11(前編)
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「おはよう、リョウちゃん」
翌日、リョウランが目覚めたのはお昼前だった。屯営近くにある病院に担ぎ込まれたリョウラン、傷が塞がりかけていた肩に再び強い打撃を受けたために安否が問われたが、骨や内腑には異状なしだった。しかし、打撲跡は痛々しいほど残ったし、心身ともにかなりのダメージを負ってしまった。カクレイへの恋に溺れかけているとはいえ、自分のせいで傷ついた幼なじみを放置できない。
「ミオ、まさかずっと」
「うん」
昨日出かけたときの白いワンピース姿のまま、ミリアはリョウランのそばにいた。渋るロアンやオルフェを追い出して、一晩つきっきりで看病をしていた。木刀跡の腫れが熱を持っており、ミリアは何度も濡れタオルを替えて冷やしていた。
「隊長に知らせてくるね。リョウちゃんの目が覚めたって。ロアンも心配してくれて、何度も様子を見に来てくれたんだよ。オルフェさんも」
「待って。まだ、行かないでミオ。あと少しだけ、ふたりきりでいたい」
「や、やだ、リョウちゃん。しゃべると体に響く。熱もあるんだよ」
「……ミオが、カクレイのことを好きなことぐらい、昔っからとっくに知っていた。分かっていた。でも、ミオは俺にとって、暗い少年時代にあった唯一の輝きそのもので。ミオは、宝石なんだよ。もしも勝負に負けたら、ミオが同情してくれるかなって、下らない考えが頭をよぎって。あのままカクレイを負かしても、俺のものにはならなった、でしょ。負けたってミオがカクレイのものになるわけじゃない。あの夜のことを話して終わり、だろ。剣士としての意地よりも、勝負よりも、ミオを手に入れようとした。俺って、ひねくれた最低な男だよね。失望していいよ。ほら、今もこうして気を引こうとしている。どうやったらミオを抱き寄せられるかばかり、考えている。卑怯だな」
リョウランは、ミリアの手を握った。
「……リョウちゃん」
「ごめんミオ。隊長、呼んで来て。カクレイも」
手を離したその横顔が、泣いているように見えて。
ミリアはリョウランの病室を出た。
「ミリアは少し休んでいろ」
カクレイの機嫌は最悪だった。勝負には勝ったのに、あの夜の真相がつかめないばかりか、ミリアはリョウランと帰ってしまうし、嫌いとまで断言されたのだ、無理もない。
「あの、まだ不安定みたいです、リョウちゃん。やさしくしてあげてくださいね」
その願いに、カクレイは答えなかった。ただ、ミリアをきつく睨み返すのみ。ミリアは全身に鳥肌が立った。
「か、カウンセリングルームで、仮眠を取っています。戻ってきたら、これを押して起こしてください」
ミリアはおそるおそる、カクレイに紫珠を預けた。無言で受け取ったカクレイは、ロアンとリョウランがいる病院に向かった。
「……怖い」
カクレイに恋しているのに、リョウランの味方ばかりしている自分。カクレイの不機嫌も分かる。けれど、リョウランの孤独も分かる。
カウンセリングルームのソファに倒れ込むと、相当疲れていたようでミリアはすぐに寝てしまった。
カクレイとロアンがリョウランに面会に行くと、リョウランは隊服を身につけており、すっかりいつもの様子だった。壁に背をもたれかけて、窓から外の様子を眺めていた。中庭では隊の調錬が行われている。
「寝ていなくていいのか」
「ずっと寝ているのも、疲れますよ。寝過ぎで背中、痛いです。それより、おなか空いちゃった。そろそろお昼だし、なにか食べに行きましょう」
飄々としているリョウランにカクレイはあきれたので、尋問を続けることにした。
「……件の夜の真相は」
「カクレイ、けが人にまだそれを問うつもりなのか」
ロアンは表情を曇らせた。
「ああ。これを解決しなきゃ、ミリアの笑顔が戻らねえんだよ」
「なんだかんだで、結局カクレイもミオのことが大好きなんですよねえ。あーあ」
「もったいぶるな。もう一度、叩きのめされてえのか。わざと、隙を作りやがって。思いっ切り打ち込んじまったじゃねえか。人を悪役に仕立てるとは、姑息な」
「姑息で結構。あなたに正攻法は通用しないのでね。カクレイが、砂利を蹴って煙幕を作ったように、俺には俺のやり方があるんですよ」
「力ずくで、ミリアをものにしたりとか、か」
「いくら家族が早く欲しいからって、ミオを無理やりするわけないでしょうが。酔いつぶれたところを部屋に送って、ベッドの上に寝かせて、そりゃちょっと……かなりやましい気持ちにはなりましたけど、ミオのやつ途中から俺をカクレイだと勘違いしはじめたんですよ。『カクレイ、カクレイ』ってね。気分も萎えましたよ。だから腹いせで、俺が泊まったと思い込ませるために、脇に置いた携帯をそのままにしてきちゃったんです。カギを持ち出したのも、わざと。帰るのはいいけど、女の子の部屋にカギもかけないわけにはいかないでしょ。さあ、解放してください。めしめし。おなか空いたー」
「じゃあ、なにもなかったんだな」
「当然です。これからが、真剣勝負ですよ。どんな手を使ってでも、負けませんから。ぜーーーったいに」
「……臨むところだ」
双方が同意に達したところで、ロアンが間に割って入った。
「よしよし。これで、一件落着だな。切磋琢磨しあうのはいいが、くれぐれもミリアに無理を強いたり、傷つけるなよ。お前たちも、死なない程度にやり合え、な? ここは近衛隊。戦の最前線。日々の励みになるならば、色恋上等! どんと来い!」
奇妙な一体感を持ち、カクレイとリョウランは別れた。




