後編
急に呼び出され,まして初めて家に招待されたとなれば驚き,拒否しそうなものだが,その大切な男友達はあまりの懇願に折れてやって来た。
遥はにっこり笑って迎え入れる。
『いらっしゃい,紘輝。』
『ども,お邪魔します。』
紘輝は物珍しそうに部屋を眺めつつ,リビングのソファーに座った。
『急にどうしたんだよ?』
『いいじゃん,別にー。紅茶でいい?』
『ああ。』
遥は大好きな紅茶を淹れ,紘輝に差し出す。
『ね,この間コンサートに行ったんでしょ?』
遥は込み上げてくる吐き気を抑えつつ,笑って聞いた。
紘輝は何も気付かずに,笑ってコンサートの状況などを話した。
共通の話題は中々尽きず,気付けば3時間以上経っていた。紘輝もさすがに初めて来たことでもあるから,そろそろ出ようと立ち上がる。
『今度は一緒に行こうよ。』
『うん,そうだね。』
玄関まで見送り,その時に遥は手紙を差し出した。今の自分の状態など,大切な内容の手紙だ。
『ラブレターじゃないけど,お手紙。』
『へぇ,珍しいじゃん。』
『まぁね。』
『じゃぁな。ごちそーさん。』
『気を付けてね。』
遥は手を振って見送り,紘輝が見えなくなったと同時にしゃがみ込んだ。荒れてくる息をなんとか整えようとし,冷や汗を手で拭う。
5分ほど経った頃,玄関のドアが荒々しく叩かれた。びっくりするが,なんとか立ち上がって開ける。そこには汗だくの紘輝が立っていた。
『なんで?』
『なんでじゃねーよ,バカ!』
そう言うなり,遥を抱きしめた。
『病気なら病気って言えよ。それに,この手紙。死ぬみたいじゃん。んなこと言うなよ!』
率直な言葉に,遥の目から涙があふれ出た。
『だって,死ぬかもしれないんだもん。だったら笑ってバイバイしたかったの。』
『なに強がってんだよ。』
紘輝は更にぎゅっと抱きしめる。
『お前はいつも抱えてばっかりだな。』
『だけど,だけど…今度ばかりは分からないんだもん。だから,死んだって紘輝のこと感謝しているって,大好きって言いたかったんだよ。』
紘輝は少し離れ,遥の頬に手をやった。
『そう言ってくれるのはありがたいけどな,死なれちゃ悲しいんだよ。負けんなよ。俺も応援するから,生きろよ。』
遥の涙は止まらずぼやけたままだが,それでも紘輝の顔を見上げた。
『本当に?』
紘輝は困ったように微笑み,それから遥の頭をくしゃくしゃ撫でた。
『いい加減なことで言えるかよ,こんなの。本当だ。』
遥は嬉しくなって抱きついた。
『ありがとう。』
苦しい思いが込み上げてきたが,それ以上に温かい感情が包み込むように,遥は痛さを忘れてこの瞬間を喜んだ。
紘輝が帰ったあとに戻ってきた両親は,はらはらしながら遥の部屋に行った。
『遥?』
『なぁに?』
返ってきた声は若干明るかった。不思議そうに近寄り,ベッドのそばに座る。
『大丈夫か?』
父の心配する声が温かかった。
遥は両親に顔を向け,にこっと笑った。まだ泣いたあとの赤い目だが,儚げだった笑みではなかった。
『頑張れば生きれるよね?』
思いもよらぬ問いに,両親は泣き出しそうになった。
『遥なら大丈夫。すぐに良くなるわ。』
『ああ,そうだな。お父さんも一緒に頑張るぞ。』
遥が手を伸ばすと,両親が競うように手を握りって来た。
『一緒に生きるね。』
遥の言葉に,両親は涙がこぼれだした。
『そうだ,生きような。』
先の見えぬ,それこそどちらに天秤が傾くのかも分からぬ状況だが,それでも希望を繋げることが出来た。
遥は携帯電話を見る。消えかけた思いが,また燃えてきた。そのきっかけとなった紘輝には感謝し尽くせないくらいだ。だが,少しでも感謝をするとしたら,まずは生きること。
遥の挑戦は今始まったばかりだ。




