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7(中編)


 大会議室。月に一度の総会だという。

 隊の活動報告や、時勢解説、人事異動発表などがある。今後の重要な隊務に反映する事項もあるので、全員出席が義務づけられている。総会のあとは、恒例の宴会に流れる。宴会は隊費から捻出しているので、宴のために退屈な総会を我慢している者も多い。

 ミリアはカウンセリングの報告書を仕上げていたので、時間ぎりぎりに会議室に入った。どこに座ろうか、椅子はだいたい埋まっている。

「ミオ、こっちこっち」

 最前列で、リョウランが手招きしている。渋々、ミリアは隊士を掻き分けて前に進んだ。ちょうどひとつ、席が空いている。

「遅いよ、ミオ。近衛隊は、五分前行動だから」

「リョウランもたった今、来たばっかりだろ。人のこと言える立場か」

「ちぇっ。ばらすなよ」

 ガラナに冷やかされたリョウランは口を曲げた。司会のカクレイが立ち上がった。隊士の雑談が静まる。ミリアもとりあえずリョウランの隣に座った。

「ミオは宴会、初めてだったよね」

 リョウランはミリアの椅子の背に腕を伸ばし、脚を組み、おもいっきり生意気な態度だ。

「うん」

「この国は人口が少ないから、男も女も十五歳で成人だからね。酒も呑めるし、結婚もできる。今夜はミリアと呑み比べだ」

「リョウちゃん。カクレイがお話しているから、静かに」

「少しぐらい、いいだろ」

 注意されたのが気に入らなかったのか、リョウランはミリアの肩に堂々と手を回した。

「ちょっと、ふざけないで……リョウちゃん」

 大切な会議中なので、抗議の声も盛大には出せない。肩に余計な力が入るが、どうしようもない。

「ふーん。ほんとに免疫ないんだね、固くなっちゃって。これから、男所帯でずっとやっていけるのかな。こんな短いスカートまで履かされてさ」

 スカートの裾をつままれたので、ミリアはリョウランの手の甲をつねった。

「ミニスカじゃなくて、これは隊服。世界にひとつだけの、戦闘服。私は、やります。宮都で親しい身寄りは、ロアン隊長だけ。いつまでも負担になるわけにはいかないもの。私で役に立つことがあるなら、進んで手伝う」

「殊勝な……っ、いてっ」

 私語を見兼ねたカクレイから消しゴムが飛んできた。顔は笑っているが、多分怒っている。リョウランは姿勢を正し、ミリアの肩の上にあった手も、ひゅっと引っ込めた。

「では、十分間休憩して、後半に続ける」

 話を終えたカクレイは、まっすぐにリョウランの正面に立ちはだかった。ほかの隊士たちはカクレイの並々ならぬ気配に恐れをなして、次々と消えてゆく。

「あれが話を聞く態度か、リョウラン」

「退屈な話をする、カクレイが悪い」

「しかも、ミリアを巻き込んで」

「俺たちの仲のよさに嫉妬ですか、はあ。まったく」

「ミリアはもらっていく。宴会場の下準備に行くぜ。ほら、立て」

 カクレイとリョウランは睨み合った。それぞれ、ロアン隊長の一番弟子を自負しているだけに、昔から衝突が多かったが、そんな関係は今でも続いているらしい。

「リョウちゃん、またあとでね」

「うん、ミオ。一緒に呑もうね」



 命じられるまま、ミリアはカクレイと移動したが、特に仕事という仕事はなかった。すでに整えられた宴会場を確認して、終わり。

 どうやらカクレイは、ミリアをリョウランから引き離したかっただけらしい。

「莫迦女。リョウランに振り回されっぱなしかよ」

「そんなつもりは」

「肩に手を回されて、見つめ合ったりして。しかも、スカートの中に手を入れかけていたぞ、リョウランのやつめ」

「えっ、ほんとに?」

「……気がついてないのかよ」

 誰もいない広い宴会場。カクレイはミリアの腕を引き寄せると、耳に顔を寄せた。カクレイの匂いがする。ミリアは慌てたが、カクレイはミリアの頭をやさしく撫でている。

「今夜。宴が終わったら、お前の話を聞いてやるから、寝ないで自分の部屋で待っていろ。この前は時間が取れなくて、冷たくして悪かった。寝てなくて、いらいらしていたし。ここで、呑み過ぎてつぶれるなよ。机の引き出しから回収した肩たたき券も、ここにある。あとで使うからな、覚悟しておけ」

