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「今日も暑いですねぇ……」

「新之助さんは、家にいたら良いでしょうに」

「いえいえ、家ばっかりいたら身体がなまってしまいますから」


 新之助さんのかたき討ちが終わったあと、数日が経った。新之助さんは傷口が開いて、しばらく寝込んではいたものの、少し調子が良くなると身体治しだと言っては、私の店の手伝いに来るようになった。どうせ、そこまで客も多くはなく暇が多い店なので話し相手がいると、ありがたいことではある。

 大川には今日も沢山の船が行き交っているのが見える。江戸における船の役割は現代の車のようなものである。江戸全体に川が張り巡らされており、どこへ行くにしても船があると便利だ。自分の船を持っている人は自家用車を持っているようなもので、そうではない人たちは猪牙や渡し船という船を利用する。

 猪牙はタクシーのようなもので、船頭と客の二人乗りが基本の船。渡し船は乗合バスのようなもので、定期運航と客次第の場所がある。他にも荷物の運搬用の船やら、料亭が持っている送迎用の船やら、色々あるが、私もそこまで詳しくないため割愛する。

 ぼんやりと川を眺めていると、一つの船が川岸に止まる。客は誰一人乗っていない。着物の袖をたすき上げて船を漕いでいたのは珍しい女船頭で、ひょいと船を下りて、こちらの店へと向かってくる。


「おやまあ! その隣のお人は、うわさの新之助さんかい?」

「おとよ、仕事したら?」

「あっはっは、朝餉よぅ、朝餉!」

「新之助さん、紹介します。腐れ縁の、おとよです」


 おとよに肘でどつかれた。仲の良い友人と言ってやるのも、ちょっと気恥ずかしいものがあるではないか。私たちのそんなやり取りが面白かったのか、新之助さんは軽く笑いながら頭を下げた。今日も月代頭が眩しい。

 今日は暑いので、あっさりとしたものをと思い、メニューにそうめんを加えた。ささっと麺を湯がいたところに、鶏肉とナスを炒めたものを乗せて、しょう油ベースのダシをかけ、仕上げに大葉の刻んだものを乗せる。ぶっかけそうめんの出来上がりだ。さきほど新之助さんと一緒に食べたのだが、こんな変わったそうめんの食べ方は初めてだと中々に好評だった。夏場のウチの人気メニューである。


「おっ、いいねえ! こんな暑い日は、やっぱりそうめんが風流だよ。いただきまーす!」


 料理を出してやると、おとよが勢いよくすすり始める。日本人なら麺は音を出して食べろ、というレベルではない。かなりの豪快さだ。女としてどうなんだと心配になってしまうほどだが、おとよのそういう豪快さと気があって、仲良くしている。つまり私も同類。かなしい。

 普段は料理だけに集中して一直線のおとよだが、今日は違うようで、チラチラと、隣に座る新之助さんを見ている。その目は輝いて、楽しげだ。間違いない、イケメンの新之助さんにテンションが上がっている。すっかり近所の奥様キラーと化した新之助さんだ。おとよなんてイチコロだろう。こうして新之助さんファンが増えていく。

 イケメンを前にして、花を恥じらうこともなく、むしろ、普段よりも美味しくご飯をいただき終わったらしい。いきいきとした表情で手を合わせ、そして勢いよく新之助さんのほうを向いた。新之助さんは動揺一つせず、ほわほわにこにこと微笑んでいる。


「新之助さん、江戸へ来て間もないんでしょう? せっかくだし、お奈津。今日は店を早めに切り上げて、新之助さんに江戸案内をしてごらんよ」

「えっ!? いえ、そんなご迷惑をおかけするわけには」

「どうせこの子の店、そこまで繁盛しているわけでもないから」

「事実その通りだけれど、おとよはもうちょい言葉を選びなさい」


 しかし、江戸案内か。江戸に転生してきてから、もう十六年。金のしゃちほこを横目に睨み、水道の水を産湯に浴び、拝みづきの米を食べて、日本橋の真ん中で育った、もはや生粋の江戸っ子である。出かけるのは昼過ぎにはなるだろうし、色々と見て回ることは出来ないが、ちょっとくらい江戸を案内したい気にもなる。


「新之助さんが良ければ、ちょっとブラっと歩きに行ってみましょうか」

「よろしいのですか?」

「昼過ぎまでに、どれくらいお客さんが来てくれるかにも、よりますけれどね」


 あんまりにも売れていなくて、仕込みをした分すら捌けなかったらお出かけは延期である。食材は無駄にしない。ちょっとくらい余っても、意外と食欲のある新之助さんがペロッと平らげてくれるような気もするが、それは最終手段だ。

 頑張る気持ちになってきて、フンッと握りこぶしで気合を入れ私のマネをして、新之助さんも握りこぶしで気合を入れた。どうせ気合入れても、そこまで客は来ないんだから、新之助さんまで気合入れなくていいからね。そして、おとよ。アンタまで二ヤケ面で気合を入れなくてよろしい。


「あーあ、私も素敵な男の人を拾いたいものだわぁ」

「そうそう人なんて落ちてないから。というか、新之助さんも、拾ったわけではないし」

「それじゃあ、言い直す。どっかに素敵な男の人が倒れてないかなぁ」

「怖いことを言うのはやめなさい」


 倒れている男の人からは事件の香りがする。かたき討ちをしようとしていた新之助さんのように。あの事件は無事に終わったので良かったが、今後二度と、あんなことに巻き込まれるのはごめんである。私には、平和に屋台をするのが似合っているのだ。

 おとよは、どうしても倒れている男の人とのデンジャラスな出会いが欲しいのか、しばらくの間、ブーブーと文句を言ってから仕事へ向かった。きっと、船を漕ぎながら、白馬の王子様ならぬ倒れ伏すお侍さんを探すのだ。運命の相手が見つかると良いね。生暖かい眼差しで見送ってやった。


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