お婿にいって
ライオネルは二つの書類を見つめていた。
「これはいけるかもしれない」
「何が」
もはや相手にしてられるかと、誰切った状態でソファに懐いていたレオンハルトは気のない声で一応答えた。
「そう、この書類だ、本来ならアレクサンドライト公爵家が交代するはずだったのに順番を抜かしてベリル公爵家を王弟殿下が継いだ。そう、ベリル公爵家の公爵夫人が女腹で、女児三人しか生まれなかったからだ。長女に婿入りする形でベリル公爵を継いだ」
「ああ、そうか」
心の底からどうでもいい。そんな思いをにじませて。ソファの上でだらけ切った格好で相槌を打つ。
「そしてこれだ」
それには隣国の王太子が急死し、妹姫が後を取ることになり、この国の王弟が婿入りしたと記されていた。
「それでこれがなんの役に立つと」
レオンハルトの知る限り、アレクサンドライト公爵家を除く三公爵家にはちゃんと嫡男がおり、近隣諸国に、嫡男がおらず王女を跡取りに立てた国はない。
「そう、他国の王太子は難しいだろう」
真剣なまなざしに胡乱なものを感じた。
「確か、ダイヤモンド公爵は長男一人、長女一人の二人兄弟だ、なんとかすればできるかもしれない」
ゆらりとレオンハルトが立ち上がった。そして、すらりとした足を高々と掲げる。ふとライオネルはかつて王宮で催された宴席で待った異国の舞姫を思い出す。
大きくスリットの入ったスカートからのぞく白い足、くるぶしまで覆うスカートをはく貴婦人には不評だったが自分の父親を含む年かさの紳士達はかぶり付きでその足を覗き込んでいた。
くるくると回る舞姫。
しかし回転したのはライオネルだった。
レオンハルトの強烈な回し蹴りで壁まで吹っ飛ばされたライオネルはよろよろと立ち上がりながら呟いた。
「痛いじゃないか」
「お前は何をどうするつもりなんだ」
レオンハルトは総レースの飾り襟ごとライオネルを締め上げた。
「なあ、お前まさかダイヤモンド家のご子息になんかするつもりじゃないだろうな」
手の甲に青筋が浮くくらい力を込めてぎりぎりと締め上げる。
「だって王弟殿下をどうするわけでも」
「それを実行した場合、お前のみならず一族郎党すべて全滅するんだが、それは分かっているんだよな」
その時かなり本気でレオンハルトはライオネルの首をへし折ろうと思っていた。
「あの、レオンハルト様、もしや兄は私達まで類の及ぶ愚行に及ぼうとしましたの?」
ライオネルが吹っ飛ばされた物音を聞きつけてライオネルの妹ローズマリーが顔を出した。その後ろにレオンハルトの妹カモミッラも顔をのぞかせている。
「レオンハルト様、状況次第では凶器の使用を認めます。どうか兄をよろしくお願いします」
ローズマリーは恭しくレオンハルトに頭を下げた。