言ったのに」

「似合ってたし、可愛かったよ」

「もう、そんなことないよー」


  私は肩を揺すって笑う。


「山崎くんも、女装させられそうになってたよね」

「あー、あれは焦った」

「回避できてよかったね」

「ホント」


  山崎くんは神妙な顔でうなずき、それから声をあげて笑った。

  一緒に実行委員の仕事をするようになってからよく話すようになった彼は、明るくてクラスでも人気がある。


「はい、これで最後」


  最後のひとつの机を受け取る。


「おっ、綺麗に並べたね」


  私がその机を並べていると、一足先に作業を終えた山崎くんが感心したように教室を見回した。


「佐々木さん、A型?」

「あ、うん」

「やっぱり。几帳面だもんな」


  私はなんだか恥ずかしくなって、近くにあった机を直すふりをして顔を背けた。

  山崎くんが近寄ってくる。


「俺、O型なんだけどさ、知ってる?A型とO型って相性いいんだって」

「そうなの?」

「そうなの。で、ちょっと相談」

「相談……?」

「俺たちさ、付き合わない?」


  軽い口調の中に少しだけ緊張が混ざっている。そんな山崎くんの声。

  私は手を止めて彼を見る。


「えっと……それって」


  山崎くんが苦笑に似た笑みを浮かべる。


「一応告白のつもり」

「告白……」

「前から文化祭が終わったらって思ってたんだけど」


  私は突然のことにくらっとしてしまう。

  だってこんなの初めての経験だったし、どう返事をしていいのかわからないし。


「もしかして佐々木さんって付き合ってる人とかいる?」


  尋ねられて、小さく首を振る。


「いない……よ」

「俺、自分は嫌われてはないって思ってたんだけど、違ったかな」

「そんな、嫌いなんてことないよ」

「だよね。じゃあただの友達?」


  すぐに返事をしなかったことで、山崎くんは察したらしい。


「ほかに好きな人がいる?」

「………………」

「いるんだ?」


  私はうつむく。まぶたの裏側が熱くなりかけている。


「じゃあ、脈はあるってことだ」


  山崎くんは小さく笑ってそう言った。


「佐々木さんの片想い、なんだよね?」


  片想い。そんな言葉。

  違う。そんなんじゃない。


「クラスの男子の中じゃ、俺がいちばん佐々木さんと仲いい自信あるんだよね。脈はある、よね?」


  山崎くんは優しい。すごくすごく優しい。

  そんなふうにおどけて私を笑わせようとしている。


日南(ひな)ちゃん」

「……え?」

「友達なんだから、そう呼んでもいいだろ?」


  さっきの告白をなかったことみたいにして、山崎くんは微笑んだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆





  もう恋なんてしない。そう決めたのはいつだっただろう。つい最近だったような気もするし、すごく昔のことだったような気もする。

  私は誰も好きにならない。誰とも付き合ったりしない。


  次の日、お弁当を食べながら由里(ゆり)ちゃんに昨日のことを話すと、


「えーっ、日南ちゃん山崎をふったの?」


 と驚かれた。


「最近、文化祭の係も一緒で仲よかったじゃん。てっきり両思いだと思ってた」

「ち、違うよ」

「山崎って結構人気あるんだよ」

「知らないもん」

「バスケ部だし運動神経いいし、それにあれはイケメンの部類に入ると思うよ」


  そういえば、と由里ちゃんが私の顔をのぞき込んできた。


「ちょっと似てるんじゃない?」

「え、何?」

「なんとなく、目元の辺りとかさ、桜井(さくらい)に似てるよ」


  その名前に心臓が激しく動き出した。箸を持つ手がピクピク震える。


「似てないよ」


  私はなるべく冷静に聞こえるように低い声で言った。


「全然似てない」

「たしかに桜井はもっと冴えなかったけど。地味だったもんね、パッとしないっていうか。その点、山崎は100人中99人は格好いいって言う男だよ」

「冴えなくないもん」


  私はむっとして唇を尖らせた。


(さずく)は格好いいってば」

「100人中1人だけだね、桜井を格好いいって言うのは。もしかして、まだ引きずってるの?」


  呆れたように由里ちゃんが言い、空になったお弁当箱の蓋を閉じた。


「授と反対方向の学校に行く!っていきなりこの学校を受験したのは驚いたよ。私なんて中一のときからここ目指して頑張ってたのに、日南ちゃんったら塾にも行かずあっさり受かっちゃうしさ。不公平だよね」

