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「や、やかましい。どこ? 枕の下?」
翌朝。
ミリアは携帯の着信音で起きた。眠気半分で手を伸ばし、発信者が誰かもよく確かめもせずに通話ボタンを押してしまった。
「も、もしもし~」
ミリアは問いかけたが、相手の返事がない。
「もしもし?」
……間違い電話か。ミリアは電話を切ってしまおうと、携帯を耳から離したとき、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「リョウランか? これ、リョウランの携帯だよな」
ミリアは、はっきり目が覚めた。自分が手にしているのは、他人の携帯電話。ディスプレイには『カクレイ副隊長(鬼)』と出ている。
「リョウラン? 寝ぼけているのか」
やだ! ミリアは急いで通話を終了させた。持っているのはリョウランの携帯だ。
「や、やだ。なんでここに、リョウちゃんの携帯が」
ミリアが寝ていたのは、自分の部屋。ただし、隊服のまま。どうやって帰ってきたか、一切記憶がない。にわかに心臓がどきどきと激しく鳴り出した。
「総会のあと、宴の席で、カクレイが緊急出動になって、私はリョウちゃんと呑んでいて……」
全身に鳥肌が立った。ま、まさか、リョウちゃんと? ううん、カクレイが部屋に来るっていう約束はどうなった?
悲しいことに、まったく覚えていない。
ミリアは身支度を整えると、リョウランの携帯をポケットに入れ、部屋を出た。昨夜のことをリョウランに聞かなければ。
「あれ、カギがない」
なくさないように、いつも首から下げている部屋のカギがない。仕方なく、スペアのカギで施錠するミリアだが、焦る。昨晩の記憶がないなんて。
「朝は稽古だって、言っていたよね。リョウちゃん」
階段をとんとんとんと下りながら、ミリアは緊張を高めていった。リョウランの携帯電話を、ミリアが勝手に持ち帰ったとは考えにくい。消えた部屋のカギの行方は。
「ミリア、か」
「ぎゃっ!」
怯えつつおどおど歩いていたせいか、ミリアは真正面に現れた人物に声をかけられて過剰に反応した。
「どうした。顔が赤いぞ」
「ふ、ふふ副隊長っ」
ミリアが出会ってしまったのは、カクレイだった。
「なんでそんなに驚いているんだ。朝の挨拶ぐらいしろよ」
「あっ、ああ。おはよう、ございます」
あまりのミリアの動揺に、カクレイは首を傾げた。
「昨日のこと、気にしているのか」
「き、きのう? 昨日って」
昨日って。心当たりが多すぎて、ミリアはしどろもどろ。
「悪かったな。夜は、お前のところに行くと約束したのに、仕事が終わったのはついさっき。徹夜だ」
「あ、そ、そうだったんですかぁ。め、目が赤いですよ」
「代わりと言っちゃあれだが、今晩外泊届を出しておけ。せっかくだから、外でゆっくり飯でも食べながら話そう」
「が、外泊ーーーっ!」
ミリアの声は、階段や廊下にもこだました。
「しっ、小さい声で!」
「でも、外泊って」
「連れて行きたいところがあるだけだ。外出届だと、門限に間に合わないかもしれねえ。外泊届なら、気楽だろ。まあ、今日のうちには帰ると思うけどな。おっと。妙な誤解、するなよ」
ミリアは頷くのがやっとだった。大好きな憧れのカクレイに、外泊ならぬ外出を誘われた。舞い上がらずにはいられない。
「あとで、ロアンに届けを出しておけ」
「は、はいっ」
なにを着て行こう。カクレイと初めてのお出かけ……夜のデートだ。今日中に帰ると言っても、もしかしたらいい雰囲気になって、ふたりでお泊まりになってしまうかもしれない。ミリアは妄想を育んだ。
「おはよう、俺の嫁ミオ」
肩をぽん、と叩いてきたのはミリアが探していたリョウランだった。珍しく、満面のさわやかな笑顔。
「リョウちゃんっ」
「昨日は楽しかったね。ちょっと疲れて寝不足だけど」
「うん……?」
「ふたりで盛り上がって、部屋に帰り着いたの、夜遅くなっちゃったからねぇ」
「う、うん」
雲行きがあやしい。リョウランはひどく思わせぶりな含み笑いを絶やさない。カクレイもリョウランを睨んでいる。
「なんだよ、早く帰れって言っただろ」
ふたりに責められ、ミリアは板挟み。
「そうだ、ミオ。俺の携帯持ってない? 昨日の宴会場にもないし、ミオの部屋に置き忘れたみたいなんだよねー」
「なに、ミリアの部屋だと」
刺すような視線で、カクレイはミリアを見た。言い逃れ……できそうにない。ミリアは素直に、ポケットから黒い携帯電話をゆっくりと差し出した。
「あっ、やっぱり? ありがとうミオ~。どこにあった?」
「つ、机の上……だったかな」
さすがに、ベッドの中、枕の下とは言えないから、とぼけた。携帯を受け取ったリョウランは、着信履歴を調べはじめた。
「ふーん。机かあ。枕の下だと思っていたけど。電気消して、寝る前に置いたのかな。俺は、これ返す。ミオの部屋のカギ。あっ、カクレイから着信あったんだ?」
まずい。ミリア、近衛隊に来てから最大のピンチが訪れた。
「お前、電話に出たよな。もしもし、って。まさかと思ったが、ミリアの声だったのか。それに、どうしてリョウランがミリアの部屋のカギを」
「ぷぷっ。ミオ、カクレイからの電話に寝ぼけて出たんだ~。かわいい」
「や、ちょっと待って。話が見えないの、私。昨日は酔っちゃって、途中からなにも覚えてなくて……」
「なるほどな。詳しくは、あとで聞こう」
カクレイは肩をいからせて去った。絶対、不機嫌になった。
「あーあ。あれは誤解したね。しかも、激怒?」
「リョウちゃんが仕向けたんだよ。なんで私の部屋にリョウちゃんの携帯があるの? 部屋のカギだって、どうして」
「ほんとになにも、覚えていないんだね」
リョウランは少し悲しげな声で、カギをミリアの首に下げた。
「あんなかわいい顔をした無防備なミオを見せられたら、離れられないよ。じゃ、また朝食の時間にねっ。稽古上がりだから、汗を流してくる」
小憎らしく、リョウランは軽やかなスキップでミリアを取り残した。
「ど、どういうことなの……」
宴席で酔い潰れて、リョウランがミリアを部屋まで運んだことは間違いがないだろう。そして、カギをかけて行った。
お、思い出せないよ……。
9に続きます




