表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

3(前編)


 ひととおり、近衛隊の仕事を理解しておくように、とのことでミリアは稽古に続き、巡察にも同行する流れになった。ロアンに呼び出されて訓示を受ける。

「なんといっても、市中巡察は近衛隊一の基本隊務。ミリアの腕ならだいじょうぶだと思うが、町の安全を守るため、しっかり頼むよ。この前、騒動があったばかりだし」

「了解です。でも、町は厳戒態勢なのよね。私なんかがついて行って、だいじょうぶですか」

「もちろん、ミリアなら。でも、油断はいけないよ。リョウランの組に同行させるから」

「はい」

 ロアンからの訓戒を胸に刻み、ミリアは隊士の列に加わった。一部の関所が開きはじめたことを、ミリアはまだ知らない。本日昼の巡察は、リョウランの組。近衛隊最強の一番組は、整然と並んでいる。ミリアの緊張感も自然に高まった。

「ミオは俺が守るよ。心も体も」

 なのに、リョウランは意味ありげに目配せを送ってきた。

「自分の身は、自分で守ります。剣術も護身術も、心得ぐらいはありますから」

「つれないなあ。ミオ、かわいくないよ。少しばかり身についているからって。俺が押し倒したら、手も足も出ないって」

「かわいくなくて結構です。行きましょ、リョウちゃん。仕事、仕事。都の平和を守るんでしょ。この前、クーデターがあったばかりだし、念入りに巡察しないとね」

 王宮を出て堀を越えると、町に向かってゆるやかな下りの石畳が続いている。

 宮都・クワント。

 叛乱が起きる前は、近隣の諸国にまで名を響かせるほどに商いの盛んな町だったが、現在はやや活気に乏しい。店頭の品薄さがすべてを物語っている。町を行き交う人々の表情もどこか不安げで、暗い蔭がある。

 リョウラン配下の隊士は、いつくかの店に聞き込みに入り、不審者情報を丁寧に洗い出している。

「私も行ってみていいですか、組長。聞き込み」

「ミオは俺から離れるな」

「まあ、けち」

「組長に対して、けちかよ。生意気な隊士だな。頭から喰ってやろうか」

「お断りいたします」

「まったく」

 リョウランはあきれた様子で、ミリアの頭を拳でこつんと軽く叩いた。

 反論しかけたが、ミニスカ隊士というだけでも、すでにかなりの異形だ。静かにしなければ目立つだろう。ミリアは両頬をぶうとふくらませながら、黙った。

 これといって気になる知らせはなく、リョウランの隊はゆるりと進む。人の心とはうらはらに、このところ九月の晴天が続いている。夏の陽射しを残しつつも、空は青く、高い。

 中央広場まで差しかかったとき、突然黄色い声援に取り囲まれた。

「きゃーっ、リョウランさま~」

「お仕事、おつかれさまです」

「今日もステキです!」

 賛辞の嵐の中、ひとりの少女がリョウランの前で礼をして花束を差し出した。なにが起こったのかと、しばらくミリアはぽかんとしていたが、平隊士に言われて少し後ろに下がった。

「リョウランさま、ど、どうぞ!」

 緊張ゆえか、少女は顔や耳、首筋まで真っ赤にしている。

「ありがとう、かわいいお嬢さん」

 なにげない感じで少女の耳もとで囁き、リョウランは花を受け取って握手した。周囲の女子たちからは広場が割れるような悲鳴が上がる。

「きゃーっ!」

「リョウランさまーっ」

「ずるーい」

「今日は接近しすぎだわっ」

 なに、この騒ぎ。

ミリアは冷めた目つきで、広場の騒ぎを眺めていた。なんて、莫迦莫迦しい。リョウちゃんが好きなら、集団行動はやめてひとりで勝負したらいいのに。いらいらしながらも、一応ミリアは隣に立っている隊士に聞いた。

「なんですか、これは」

「マナシー組長応援隊による、花束贈呈です。以前は巡察のたびに各所で囲まれていましたが、全員に対応するのは時間的に、彼女たちには経済的に無理なので、選ばれた当番の代表者が花束を渡す決まりになっています」

「ああ、そうですか。おうえんたい」

 リョウランは、花束をもてあそびながら受け取った文を読み、少女とまだ歓談している。時折ミリアに不敵な笑みと視線を送る。嫉妬してほしいようだが、その手には乗らない。

「モテるのね、組長」

「はい。稽古では大変厳しく、近寄りがたいお方ですが、やや難の性格を除けば強いし美しいし、恐れ多くも全隊士の羨望の的です。ミリアさんもそう思いませんか」

「は、私? いや、それは」

 リョウちゃんを羨望なんて、無理。

 だって、初めて会ったときなんて、ハナ垂らして泣いていたんだもの。飼っていた猫のミオがいなくなったって。ミオは高齢猫だったから、死期を悟って飼い主の前から姿を消したらしかった。ミリアは、自分がミオだと言ってリョウランをなぐさめた。それ以来、ミリアは猫の代わりにミオと呼ばれている。当のリョウランは、よく覚えていないかもしれない。

「しかし、今日の会話は長いですね」

 いつもは、ふたことみこと、ことばを交わしておしまいらしいが、よほどあの少女が気に入ったのか、ミリアにあてつけたいのか。確かに、守られタイプのかわいい女の子だ。リョウランともよく似合っている。ああいう女の子を選べばいいのに。