「授と一緒の電車に乗りたくなかったんだもん」

「だったら徒歩か自転車で行けるとこにすればよかったじゃん。言っとくけどねえ日南ちゃん、ここ、この辺りじゃ最難関って言われてる高校なんだからね」

「でも、沢城(さわしろ)高校に行きたいって言ったら、親も先生も応援してくれたし」


  はーあ、と由里ちゃんが大きな溜め息をつく。


「それで?日南ちゃんはどうして山崎のことふったの。やっぱりまだ桜井が好き?」

「ち、ちがっ…………」


  違うって断言できないのが悔しかった。私はうつむいて、食べかけのお弁当に蓋をする。


「日南ちゃんもう食べないの?じゃあちょーだい」


  めざとく見つけた由里ちゃんが手を出してくる。


「いいけど……この前ダイエットするって言ってなかった?」

「やめた。お腹すくと全然授業に集中できないんだもん。今はこれといって狙ってる男もいないし」


  由里ちゃんは遠慮する様子もなく私のお弁当の残りを片付けていく。


山内(やまうち)くんとは別れちゃったの?」

「そう。2週間ぐらい前だったかなあ、向こうから切り出してきて。私もそろそろ冷めてきてたから、合意だよ。わりと円満に、笑って別れた」

「由里ちゃんって、いつもあんまり恋してる感じじゃないよね」

「恋なんて所詮妄想じゃないの。私が男を好きになる理由なんてほとんど顔だよ、顔」


  そう言い切れる由里ちゃんはすごい。少しも悪びれてなくて淡々としている。

  私もこれぐらいあっさりと割り切れたらよかったのに。恋なんて言葉にこだわらずに。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆





  桜井授(さくらいさずく)。幼馴染の男の子だ。昔は色の白いちょっとひ弱そうな小さな男の子だった。

  さらさらの黒髪で、華奢なお人形さんみたい。でもそれは見た目だけ。

  そんな風貌じゃ乱暴な男の子たちのいじめの標的にされそうなものだけど、私の知っている限りそういったことはなかった。それは授がごくごく平均的な普通の子だったからだと思う。いじめる要素が何もない。


  どちらかというと私の方が泣き虫で、ずっとずっと弱かった。


  私のお母さんと授のお母さんは高校の同級生で、家族ぐるみで仲がよかった。小学生ぐらいまでは時々一緒に食事をしたりしていた。

  幼馴染という言葉も、親から与えられたもの。私たちは自分の意思で知り合ったんじゃない。

  そして私が中学に上がる頃、お母さんがパートを始めて忙しくなり、桜井家との付き合いはかなり減った。


  幼馴染なんてそんなものだ。親から貼られたレッテル。

  親同士の付き合いが減れば、その子供の私たちだって……。


  学校が一緒だったから、授と顔を合わせることはあった。でもそれだけ。声をかけることも、もちろん向こうから声をかけてくることもない。

  それどころか授は積極的に私を避けているように見えた。年頃の男の子だったから、幼馴染の女の子という私の存在を厄介に感じていたのかもしれない。


  中学2年生のときだったと思う。授と同じクラスに、そして隣の席になった。


「久しぶりだね」


  授と話すのは、たぶん数年ぶり。


「あれ、お前同じ中学だっけ」


  授がそう言って小さく笑ったのを覚えている。

  目の前が真っ暗になったかと思った。


「……冗談だし。いまだにすぐ泣くね、お前は」

「泣いてないしっ」


  昔からそうだった。からかうようなことばかり言って。


  授は随分と背が高くなっていた。さらっとした髪と色白なのは相変わらず。

  いつの間にか声変わりが終わったみたいで、前より声が低い。


「声が、違う」


  私は不機嫌に言った。


「あなたなんて知りません。どこのどなたですか」

「もしかして、さっきのお返しのつもり?」

「………………」

「そうやってすぐにムキになる」


  そうやってすぐに余裕ぶる。


  私は子供っぽく頬を膨らませて横を向いた。


「勝手に声変わりしちゃって……」

「いちいち報告しなきゃいけないの、そういうこと」


  授はそう言って楽しそうに笑った。


「……私の知らない授になったらやだ」


  小さな声で言って、ぎゅっと拳を握る。

  瞳が熱い。嫌だ。泣くのは嫌。


「日南?」


  知らない人の声みたいだ。


「ごめん、日南」


  私は鈍感で、自分の気持ちにも彼の気持ちにも気づいていなかった。

  他の人よりもずっと多くの時間をかけないとわからないんだ。

 



 ◇◆◇◆◇◆◇◆





  私が沢城高校を受けた本当の理由は、授に言ってほしかったから。


  日南と一緒にいたい。


  ただそのひとことを。

  私が遠くに行こうとすれば彼が引き止めてくれるんじゃないかって、そう思って。


  もう恋なんてしない。こんな待ちぼうけは嫌だ。

  誰も好きになったりしない。


  でも


  授に会いたい。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

感想・アドバイスなどがありましたら、よろしくお願いします。

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