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7(前編)


「副隊長、相談があるんですけど」

 ミリアは祈るような気持ちをおさえつつ、副隊長がどう出るか、おそるおそる上目遣いで窺っていた。副隊長のカクレイはミリアを一瞥したあと、ミリアには興味がなさそうに宣告した。

「やだ」

 氷のような冷たい態度。せっかくミリアは勇気を振り絞ったのに。引き下がれない。

「できれば、ふたりっきりでお話がしたいんです!」

「何回も同じこと言わせんな。忙しいから、やだ」

 副隊長は、まったく聞く耳を持ってくれないが、まわりはふたりのやりとりを逃さない。

「あーっ、副隊長がミリアちゃんをいじめているぞー」

「ミリアちゃんのお誘いを断った!」

「ミリアちゃんを、振ったー」

 部屋に居合わせた幹部からはいっせいに、カクレイ非難の大合唱。

「ちょっと皆さん、恥ずかしいんですけど」

 頬が熱い。赤面しつつ、ミリアは背後を振り返る。幹部が仕事そっちのけで、にやにや笑って仲よく並んでいた。宮都がクーデターの危険にさらされたばかりなのに、この人たちって緊張感がまるでない。

「不憫なミリアちゃん、俺が慰めてあげよう」

「いや、俺が。相談って、なんだい」

「あ、あの、仕事のことなので……副隊長に」

 ミリアが戸惑っていると、カクレイが一喝した。

「黙れ、散れ!」

 小うるさい副隊長の怒りは、買いたくない。皆は顔を見合わせて逃げ出した。

「ありがとうございました。副隊長」

 とりあえず、お礼を述べておこう。ミリアは頭を下げた。あれ、でも今、最初はこの人と言い争っていたような。

「礼なんかいいから。ほら、お前もぐずぐず悩まないで、早く隊務に戻れ」

 そう言われても、ミリアの心はすっきり晴れない。ふたりの会話を横で見ていた隊長が、口を挟んできた。

「まだ気にしていたのか、ミリア。あれは事故だ。俺の預け方も、よくなかった。口頭の指示だったからな。きみの、失敗への対応は適切だったし、なにも後ろめたいことはないよ」

「責任感強いのは、いいんだよ。だがな、済んだことをいつまでもめそめそするのは、間違ってんだ、莫迦」

 ば、か。莫迦、か。

 副隊長は口が悪い。ミリアもよく知っている。いつもなら傷つかないのに。真正面からそのことばを受けてしまった。

「し、失礼しますっ」

 ミリアは走って去った。カクレイには見られたくない涙が、両目にあふれていた。


 隊務室に残されたのは、ロアンとカクレイ。現在では、王宮を守護する組織・近衛隊の隊長と副隊長なんて、立派な肩書きがついているが、もとは宮都近隣の、村の喧嘩仲間。ふたりだけになると、昔の態度や口調につい戻ってしまう。

「あーあ、泣かせちゃって。つらく当たるなよ。ミリアがお前にやさしくされたいってことぐらい、分かっているんだろ」

 ロアンはカクレイを責めた。

「やさしさと、甘えは違う」

「おやおや、意地張っちゃって。気になるんだろ、ミリアのこと。宮都に来て、リョウランと本格的な三角関係になるなんて、どんな気持ちだい?」

「……別に」

 ロアンに冷やかされつつも、カクレイは涼しい顔と態度を変えなかった。



「だめだなあ、私。あれぐらいで」

 近衛隊の隊士たちは、いつでも戦えるよう魂をすり減らして働いている。少しでも力になれれば、とミリアも日々励んでいるが、先日の失敗はいただけなかった。

 王に提出するはずの報告書を、ぼんやりしてシュレッダーにかけてしまった。現場は一時、大混乱した。ロアンが提出までの時間稼ぎをし、カクレイがもう一度まとめ直したから大事には至らなかったが、ミリアは自分の迂闊さに嫌気がした。男だけの隊に入って、そろそろひと月が経とうとしている。いくら疲れて寝不足だろうと、そんなの言い訳にならない。王に従う者は寡兵。皆、多忙なのだ。泣いている場合ではない。