 いつの間に。目の前でちらつかされた、作り終えたばかりの肩たたき券。冗談のつもりだったのに、本気らしい。カクレイはミリアを解放し、会場を立ち去った。

 残されたミリアは、広い会場にぽつんと取り残された。

 なんとなく聞き流してしまったが、こ、今夜、部屋にって、それってまさか! ミリアは動揺した。緊張のあまり、声も出ない。しつこく誘ったから、らぶらぶフラグの再構築に応えてくれるのだろうか。嬉しいような、こわいような。上気して熱くなった頬を、両手でおさえた。

 やがて宴会場は隊士であふれたが、ミリアはカクレイの姿ばかり追いかけてしまう。陽気な酒のロアンが乾杯を音頭し、積極的に場を盛り上げる。紅一点のミリアは自分の思いを胸の奥深くに秘めたまま、忙しく酒を注いで回る。

 リョウランは、カクレイにミリアを先に連れ去られたのが気に入らなかったらしく、幹部なのにふて腐れた表情を浮かべて、ずっと隅っこにひとりで座っている。

「リョウちゃんがかわいそう」

 ミリアは気を揉んだが、カクレイに制された。

「あれは、気を引いているだけ。同情したら、足元を掬われるぞ。あいつがひとりなのは、自業自得だ。あの歳で幹部。実際強いし、ロアン隊長の身内同然だからな。だが、隊士が部下に歩み寄りがない。ほら、ガラナなんかは自分から隊士にまじろうとしているだろ」

 指摘されたように、宴会場のガラナを探してみると、楽しそうに隊士とふざけながら酒を呑み交わしている。

「ただでさえ、上役、上司っていう存在は鬱陶しいものだ。幼いリョウランは、まだ分からねえんだよな、そこが」

「教えてあげればいいのに。副隊長の意地悪」

「もう子どもじゃないんだ。自分で学ぶものさ」

 カクレイは酒を呷った。ミリアは次を注ぐ。

「お前も同じだ。俺のそばにばかりいたら、誤解されるぜ。ミリアも、副隊長に似て気難しいやつなのかって、な。少しは行ってこい」

 とん、ミリアはカクレイに背中を押された先で、ばっちりロアンと目が合った。

「おおう。ミリア、さあ呑んだ呑んだ。今夜はタダ酒だよ~」

 隊長はすっかり出来上がっている。見れば、気さくなロアンのまわりには隊士たちの円ができていた。大らかなロアン。たまに抜けているような一面もあるけれど、楽しい人だ。

「皆さんこそ、どうぞ!」

 今夜の展開を考えると、酔うわけにはいかない。顔で笑って、心は引き締めて。

「ミリアちゃん、好きな男いるの~」

「付き合っている人は?」

「この中で言い寄られたり、とかは? あるよね? あったよね?」

 いきなりの質問攻めで苦笑ものだが、ミリアは笑顔で答えた。

「内緒です!」

 呑まされる前に注げ。呑ませてしまえ。胸の内だけで、呪文のように繰り返す『今夜は酔えない』。ミリアはリョウランにも話しかけた。

「リョウちゃん、呑んでる?」

「……見れば分かるだろ」

 リョウランは呑み散らかしていた。ビール、ワイン、ウイスキー。

「よくないお酒ねー。お酒は、会話を盛り上げるツールよ。深酒すると体に響くし」

「うるさいよ。ビジネス書みたいなこと、言うのかミオ。つまんないやつだな」

 機嫌は悪いけれど、ミリアはリョウランを隊士の中へと引っ張り出そうとする。

「こういうときこそ、隊士たちと語る! ほら、一番組の輪に入る。孤高な組長の姿だけじゃなくて、いつもの明るいリョウちゃんを知ってもらいましょ」

「俺が行ったら、あいつらが楽しくないよ」

「腹を割って盛り上がりましょ」

「……ああいう余興なら、勘弁してくれ」

 カラオケを備えている会場の舞台では、隊長が音頭をとって歌い、腹踊りを披露している。めちゃくちゃはじけていた。

「や、あれは例外。とにかく、隊士と会話を」

「って、カクレイが言っていたの?」

 すべて、見抜かれている。ミリアはことばに詰まりそうになった。

「頼まれたわけじゃないけど、リョウちゃん、隊内の人間関係がうまくいってないみたいだから。この間巡察について行って、よく分かった。部下にリョウちゃんの強さは認められているけど、慕われる上司としてはまだまだみたいよ。昔は、トゲもなかったのに。お酒だって、呑まなかった」

「当たり前だ。村では、気の合う仲間しかいなかったし。わがままできた。隊は人数が多いし、大変なんだよ。けどさ、カクレイだってあんな端で、ひとり呑んでいるんだよ? カクレイこそ、隊では非情な鬼扱いなのに」

