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スケルトンの奴隷商  作者: ぎじえ・いり
遠い遠い話
67/67

スロウランサー

 あれはいつだったか?

 まだ血気にはやってつまらないことを言いがかりに切っ先を誰にでも、いつでも突きつけていた頃か。

 有名、無名を問わずに襲いかかり、夜更けに襲いかかられては、これ幸いとにやりと笑う。

 夜の街から別の夜の街へ。

 一槍さえあれば、たとえ万人とても突き殺そう。

 ところがその時はたまたま手元に槍がなかった。

 酔っていたというのもあるだろう。

 だがいつ襲われないとも限らないと分かっていたのに、手放していたのは慢心だったのか。

 とにかく得物がない。

 月明かりがあるにはあるが暗く狭い路地だった。

 その向こうで月明かりを反射する細い刃を構える男の顔はよく見えない。

 既に抜き身か。

 間違えようもなく待ち伏せだ。

 認識した瞬間に鼓動が僅かに早くなる。

 これは焦りからではない。

 己を殺そうという気概が相手から感じられた。

 自らを奮起するために叫ぶことなく、相手を自らよりも下だと暗示するために声を上げようとすることもなく、こちらをじっと見ている。

 これは間違いなく手練だろう。

 手慰みに木を削るのに使っていたナイフはあるが、それではいかにも手練風なレイピア使いを相手にするには心細い。

 元きた道を戻るにはいささか入り込みすぎた。

 通りに出る前に突き殺されていることだろう。

 恨みか、それとも金か名声か。

 狂星と恐れられたこの己を殺すこいつはいったい誰なのかと薄く笑うと、それを覚悟と取ったか距離を詰めてくる。

 せめて得物があればな、と見ればすぐそこに竹竿が無造作に壁際の樽に立てかけられていた。

 頼りなさげな細さだったが、ないよりマシかと取ってナイフで先を斜めに落とし、構えると意外に馴染む。

 さてとばかりに右手を外して、軽く己の胸を、心臓を叩く。

 それに反応して鼓動が跳ねる。

 その間に迫りつつあった手練をじっくりと見ながら竿先を闇に隠すように構え、どう突き出すかと思った刹那に左肩に鋭い痛みと衝撃。

 レイピアの間合いの外。

 魔法の類を疑うまでもなく、肩に矢が生えていた。

 射られたのだ、と分かった時には体勢が崩れている。

 呼吸が漏れ、鼓動が乱れる。

 既に走り込むようにして目前の手練は迫る。

 とにかく突かなくては。

 血走った目が目についた。

 釣られるように突き込もうと力を入れた瞬間に分かる。

 これは躱される。

 突く瞬間を明らかに読まれたと悟る。

 だが体は既に動き出している。

 どこにいるとも知れない協力者の二の矢が飛んでこないとも限らない。

 この一突きは必殺でなければならない。

 半身になって躱すと同時にレイピアを己に向かって突き込んでくる相手を幻視した。

 何か手はないものか。

 そうしてわずかに動いた眼に崩れた体勢から突き出されつつあった竹竿がわずかにたわんでいるのが写った。

 鼓動は更に乱れる。

 こうしてじっくりと見られる瞬間は極僅か。

 その刹那にも満たない零の直感、その時にはまるで呼吸をするような自然さで両の手が動いていた。

 どうすれば曲がるのかなんて疑問もなく。

 曲げるという決意すらなく。

 ただ刺さると思った。

 すでに相手は躱しつつあるにも関わらず、突き通るという自明。

 まるで夢。

 曲がる。

 歪みなく、滑らかに。

 己の視線をただなぞっていく。

 己の体から放たれた竿先はゆるやかな弧を描いて手練の目を貫き通す。

 幾千、幾万と突き込んできた最短のルートではなく、むしろ遠回りでゆっくりとすら思えるその一突きは最初から決められていたかの如く、半身になって躱したはずの手練の目をえぐり、そのまま頭蓋を突き通していた。