 ミリアの視線を気にしたリョウランは、少女の耳を舐めるような近さでなにか囁きかけ、別れた。ひときわ大きな悔し声に追われながら、リョウランはミリアの待っている隊に戻る。

「時間をとらせた。行こうか」

 立ち去ろうとするリョウランの腕を、ミリアは押さえた。

「リョウちゃん、あの子に気があるの?」

「別に」

「ないなら、かわいそうよ。思わせぶりな態度。リョウちゃんから特別扱いを受けたって、あとで他の女の子からいじめられるわよ」

「ちょっとサービスしただけ」

「だめよ。ちょっと、が行き過ぎ。謝ってきて」

「やだよ」

「だめよ」

「妬いてる? 妬いているでしょ、ミオ」

「そんなわけない」

 ふたりは押し問答を繰り広げたが、あまりの不毛さにミリアは矛先を変えた。

「事情を説明してくる」

 ミリアは隊列を飛び出した。

 少女たちの輪は、すでに不穏な雰囲気。今日の代表者は災難だった。リョウランの気まぐれのせいで、少女たちが争うなんてあってはならない。

「他意はないの。リョウちゃん……じゃなかった、マナシー組長は皆さんの好意に感謝して、語らっただけです」

「あなた、誰よ。見かけない顔ね。なに、そのミニスカ。まさか、それでも隊士なの? 色仕掛けで、リョウランさまの気を引いているわけ?」

「私は、新入りの隊士。このスカート丈、寒くてイヤなんだけど、隊服だから。それより……ふがっ」

 忠告しようとしたとき、リョウランの大きな手のひらがミリアの口を塞いだ。

「ごめんね。この子、応援隊のルールが把握できてないんだ。あとで、たっぷりお仕置きしておくから。じゃあね、俺のかわいい猫ちゃんたち」

 リョウランのウインクに、女子は狂喜乱舞。その隙に、ミリアはリョウランに引きずられ、退散することになった。

「いきなり場を壊さないでくれよ、ミオ」

「壊しているわけじゃないけど」

「結果的にそうなっている。あの子たちは『近衛隊のリョウランさま』が大好きなんだから、夢を壊さないで。あれで均衡が保たれているんだよ。それに、あの子たちは町の密偵でもあるんだよ」

「みってい?」

「ああ。町に住んでいる者にしかわからないような、近衛隊が拾いきれない細かい情報をこうやって伝えてくれる町の猫ちゃん」

 先ほどの女の子からの手紙を、ミリアの目の前でちらつかせ、もらったばかりの花束を投げて寄越した。

「あの右角の、酒家だ。向こう側の密談が予定されているらしい。行くぞ。ミオはあとからついて来い。すでに本隊には知らせてはいるが、状況に応じて、人を呼ぶように」

「えっ」

 リョウランの隣を歩いていたはずなのに、ミリアは全員に追い越された。素早い。一生懸命腕を振って走っても、隊士たちとの距離は開くばかり。さすがリョウランの部下。近衛隊の中でも、最強の一番組。

「待って、って言っても、待ってくれるわけないか。第一、聞こえないだろうし」

 自分は自分で守ると大見得を切ったものの、体力なさ過ぎを実感したミリアは、へこんだ。体づくりしなきゃ、ついていけない。

 すでに隊士たちは酒家を隙間なく取り囲んでおり、突入態勢。リョウランの号令ひとつで、命を惜しむことなく隊務をまっとうするだろう。

 武器もなにも持っていないミリアは、まるで戦力に入っていなかった。足手まといになる。これ以上、近づかないほうがいいようだ。

 リョウランは、店の中に何人敵がいるのか、うごめく気配を読んでいる。表情は真剣そのもので、おとなびている。ふざけてばかりのいつもの態度が嘘のように映る。ミリアは思わずどきりとした。

「それほどいない。五人ぐらいか」

 リョウランの隊は十人。読みが正しければ、充分に勝機はある。

「裏口をしっかり固めるんだ。逃がすな、なるべく生け捕りにして連れて帰る。うっかり斬り殺しちゃったたら、屯営で拷問、じゃなかった聴取ができなくなるからね」

 とんでもない上司の命令にも、怯まない隊士たち。いくさに向かって、リョウランたちは酒家に飛び込んだ。

「主人はいるか。話を伺いたい」

 最初は愛らしい笑顔で、平和的に。獰猛な牙を隠して。けれど、酒家の主人は揃いの隊服を見て、すぐに近衛隊だと気がついたらしい。

「二階の皆さま、近衛隊ですぞ! お逃げくだされ」

「おっと、抵抗したね」

 慌てず騒がず、リョウランは主人に当て身を食らわせてこれを気絶させると、刀を抜きながら一段飛ばしで一気に階段を上った。

 酒家の二階には叛乱軍の関係者が六人、いた。全員、刀や槍など武器を手にしている。

「なるほど。おとなしく捕縛されるつもりはない……ですか」

 リョウランは、隊士のひとりを早々に広場から伝達として屯営に向かわせている。表にふたり残し、裏口にもふたり、隊士を配置した。一階にふたり。主人を縛っている隊士がひとり。二階に上がってきたのは、リョウランともうひとりだけだ。ふたりで、六人を相手にしなければならない勘定になる。

「まあいいや。同士討ちとか、防げるから」

3(後編)へ続きます

連載が終わるまでは基本、ほぼ毎日更新します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