「隊長と副隊長が、ふたりとも伸び伸びするわけにはいかないでしょ。隊長がああなら、副隊長は一歩引かざるを得ないわ」

「なるほどね。副隊長贔屓のミリアさん」

「つべこべ言わずについてくる!」

 ミリアは一番組の中に割り込んだ。

「こんばんは~。話、まぜてくださーい。あれ、やだなあ。もしかして上司の悪口とか?」

 図星の隊士は、あからさまに視線を空に漂わせた。

「いいよ~、今日ぐらい。ね、リョウちゃん?」

「り、リョウちゃん……」

「まさか、組長のことですか、それ」

 ミリアの『リョウちゃん』呼びに、隊士は引きまくった。

「あ、ごめんなさい。リョウちゃ……じゃない、マナシー組長とは幼なじみだから、つい。だめだよね、公私混同」

「へえ、どうりで物怖じしないわけだ」

 ミリアはリョウランとの関係や、隊長たちとの間柄を手短に説明した。

「そうだったんですか~。なるほど。近衛隊に女隊士が来るからって言われて、どんないかつい人かと思っていたら、かわいい女の子だったもので、意外でした。はじめは隊長の愛人かと勘違いしましたし」

「隊長の? ないない、ありえないです。ね、リョウちゃん?」

「……ああ。隊長だけは絶対にない。ありえない。副隊長の、にはなる可能性大だけどさ」

隊士のひとりが、リョウランの顔色をうかがいつつ、おそるおそるミリアに尋ねてくる。

「あの。恐れ入りますが、ずっと『リョウちゃん』『ミオ』と、呼び合っているんですか」

「呼び方? はい、そうです。私にはリョウちゃん以外、ありえないですよ。皆さん、リョウちゃんより年上でしょ? リョウちゃんでオッケーですよ。ついでに、『ミオ』っていうのは飼っていた猫の名前で……」

 見れば、隊士たちは一様に苦笑いしていた。隊内無敵のリョウランを、『ちゃん』呼びできる隊士はいなかった。

「だめだよミオ。リョウちゃんの呼称を許すのは、ミオだけ。他のやつがそんなことを口にしたら、たたっ斬るから。いいね。ミオのことも、ふたりの秘密」

 酔っていながらも、リョウランは真顔だったので、ミリアはひきつり笑いで受け流した。隊士も、すっかり怯えている。

「ミオ、返事っ」

「もう。からみ酒は迷惑だよ、リョウちゃん」

「なんだと。言いがかりつけるつもりか。押し倒してやるぞ」

 リョウランはミリアに酒臭い息を吹きかけてきた。

「まあまあマナシー組長、さっきからなにを食べているんですか」

 超甘党のリョウランは酒のつまみに、甘いものをしきりに食べていた。

「キャラメルがけのナッツ。うまいよ」

「よし、リョウちゃん。みんなに、分けて分けて」

 膝を突き合わせた隊士たちは、リョウランから一個ずつナッツを配ってもらい、おそるおそる食べた。

「甘っ」

「甘っっ」

「よくこれで酒を。いや、確かに喉は乾くかも」

 苦笑の波が広がる。反応は微妙だ。

「えー。私にもちょうだい」

 ミリアにもせがまれて、リョウランはミリアの口にもナッツを放り込んだが、ミリアも少し酔っていたせいか勢い余って、リョウランの指を噛んでしまった。

「あぶなっ」

「あっ、ごめんリョウちゃんっ!」

「仕返しだ」

 謝ったが遅い。迷うことなく、リョウランはミリアの耳に噛みついた。

「うわ! 勘弁っ。リョウちゃん、ごめんってば」

「罰だよ」

 手足をじたばたさせて抵抗したが、ミリアの耳朶にはうっすらと赤くリョウランの歯型がついてしまったのを見た隊士は、いっせいに引いた。

「まいったな」

「なるほど、組長は」

「意外と、一途なんですね。組長」

「しかも、でき上がっています」

 まさか誤解されている? ミリアは訂正する。

「皆さん、リョウちゃんと私はふざけていただけで、別にあやしい仲じゃありません。リョウちゃんからも、ほら言って」

 慌てているミリアを尻目に、リョウランは余裕だった。ミリアの肩に手を回して、にこやかに言った。

「恋もお菓子も、甘いほうがいいでしょ」

 隊士は一同、再び苦笑いの輪に包まれたが、怨念めいた怒りを孕んだ気配が急接近してきた。

「リョウランっ! 今、ミリアになにしたっ」

 遠くから、カクレイはリョウランの狼藉をしっかり見ていた。

7(後編)に続きます

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