5(後編)
昼。
食堂でごはんを食べ終わり、隊士たちと雑談しているミリアのところへ、昼食の載ったプレートを持ったカクレイが現れた。
「人払いしろ。ミリア」
「あとから来て、人払いですか。カクレイも加わりません? 今、昔の話をしていたんですよ。村にいたころの話」
「……今日はいい。お前ら、そろそろ休憩時間終わりだろ。行け。散れ」
「いやな言い方。ごめんなさい、続きはまた今度です」
カクレイに追い払われた隊士たちは、ミリアの前から去った。副隊長の逆鱗を怖れたらしい。
「……なじんでいるな」
「ええ。皆さん、やさしいもの。で、なんでそんなに、目が赤いんですか」
「……寝不足だよ寝不足」
「ああ、ただの寝不足ですか。困ったものですね。あっ、いってらっしゃーい」
寝不足の原因であるミリアは、仕事に向かおうとしていた隊士の背中に大きく手を振った。
莫迦かこいつ、男たちの下心に気がついていないのか。ミリアも含め、全員めでたいやつらめ。よし、返り討ちにしてくれよう。カクレイは心の中で毒づき、ミリアに群がっていた隊士どもの顔を、心に焼きつけた。やつらは皆、ミリアを狙っている。いやしかし、昼はリョウランの一番組を町の巡察に出しておいてよかった。ミリアと話す時間が作れたことに、胸を撫で下ろす。
「それより、朝はどうしたんだ。電話には出ない、リョウランには尾行される、寿命が縮まったぜ」
「えへへ。予知夢、見たんですよ。リョウちゃんが、寝ている私を起こしに来る夢」
「だから明け方に、一回起こしただろ。早く自分の部屋に戻れって」
「覚えていません。でも、明け方に帰っても、おふとんが冷たいもの。お泊まりごっこ、楽しかったです……カクレイ。今夜は」
緊張で声が震えていた。でも、言うのだ。言ってしまえミリア。自分で自分を励まし、ことばを続ける。
「カクレイが、私の部屋に来てください!」
「莫迦、声が大きい」
顔を赤らめて、カクレイはミリアの頭を小突いた。慌てて周囲の目を確かめる。聞かれていない。幸い、隊士たちは休憩時間が終わりかけているので、午後の隊務に向けてそれぞれ動きはじめていた。
後悔とは少し違うけれど、ミリアはカクレイの躊躇を感じた。昨夜は流れで一晩を過ごすことになったが、あらかじめ約束を取りつけるのとでは、まったく意味が違うらしい。
「答えをください、カクレイ」
ミリアはカクレイに詰め寄った。カクレイのそばにいると、どきどきするが、安心する。おかげで、昨晩は久しぶりにぐっすりと寝られた。慣れない仕事と生活疲れで、ミリアはとにかく甘えん坊になっている。
「俺は副隊長だ、特定の部下ばかり世話できねえ」
プレートの上に載っている食事を口にかき込みながら、カクレイはミリアの顔を見ずにそう返答した。断るにしても、誠実な態度というものがある。一大決心をあっさりと蹴飛ばされて少々、頭にきたミリアは喧嘩腰になった。
「そうですか。じゃあ、お泊りごっこはリョウちゃんに頼みます。リョウちゃんなら、毎日だって来てくれそうだな」
「だ、だめだ! リョウランはだめだ! つーか、他の男は全員だめだ! そもそも寝るぐらい、ひとりでいいだろ。男を部屋に入れるなんて、結婚前の乙女がすることじゃない」
大声を出すな、と言いつつ、今日一番の大声でカクレイはまくし立てた。
「村にいたときは、よく一緒に寝ましたよ。お風呂も入ったし」
「何年前だ!」
カクレイはつい厳しい口調になり、さすがにミリアもしょげた。ミリアはミリアなりに覚悟を決めて、カクレイを誘ってみたつもりだけれど、カクレイにはうまく伝わらなかったようだ。
「……カクレイ要望の、肩たたき券を作ったんですよ。責任取って、もらいに来てください。カクレイが要らないなら、誰かにあげちゃいますよ」
「おいおい、それだけのために、部屋に俺を呼びつけるのか。券があるなら今、寄越せ。……俺だって、男だ。理性がぶっ飛んだら、ミリアは嫁に行けなくなるようなことに、なるかもしれないぜ」
「今は持っていません。私の部屋にあるもの。取りに来て。私の気持ち、気づいていないとは言わせません。私は、好きでもない人の隣でぐっすり眠れるような女じゃありません」
せっかく立ったと思ったのに、めきめき折れまくりのらぶらぶフラグを回収するには、自分が積極的に出るしかないと思い定めたミリアだったが、カクレイは気に入らなかったらしい。なによ、今ごろになって、理性って。
恨めしそうに、ミリアはカクレイの目を見た。絡んだ視線に耐えられなくなったのは、またもやカクレイだった。いつもそうだ。
「副隊長、そろそろ会議のお時間です」
副隊長の小姓兼秘書がカクレイを呼びに来た。
半分ぐらいしか食べていなかったが、カクレイは立ち上がった。椅子にかけてあった上着を、肩にかける。
「じゃあせめて、目薬だけでも。さっき救護室で、もらってきたんです。カクレイに渡そうと思って」
すぐに仕事モードへ戻ろうするカクレイに、ミリアは食い下がる。どうにか、目薬だけは受け取ってもらえた。
「ああ……悪いな。ミリア、俺のプレートを下げておいてくれ。肩たたき券は、隊務室の俺の机の引き出しに入れておけ。何度も繰り返すが、ここは戦いの最前線だ。好きだの嫌いだの、個人的な感情は慎め。浮ついた恋愛など、もってのほか。風紀が乱れる。俺はお前を利用しているだけだ。お前も俺をうまく使って、生きてゆけばいい。嫌なら出て行け。村に帰れ。男ばっかりの近衛隊にいるなんて、親も心配しているだろう。お前を入れるなんて、しょせん無理だったんだ」
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