9(後編)
ミリアは不安になりながらも、昼食の時間もとらずに仕事に打ち込んだ。
ようやくメドがついた、二時半。
カクレイからメールが届いた。不思議に思って、ミリアはカクレイの顔をこっそり窺ったけれど、カクレイは手の中にある書類から目を上げようとしなかった。
『書類、終わったようだな。お前いったん、自分の部屋に戻って休憩しろ』
副隊長席から、ミリアの様子をずっと見守っていたのだろう。ミリアは左右を見渡して立ち上がった。
「スミマセ~ン、ちょっとお昼休憩してきますっ」
あれ、ミリアちゃん、休憩まだだったの? なんてことばに見送られながら、ミリアは廊下を走った。
「……おなかすいたなぁ」
部屋に買い置きしていたお菓子でも、食べちゃおうかな。
かちゃり。
部屋のカギを差し込んだとき、カクレイが現れた。
「無茶しやがって」
荷物を両手に持っていたカクレイだが、脚でさっさとドアを閉める。規律にうるさい副隊長が、部下の女の部屋に出入りしているところは、絶対に見られたくないだろう。
「昼抜きで仕事なんてするなよ。適度に休め。これな、食え」
見れば、ミリアお気に入りのベーカリーのサンドイッチと、コーヒー牛乳。
「それと、こっちは夜の服。夕食は予約してあるから、今日はお菓子、絶対食うなよ。間食禁止。夜はごちそうだから」
「は、はい。ありがとうございます」
「で、いいか。六時に、リョウランと城下の広場に行け。そのあとは……」
ミリアはカクレイの考えた今夜の作戦を聞き漏らさないよう、しっかり頭に叩き込んだ。
終業の五時。
もちろん夜の巡察当番などもあるから、全員が終わりというわけにはいかないが、とりあえず仕事はこれまで。ミリアもぎりぎり十分前に提出した報告書に、カクレイから認可をもらえた。
「おまけだ」
ぺったん。
無事に隊の承認判が押されて、一件落着。
「ミリア・ガーフィールド、お先に失礼しまーす」
挨拶は大きな声で。
「リョウちゃん、出かける準備をしてくるから、五時半に屯営の裏門ね」
「ふーん。ミオに準備なんてあるんだ」
「うん。着替えたり、お化粧直したり、あと荷物もあるし」
「手伝おうか? 着替えとか着替えとか着替えとか。俺、得意だよ。特に、脱ぐほう脱がせるほうが」
「いや結構。間に合っています。っていうかリョウちゃん、着替えしか言ってないし。セクハラ防止委員会の目が光っているから、あまり言わないほうがよろしくてよ」
どうにか笑顔で、ミリアはリョウランを振り切った。
リョウちゃん、好意は嬉しいけど、まっすぐ過ぎて、どうしよう。はっきり言わなきゃ。私は、カクレイが好きなの。
けれど、昨夜の一件をカクレイに追及されるのは確かで、気が重い。ほとんど覚えていないが、己の軽率を謝るしかない。
「ごちそうは楽しみだけど」
やっぱりカクレイ節で説教、なのかしら。らぶらぶお泊まりっていうミラクルフラグは、期待できそうにないのかも。それに、カクレイの言っていた『マリヤ』って存在も気にかかる。
ミリアは、カクレイに渡された紙袋から服を取り出す。
良家のお嬢さまのような、白い清楚なワンピース。バッグに、靴もある。
「うわ。サイズ、ぴったり」
隊服のサイズから、カクレイはミリアの体型をだいたい知っているはずでも、見事なまでにちょうどいい。貸りたとも、あげるとも言われていないからますます不安だが、外泊を言われたときから服をどうしようかと困っていたから、ありがたかった。バッグの中には、化粧水やコットンなど、簡単なお泊まりセットも入っている。
「……カクレイ」
きゅん。
胸が高鳴るって、こういうことだろう。ミリアは確信した。これは、朝まで一緒にいたいっていう意思表示でいいんだよね。ほかに好きな人がいるって知った今も、カクレイを思う気持ちに変わりはない。
「なにその絵本から抜け出してきたような服」
裏門で待ち合わせたリョウランは、ミリアのワンピース姿を見るなり目を丸くした。
「え、似合わない?」
「そりゃ、かわいくてよく似合うけど、まるでデートだよ。ほんとに、女の友人と会うの? 男の友人? そんなお姫さまみたいな服、持っていたんだ?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すリョウラン。
「あ、歩きながら、お話ししましょ。こうしていると、リョウちゃんとデートみたいよ。広場までデート」
リョウちゃんとデート。
そのことばの響きに、リョウランはデレた。これもまた、カクレイの作戦のうち。追求されたら、腕を組めとまで指示された。罪悪感に襲われつつも、ミリアはそっとリョウランの腕に自分の手を絡ませた。ごめん。リョウちゃんの気持ち、踏みにじるなんて。
「中央広場で待ち合わせなの」
「うんうん。迎えが必要だったら電話してね。何時でも構わないよ、すぐに行くから」
「ありがとう。で、私さ。昨日の夜どうしたのか教えて欲し……」
「俺嫁来る?」
「いえ、いいです」
いくらデレでも、昨日の秘密は教えてもらえないらしい。
やがて、広場が見えてきた。先日、リョウランが女の子たちに囲まれた場所だ。
時刻は六時ちょうど。あたりは夕闇に包まれて来ている。ミリアの白い服も、夕陽色に染まっている。
「「ミリア!」」
広場の真ん中にある噴水の前。ふたりの女性がミリアを待ち構えていた。もちろん、カクレイの仕込みだから初めて見る人だ。
「待った?」
「私たちも今、着いたところよ。こちらのかっこいい方は恋人?」
「はい。ミオと絶賛相愛中の……」
リョウランが嘘を並べそうになったから、ミリアはむきになって否定した。
「職場の先輩。幼なじみでもあるけど。近衛隊一番組の、つよーい組長さん。広場まで、送ってもらったの」
「求婚しているんだけどね。なかなか固くって。今夜は、早く結婚するようにミオ……ミリアを諭してやってくれないか」
「それじゃリョウちゃん、ありがとう。隊長にも報告よろしく」
「うん。気をつけて。楽しい夜を。なるべく早く帰っておいで」
ミリアたちとリョウランは手を振って別れた。
……かわいいミオ。超絶愛している。だからこそ、放っておけない。いきなり外泊届なんて、裏があるに決まっている。
リョウランは、物陰に隠れていた監察のオルフェを呼びつけた。
「追うぞ」
「えー、かわいそうじゃないですか。あんなにかわいい笑顔で楽しそうなのに」
「ミオは俺のものだ。隠しごとは禁止。尾行は、隊長の密命でもあるんだよ。監察のきみには得意分野だろう。隊規に背いたら、切腹ものだよオルフェくん?」
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10へ続きます
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全12章構成、脱稿済みですので順次アップしていきます




