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十一

「かわら版だよー! 今日もまた屋敷に盗賊が入った! 屋敷の住人は全員殺されたってんで大変だ!」


 次の日、いつもの河川敷へ向かう途中、かわら版屋のお兄さんの威勢のいい声が耳に入ってきた。このところ、頻繁に起こっている強盗事件だ。女子供も関係なく皆全て殺されて、現金が奪われている。

 実に物騒な盗み働きで、町の人たちも気になるのか、かわら版は飛ぶように売れていく。隣で一緒に歩いていた新之助さんも町の人たちと同様に気になるようで、フラッとかわら版売りのお兄さんの元へ行き、銭を渡してかわら版を買ってきた。


「昨日、栄吉さんはとても忙しそうでしたけれど、この事件でしょうか?」


 新之助さんに言われて、私は納得した。御用聞きの旦那さん方は沢山居るが、それぞれ自分の担当区域というものがある。今回は連続して、この近辺の大店の屋敷で起こっている。つまり、栄さんの担当区域に該当している。なるほど、お風呂も入れないほど忙しいわけだ。


「手口を見る限り、同じ盗賊集団の犯行らしいですからね。早く捕まってほしいです」

「栄吉さんに頑張っていただかなければなりませんね」

「……栄さん、あれ以上、臭く汚くなっていくのかなぁ」


 栄さんが頑張れば頑張るほど、どんどん汚くなっていく未来しか見えない。栄さんの上司にあたる八丁堀の旦那方は何も言わないのだろうか。私は一度も会ったことがないが、普段着なんかは極上の縞物の着物をサラリと品良く着こなして、町中の言い回しで喋る彼らは江戸のモテ男だ。イケてる男の代表格。江戸の三大モテ男に入るのではないか。

 周りのお嬢さんや奥さまの話を聞いて私が勝手に想像している三大モテ男は火消の頭と力士と八丁堀の旦那だ。現代で言う、医者とか弁護士とか、そういう職業の江戸版である。彼らは給料も良いからね。いつの世も、女の子たちは現金なのだ。


「栄吉さんは、とても仕事熱心で素敵な方だと思います。私も、この生活をどうにかしなくてはいけませんね」

「新之助さんは現在、職無しの状態ですもんね」

「耳に痛いです……」


 河川敷に着いて、 料理の下ごしらえを始める。材料や食器などの重い荷物は、新之助さんが運んでくれるようになったので、とても楽になった。新之助さんが居るだけで客寄せにもなるし、結構助かっているのだが、この調子だといつの間にか職を見つけてきそうだ。

 もし、新之助さんがどこかで働きはじめたら、私の家からも出て行ってしまうのだろうか。それが本来あるべき姿だろうけれど、少し胸がチクリと痛んだ。


「あれ? お奈津さん、見てください。昨日のお爺さんが歩いてきます」 


 私の心も露知らず、新之助さんが川のほうへと笑顔を向ける。

 相変わらず、心臓に病を患っているとは思えないほどのシャンとした歩き方で、お爺さんがこちらへ来て、座った。まさか連日来てくれるとは思わなかった。意外と味を気に入ってくれていたのかもしれない。


「唐柿蕎麦一つ」

「あいよ」

「……物好きですね」

「新之助さん?」


 恐れおののくようにお爺さんを見ながら呟いた新之助さんを睨むと、あははと笑ってごまかされた。今度絶対にもう一度食べさせてやろう。

 お爺さんはそんな私たちのやり取りを見て、鼻で笑ったあと、屋台の机に置いてある紙切れへ目をやった。さっき新之助さんが買ったかわら版だ。


「……最近は、盗人の風上にもおけねぇような、盗み働きをするヤツが増えたものだねぇ」


 お爺さんは妙にしみじみと、かわら版を見ながら呟いた。何か思い入れでもあるのだろうかと不思議に感じたとき、昨日の栄さんの言葉が頭をよぎる。栄さんはこのお爺さんを、どこかで見たことがある気がすると言っていた。

 わざわざ口に出してまで確認しようとは思わないが、このお爺さんの若いころは盗賊取締りをしていたお人なのだろうと私は勝手に納得した。新之助さんも同じことを考えていたらしく、アイコンタクトで頷き合う。

 そんなことを考えている間に、スパゲティも茹で上がり、トマトソースも出来上がった。お爺さんは無言で手を合わせ、麺をすすりはじめた。何も言わないが、物怖じせずに豪快に食べてくれるお爺さんに嬉しくなって、私はニヤニヤと笑みを浮かべてしまう。


「なにかね、その気持ち悪い笑みは」

「お爺さん、気持ち悪いってひどいです。ただ、豪快に食べてくれて、嬉しいなぁと思って」

「はぁ、変わった娘っ子だ」


 新之助さんも同意するように、神妙な顔をして頷いていたので、仕返しに手の甲をつねってやった。油断していたところへの私からのまさかの攻撃に、新之助さんは痛てっと小さい声を出して、私の手をはたき返した。こんなやり取りをしていると、すっかり仲良しさんになった気分である。

 しばらく無言の攻防戦を続けていると、いつの間にかお爺さんはトマトスパゲティを食べ終わっていた。どこか呆れたように、しかし微笑ましそうに私たちのやり取りを見ている。今まで気づかずに戦いに明け暮れていたことに、ちょっと恥ずかしくなって、テヘヘと愛想笑いをして誤魔化す。お爺さんはため息を吐いた。


「ワシには、離別しちまったんだが、息子が一人が居てなぁ。お前たちを見ていると、懐かしく思い出すよ」

「もしかして、それで、今日も私の屋台に?」

「さてなぁ……。歳をとると、どうも感傷深くなってしまって、いかんな。あんなロクでも無い息子のこと、もう忘れたつもりだったんだけどねぇ。自分から勘当を言い渡しておきながら、バカらしい話だ」


 お爺さんの瞳は私たちから、いつの間にか、かわら版へと移っていた。なんとなく視線を逸らしたのかもしれない。いくら勘当した息子でも、やっぱり大切な存在なのだろう。それが、お爺さんの瞳から、ありありと感じ取れた。

 新之助さんも勘当されたような身だ。何か思うところがあるようで、いつものおっとりほわほわスマイルは無くなって、少し目を伏せている。私は前世の両親とも、今の両親とも良好な関係が築けているほうだと思う。

 前世では両親より早く死んでしまい、親不孝なことをしてしまったぶん、両親を大切にしようと思うし、両親から愛されていることも実感している。

 だが、世の中、そんな親子関係ばかりではない。このお爺さんや、新之助さんのように、なかなかうまくいかない例もある。二人とも、家族を大切に思っているだろうことは伝わってくるのに、難しくて、悲しい。


「お爺さん。家を追い出したような息子のことでも、両親は少しでも心に留めてくれているものでしょうか」

「……忘れようとしても、忘れられないものだよ。憎くてたまらなくっても、ね。息子は息子だねぇ」


 新之助さんの問いかけに、お爺さんは優しい顔で微笑んだ。それは、子どもを思いやる親の顔だった。


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