山ばとクレイルの一日
クレイルは山ばとでした。まだ若く、少々傲慢でしたが、しかし正義感にもあふれていました。
ある朝、クレイルはいつものように赤瓦の屋根の家へ行きました。ここに住んでいる人間の子どもが、毎朝山ばとたちに豆をまいてくれるのです。
部屋から出てきた寝まき姿の男の子は、眠そうな目をしばしばさせつつ、手に持った袋のひもを解きました。小さくもみじのようなかわいらしい手を袋にさしいれ、一つかみの豆をばらまきます。
「さあ、お食べ。おいしい豆だよ」
男の子はちょっとはにかんで言いました。
山ばとたちは我先にと争いつつ、豆に群がります。もちろん、クレイルも一緒です。クレイルは誰よりも機敏に動くことができましたから、たくさんの豆をついばみました。
いくらかお腹を満たしたクレイルは、ちらりと笑顔の男の子を見、そっと思いました。
(これはわたしが豆を食べたいのではなくて、きみの豆をわたしが食べてあげているのだよ。きみがきみの楽しみを見出すのを助けてやっているのだ)
クレイルはふう、とため息をつきました。
昼さがり、クレイルが空を飛んでいると、塀の上をのしのしと歩く大きなとら猫を見つけました。クレイルはさっそく、とら猫の前に舞い降ります。
進路をふさがれて不機嫌そうなとら猫は、お日さまの色をした前足でクレイルを払いのけようとしました。しかし、その動作をよくわきまえていたクレイルは、さっと後ろに下がって触れさせません。それを何回か繰り返したのち、とら猫はいらいらして「しゃー」とうなり声をあげます。
クレイルはすばやく避けつつ、少しだけ楽しそうに笑いました。
とら猫の爪がとうとうクレイルに当たろうかという瞬間、クレイルは再び飛び立って一気に上昇しました。クレイルが下を見ると、とら猫が疲れたようにその場にどっかりと座り込むのが分かりました。
(これはわたしが自己満足のためにきみを煽ったのではなくて、きみが闘争本能をみたすのを助けてやったのだよ。すべて、きみのためさ)
クレイルはやれやれ、とため息をつきました。
夜になり、クレイルは寝床の木に収まりました。丁寧に自身の羽をたたみ、丹念に身づくろいをします。
「今日はまあまあの一日だったかな」
クレイルはいつも通りだった一日を振り返り、こうつぶやきました。
とがった刃物のような静寂の中、「くっく」という仲間たちの声や風が木をゆらす音がときどき聞こえてきます。青白い月があたりをあたたかく照らす中、クレイルはいつのまにか眠りについていました。
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