 ミリアは顔を洗って、隊務室に戻った。

「カクレイ副隊長、ミリア・ガーフィールド、これからカウンセリングルームに入ります」

 カクレイが作ったカウンセリングルームは、隊務室の隣にある。ミリアは隊務室側の扉から出入りするが、相談者は廊下側の扉から入る。

「ああ。今日は何人だ」

 つかさず、カクレイは耳にイヤホンをつけた。ミリアの顔は見ようともしないで、報告書を読んでいる。残念に思いつつも、ミリアは質問に答える。

「今日は、三人。赤、青、黄色です」

「一時間半、ってとこか」

「はい」

「午後五時から、総会だからな。あまり長くなるなよ」

「はいっ」

 気合いを入れて、ミリアは返事した。

「少しは、復活したのか」

「……気分は、超低空飛行中ですけど」

「低くても、ずっと飛んでいろ。飛び続けることが大切だ」

「はいっ。激励、ありがとうございます」

 ミリアは頷き、カウンセリングルームに入った。窓を開けて、締め切った部屋の空気を入れ替える。

 ミリアが隊士の相談者になったのは、カクレイの発案だ。

 人数が増えてしまうと、小さな意見が出づらい。不満も生まれる。雑談形式の相談、という形にすれば本音が出やすいのでは、しかも相談相手は女のミリア、とカクレイがはじめた。だから、カウンセリングルームでの会話は絶対に秘密だが、カクレイだけは盗聴器で内容を把握している。それに、個室で若い男女が一対一。ミリアによからぬことを働く隊士がいるかもしれない、という理由もあった。

 ミリアは希望者によるカウンセリングもしているが、一斉全員面談も担当している。日頃言えないことなど、ミリアに言ってしまおうという気楽な面談。隊長ですら、対象になっている。

 男だらけの職場は荒れがちだ。ミリアの入隊により、隊のマナーはずいぶん向上したという。

 ミリアは窓を締めた。机の上の赤い珠を押す。珠はふたつでワンセット。片方の呼び出し音が鳴る。誰が来るのかは、会うまで分からない。

 珠は、カウンセリングルーム前の掲示板に引っかけておく。持ち時間はひとり三十分と考えると、ミリアの緊張の持続具合からしても対応できるのはせいぜい三人。となると、珠は三つ。

 今日は赤、青、黄色の珠を呼び出す予定でいる。

 昨夜用意した珠は、朝までに全部なくなっていた。三人が、来る。ドアがノックされる。第一の相談者登場だ。

「どうぞー」

 向かい合って座ると威圧的だから、カクレイはソファに並んで話をしろと指導された。出す飲み物も、コーヒーや緑茶ではなく、紅茶かハーブティーにして癒しの空気を醸し出せ、と。

「失礼します……」

 現れたのは、一番組の隊士だった。精鋭揃いの一番組、悩みも迷いもなさそうに見えるが、最近多い。

 ミリアは隊士が握り締めていた赤珠を受け取り、隣に座った。まるで、恋人どうしのように。

「座ってください、いまお茶が入ったところ。キャラメルティーですよ」

 ほんのり甘い香りで、ミルクもよく合う。

「い、いただきます」

 隊士は一礼してお茶を飲んだ。ミリアはにこにこ待っている。話したくなるまで待つ。隊士はミリアに相談したくて来ているのだ。

「実は、組長のことで」

「なるほど。組長の」

「はい。マナシー組長って、ミリアさんにはお優しいのですが、どうにも私たちにはとっつきづらくて。お強い点は尊敬しますが」

「私たちは長い付き合いだから。なにせ、幼なじみ。だけど、ここでの話は絶対に秘密ですから、なんでも語ってください」

「ですよね、よかった。組長、隊の中ではとにかく厳しくて。稽古なのか、実戦のつもりなのか……先日は、組長の補佐ができて光栄でしたが、私も腕を負傷してしまって。組長が理想とする要求には、応えられなくて」

 はじまったのは、上司の愚痴である。これを受けとめるのも、ミリアの大切な仕事。先日、リョウランと酒家に突っ込んだのは、この隊士ひとりだった。さぞかしプレッシャーだっただろう。

