兄と妹の温度差
遅れて申し訳ありません。
それから数日たった夜。レオンハルトは先祖の日記帳を手にしていた。
かつてコランダム公爵だった先祖が言い残した言葉が、そこにつづられていた。
「いいかげんあいつもきちんと就爵の準備をしないとならんのに」
いつまでも現実を見ない友人にどうあってもその目をひんむいて現実を突きつけてやるつもりだった。
『侯爵になったとしても生活水準は変わらない、何しろ公爵は出費が多い』
かつてコランダム公爵だった先祖が、その息子に語った言葉だ。おそらく正しいだろう。
一袋の金貨は庶民なら一年何もせず遊んで暮らせる金額だが、貴族では一月もつかも怪しい。
身分が上がれば上がるほど、出費は大きくなる。実際ライオネルが下されるトルマリン領は地味が肥えて、野菜がよっぽどの天候不良さえなければ常に豊作な土地だという。
つまり十分今までの生活は維持できるということだ。ここをつけば、そこまで考えてレオンハルトはため息をつく。
そのくらいのことは奴だってわかっている。だがどうしても公爵という地位にしがみついているのだ。
沈痛な面持ちの兄を、冷めた目でカモミッラは見ていた。
どうせ無駄な努力なのにと。
そして、ライオネルもまた、公爵位はく奪を免れるため資料探しに余念がなかった。
鬼気迫る兄の形相を横目にローズマリーは自分の調べ物に没頭していた。
本のタイトルは毒草図鑑。
先日家族にまで害の及びそうな愚挙を犯しかけた兄をひと思いに始末する方法を模索していた。
「死なないまでも適当な時間動けないような、何日か寝込むぐらい」
そんな言葉すらライオネルの耳には入っていない。
ふた組の兄妹達の夜は更けていく。
しばらくぶりに見たライオネルはずいぶんとやつれて見えた。
どうしてもやりたくないと、本人がどれほど主張しても就爵のための準備は押し寄せてくる。
使用人達の圧力もまた。
お前が仕事しなけりゃ何も始まらねえんだよと視線だけで語る無言の圧力だ。
そのため今まで渋っていた書類整理を渋々やっていたらしい。どんだけ渋いんだ。
「やってもやっても終わらないんだ」
当たり前だ、最初の期限からやってもぎりぎりの計算だった。それを今の今までやり渋っていた。何度徹夜が必要か、わかっているのだろうか。
ライオネルはやつれはてた顔で、別の書類を取り出した。
「見てくれ、調べ上げたすべての継承権に関する書類だ」
そう言われて、レオンハルトは書類をめくる。
書かれている内容は、過去の継承の際のごたごただった。
「まだ、あきらめてないんかい」
「だけどどんなに調べても、何の参考になることもなくて」
力なくライオネルはうなだれた。
「だから、その労力を本来の仕事に回せと何回言ったらな」
そう言いながら、レオンハルトは書類をめくった。