7(後編)
「こ~の~や~ろ~」
「カクレイ、落ち着いてくださいよ。ただ、じゃれあっていただけですよ。ほら、宴席。ね、ミオ?」
激しく送られてくる目配せに、ミリアは同意した。うんうんと頷く。
「ミリアが、そう言うなら」
渋々引き下がったカクレイのもとに、屯営で留守番役に置かれていた監察のオルフェが、険しい表情で報告をもたらした。
「なに、緊急出動」
不審に満ちた目でリョウランを見ていたカクレイだったが、たちまち副隊長の仕事モードに復帰した。
「オルフェ。酔ってなさそうな隊士、すぐに十人掻き集めろ。現場に行かせる。ミリア、水持って来い。リョウランは……隊長の介抱な。宴会も締めておいてくれ」
ロアン隊長は、舞台の上でひっくり返っている。酔って寝てしまったのだろう。ミリアの居場所にまで、いびきが聞こえてくる。ミリアは急いで厨房から飲み水をもらって、カクレイ以下出動する全隊士に配った。
「ありがとな」
カクレイは短く礼を述べた。
「それから、もう帰れ。仕事が片づいたら……行くから。じゃあな」
大きく頷いたから、ミリアは手渡されたコップの水をこぼしそうになった。今夜、カクレイが自分の部屋に忍んできてくれる。ミリアはそう考えるだけで、胸が高鳴った。カクレイがミリアの告白を聞いてくれるときが、とうとう訪れた。らぶらぶの成就がなるかもしれないと思うだけで、胸がいっぱいで思わずつかえそうになる。
「お気をつけて!」
しばらく、ミリアはカクレイの消えたドアをうっとり見つめていた。
「ミオ、こっちにも水っ」
静寂を破ったのは、リョウランの声。リョウランは舞台で伸びていたロアンを起こそうとしている。
「は、はいっ」
水を届けたら、帰り支度をしよう。ミリアは思った。ミリアから水を受け取ったリョウランは、ロアンに無理矢理飲ませて起こした。
「あれ、カクレイは?」
「王から、極秘に出動命令が出ました。隊士を連れて、現場に急行しています」
「そ、そうか。それは」
出動指揮が取れなかったことを恥じているのかと思われたが、ロアンはにやにや笑っている。
「じゃあ、わしも夜の巡察に行くとするかな」
よ、夜って? ミリアは目を丸くした。舞台で伸びていたのは嘘のようにしっかりした脚取りで、ロアンは宴から逃げた。
「ダシケマっ! 追え、隊長の護衛だ」
宴会場の締めを任されたリョウランは、そう言うのがやっとだった。リョウランはイラついて爪を噛んでいる。久々に見たクセだ。これは相当不機嫌。じゃあ私もさようなら、とは切り出しづらい。
「ミオ、この場はいったん締めて呑み直すぞ」
「えー。私、呑めないよもう。帰りたい」
「つべこべ言うな。そんなこと言ったら、今日履いているミオの下着の色、隊長に報告するぜ。黒の小花柄だろ」
「ええっ! なんで知って……」
「さっき、ミオが脚を組み替えたときに見えたぞ。スカート丈、短過ぎなんだよ。もっと意識しろ。生足もいいけど、下にレギンスぐらい履いておけ。よりによって、黒なんて。いやらしいな」
「は、はい。おっしゃる通りです、組長」
簡単にミリアを言い負かし、リョウランは笑顔で宴会を締めた。残りたい者は残り、帰りたい者は屯営へ。場所を変えたい者は出てゆく。
「はい座る」
ミリアはリョウランの隣に腰を下ろし、ちびちび呑みはじめた。こうなったら、リョウランを酔い潰して勝ち逃げするしかない。すでに相当呑んでいる。
「ミオの隊服、カクレイの趣味?」
肌触りのよい生地や濃紺の色は同じ。ブレザーや白いシャツはいいが、ミリアは膝の形がはっきり分かるミニスカートに、ハイソックス。
「ミオが入ってくれて、隊士どもの風紀が正されたんだよね。以前は、だらしないやつが多かった。お前の目を気にしているのさ」
「そんなものなの?」
相変わらず、リョウランのシャツの胸もとボタンはふたつ、留まっていないけれど。
「男なんて、単純だよ。目の前の餌に、どうやって一番に喰いつくかばかりを考えている。俺もね」
まずい流れだ。ミリアはリョウランのグラスになみなみと酒を注いだ。
「り、リョウちゃん、明日は休み?」
「いや。朝稽古、午後巡察。ミオは?」
「私も出勤。カウンセリング。まとめなきゃいけない資料もあるし。カクレイ、報告書命なんだよね」
「なんだかんだで、ミオはがんばっているね。女ひとりで。俺のミオはえらいよ。さ、呑め呑め、褒美だ」
「う、うん。でも私ね、カウンセリングの仕事に就かせてもらって、ほんと感謝しているの。天職かどうかはわからないけど、楽しいし、働けるってありがたい。村に帰れなくなってはじめた仕事だけど、続けたいと思う。村にいても、私の労働力ではお金にならないし」
「ふうん、のんきだね。ここ、いくさにもっとも近い場所なんだけど」
「だからこそ、働きがいがあるの」
勘のいいリョウランだから、牽制ばかりしていたら怪しまれる。ミリアはグラスを飲み干した。
「うわっ」
リョウランがミリアに勧めたのは、強いお酒だった。一気に頭がくらくらしたと思ったら、次の瞬間にミリアは倒れて意識を失っていた。
「でも、ミオが近衛隊で懸命にがんばる必要なんか、これっぽっちもないんだよ。俺の嫁になればいいんだから」
夜は、更けてゆく。
8に続きます