「でもさ、リョウちゃ……じゃない、十人所属している一番組の中で、組長が認めて連れて行ったのはあなただけってことよね。自信を持っていいと思いますよ」

「そうでしょうか」

「うん、そうだよ。すごいです」

ミリアはうんうんと頷き返して話を聞いたが、青珠の持ち主……ふたり目の相談者も一番組隊士、しかも組長の愚痴だったことには、さすがのミリアも苦笑した。

リョウちゃん、容赦ないんだなー。わざと? 悪役キャラはカクレイ副隊長だけで充分だし。ふたりの相談内容をそれぞれ、さらさらっとメモして机の引き出しにしまう。

 ミリアは黄色珠を押すと、三人目の相談者がすぐに入ってきた。驚いた。噂をすれば、だ。

「黄色、リョウちゃんなの?」

 本日の相談者が全員、一番組とは。稽古や警備の都合もあるので、カウンセリングを受けるには時間の制約があるものの、こうも偏るとは。もしや一番組、問題組なのか。

「なんだ、びっくりした顔をして。あれ、幹部はあの珠、取ったらいけないのか」

「そ、そんなことないよ。誰でもなんでも大歓迎」

「俺、お茶な。緑茶。よし、この青いのにしようっと」

 聞いてもいないのに、リョウランは棚から勝手に湯呑を持ち出した。隊では最年少、ミリアと同じ歳だけにわがままなところがある。背丈はぐんぐん伸びても、童顔で幼い。けれど、剣術の腕は隊ではいちばん。そんな部分が、たまに反発を買うのかもしれない。

 ゆっくりと緑茶を淹れたミリアはいつものように、ソファに座った。

「珠、返してもらえる?」

「ああ」

 ふたりの手のひらが触れた、と思ったらリョウランはミリアの手首をつかんでいた。リョウランは不敵な笑みを浮かべている。これは、なにか企んでいるときの表情。

「どの隊士にも、こんなことしているの、ミリアさん? カクレイ副隊長の発案らしいけど、ふたりっきりでソファにでも押し倒されちゃったらどーすんの、これ」

 腕を押さえられているだけなのに、体がまったく動かない。リョウランは余裕の微笑を崩さないでいる。

「ほら、倒されちゃうよミオ。いいのかなあ」

「仕事だもの。こんなことするの、リョウちゃんだけだよ。私を、からかいに来たの?」

「うーん、運動?」

 かわいい笑顔なだけに、反論もできない。

「ぐぐぐ」

 胸もとには防犯アラームを隠している。いざというときは、助けを呼べばいい。カウンセリングルームの会話を聞いているカクレイが、飛んで来てくれるはずだから。

「ぐぐぐ」

 しかし、相手はリョウラン。幼なじみと力比べをしにきただけではないはず。

「ミオってさー、小さいときからカクレイのことばかり追っていたから、経験ないでしょ」

「け?」

「カクレイも、たまには遊んであげればいいのにな。カクレイ副隊長の力になりたくて、そばにいたくて、近衛隊を辞められないって、はっきり言ったの?」

「リョウちゃん、やめてっ」

 会話を聞いているのだ、当のカクレイが。

「ミオも十七なんだし、いつまでもうぶいままでいたら旬を過ぎて、トウがたっちゃうよ。俺でよかったら、いつでも喰ってやるけどね。今ここでも、いいよ?」

「莫迦っ」

 一応はミリア、カクレイに好意を示しているつもりなのだ。誤解されたくない。腕を塞がれているミリアは脚でリョウランの体を払おうとしたが、反対に押さえつけられてしまった。

「ふぇっ」

 すぐ近くに、リョウランの顔がある。ミリアは身構えたが、リョウランは失笑してミリアの唇をそっと指で撫でた。

「……かさかさ。好きな男の前に出るときは、グロスぐらい塗っとけ。唇に色気なさすぎで、キスする気にもなれない」

「だ、誰が! リョウちゃんにして、なんて、た、頼んでないからねっ」

「ま、それだけ元気があればだいじょうぶだね。失敗は今後の仕事で返していけばいい。あーあ。ミオは免疫のない男ネタでからかうのが、いちばん効果的」

 騙された……リョウランはミリアに相談しに来たのでも、からかいに来たのでもなかった。ミリアを励ましに来たのだ。

 リョウランが退室すると、カクレイが飛んできた。

「だいじょうぶか? ミリア」

 ソファに沈んでいるミリアを、カクレイは引っ張って起こしてくれた。

「スミマセン。してやられました」

「や、やられた? あいつに?」

 カクレイは目を瞠った。

「あっ、別にあの、変な意味じゃなくて、一本取られたっていうか、リョウちゃんに完敗です」

 先ほどのリョウランのことば、カクレイはどう感じただろうか。あなたがいるから、近衛隊に留まっているのは事実です、ミリアは叫びたかったが、まさかここで叫べるはずもなく。

「じゃ、五時から総会な」

 あっさりしたものだ。ミリアに危害がなかったことを確認すると、カクレイはカウンセリングルームを出ていった。

「まさか、聞いてなかった、のかなあ」

7は長いので、分割します

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