 そうか。

 己はこれを知るために、今日、槍を持たず、そしてここに得物が用意されていた訳か。

 得心した時には竿先を引き抜き、しぶく血潮を浴びるようにして抜いたナイフを胸元へと突き入れた。

 既に亡骸となったそれを盾代わりに担いで路地を抜ける。

 失敗を悟ったのか、二の矢は来ない。

 そのことに安堵するよりも、あの夢のような竿先の軌道のことを考えていた。

 夢心地に。

 温かな血潮が冷えて固まろうとも、己の心は恋を覚えた少年のように躍動し、熱く滾っていた。

 この一突きこそは最短、最速なり、と。


 槍の一突きとは言わば点だ。

 突き込んだ一点、そこさえ外されれば躱すのは容易。

 どれほどに鍛え、腕を磨こうとも変えられない。

 なればこそ、躱すことのできない最速を目指してきた。

 常に一突きで事をなすのが最善なのだ。

 どこを突くか。

 どの瞬間に事を終えるのか。

 見定め、突く瞬間には相手にそれと知られないように自然に。

 動作の始まりを悟られれば神速であっても必ず躱される。

 相手が知るのは常に「突かれた」という事実のみであり、「突く」と知られてはならない。

 躱されようとも、二突きが一突きとなる神速であれば良いのだと考えていた時分もある。

 だがしかし、だがしかしだ。

 突けば戻し、また突く。

 二突きすれば実際には三手となる。

 一度突いてしまえば必ずそれは戻さなければならない。

 引く手に合わせて己と同じ技量者が飛び込んできたら二の突きはない。

 ねぐらに戻って刺さった矢を抜き、手当を終えてから立て掛けてあった竹竿を構える。

 誰ともない影が立つのを夢想して突き込む。

 ゆっくりと。

 相手が突かれたと分かるほどに。

 躱そうと身を捩る影。

 その目が動くのをただ視線で追うと、竿先はその視線を追うように曲がる。

 それは獲物を狙う鷹の急降下。

 たとえどれほど逃げ惑おうとも自由に羽ばたき、舞い降りる鷹からは逃げられない。

 躱そうというのなら、躱せば良い。

 その先をじっくりと追えば良いのだ。

 そのためには速さはむしろ邪魔だ。

 見定めるだけの間がいる。

 だからこそゆっくりと、ゆっくりと突く。

 どのように躱そうとも、竿先は相手の目をえぐり、そのまま頭蓋を貫く。

 そういえば昔聞いた童話にそんなものがあったか。

 どんなに早い獣でも、早いままに走り続けることはできない。

 そんな獣たちをどんな獣よりも遅い亀が抜き去っていく、そんな話だ。 

 どれだけ試技を繰り返していたのか。

 竿は耐えきれずに爆ぜるように折れた。

 槍を新調しなくてはな。

 そう思い、外に出ると既に朝になっていた。


 様々な槍を求めたが、結局、理想のものはなかった。

 曲がるだけでは駄目なのだ。

 芯があり、真っ直ぐ突き込む時にはブレず、弧を描く時にはしなやかでなければならない。

 名だたる名工にも頼んでみたが、理想には程遠い。

 あの感覚を思い出そうと竹竿でも試してみたが、それもまた違った。

 本当にあの夜は夢だったのかと思うほどだ。

 視線の上を滑るように竿先が伸びたのは幻だったのか。

 どんな名工でも己の理想は手に余るらしく、最終的にどれだけの金を積まれようとも己の要望に応えようという職人はいなくなった。

 ならばとばかりにとある職人から基本だけを学び、後は凶星の噂の知られていない土地でひっそりと工房を作り、そこでただ己のためのみの槍を創り始めた。

 一槍こしらえては試し、少しでも良くなったと感じれば命のやり取りを求めて裏で殺しを引き受けた。

 以前のように誰彼ともなく襲うのではなく、ギルドを通したのは実戦と試作のための費用が一度で済むから都合が良かった。

 無数の失敗作を折っては捨て、新しい技術を求めては殺しを請け、その報酬にはるか遠くの職人の技法書を取り寄せさせることもした。

 魔法というよりも、呪いじみた製法すらも試し、それでも理想は遠く、気がつけば今、既に己が若くはないのだと覚えることも多くなった。

 それでも己はまだ続けている。

 理想は分かっているのだ。

 答えはそこにあるのだ。

 ただ、己がそこに至るに足る技術と知識がないだけで。

 鋼を薄く伸ばして鍛える。

 それを筒状にして重ねる。

 人を5人は殺さなければ手に入らない金額の触媒を使って、製法ではなく呪いの類じみた方法でもって強度を高める。

 今の己の肉体では重い槍ではあの時の技には届かない。

 必要な重さだけを残して、極力軽く、強靭に。

 あと少し。

 あと少しでそれは叶う。

 逸る気持ちを抑えて火を起こし、鋼を鍛え続けた。

 幾日も、幾月も、幾年も。

 ある夏の日だ。

 殊更に危険に思える仕事を請け、その代価でもってようやく必要な触媒が揃った。

 直前の失敗作はほんの少しだけバランスが悪かった。

 それさえ直せば完璧なのだ。

 神というのは技の中のみに現れるもの。

 ならば祈るのは己自信の技に、つまりは己自信にだ。

 どうか失敗してくれるなよ。

 どうか間違ってくれるなよ。

 己自信に定めた法でもって、ただ寸分の狂いもなくそれを為すだけなのだ。

 どうか震えてくれるな。

 どうか。

 どうかこのまま。

 あぁ、どうか。

 どうか。

 既に研ぎ上げていた刃を付けた時、思わず笑いが漏れた。


「ふふっ、ははっ!はっはっは!!」


 出来た。

 ついに出来た。

 構えずとも分かる。

 これは今まで手にしてきた中で最上、最高のもの。

 二度となし得ぬ魔槍に他ならない。

 それを手にして作業着のまま外に出た。


「さて、待たせたな」


 外には無数の鎧姿。

 違和感を覚えてよくよく見れば鎧姿の中身が骨身だった。

 魔物の類。

 しかもそれを使役するとは。

 ただひとりの生者、黒い外套の年若い男は背負った大剣を抜き放ち、答えることなくじっと己を見る。


「なんといったかな……昔聞いたな。そうだ。ビフロンス」


 意外なことに反応が返ってきた。

 殺気の抜けた丸い目でもって己を見る。

 だが、声はない。

 暗殺者の流儀を分かっている。

 これは果し合いなどではない。

 金の対価に人を殺す。

 ただそれだけの行為だ。

 最後に請けた危険な仕事。

 成し得たならば、即座にねぐらを引き払って隠れるべきだ。

 そう判断するだけの仕事だったが、タイミングが悪かった。

 いや、良かったというべきか?

 もう道筋はできていた。

 触媒を得て、術を使い、それで望みのものが手に入る。

 長年求めてきたものが、すぐそこに転がっているのに等しい。

 それを逃げ出してしまえば、同じもの、同じ工房、同じ気候、同じ環境のすべてが整うわけではない。

 叶わないかもしれない。

 そう思えば逃げるよりも先にやるべきことがあった。

 それだけだ。

 結果として、己にも暗殺者が掛かり、それが訪れたのがまさに今という訳だ。

 仕上げている最中にも嫌な気配というのは確かに感じていた。

 人気のない野山の中のあばら家。

 憚る必要もないとばかりに一等危険な人間を寄越したか。


「ビフロンスは女だって聞いていたけどな」


 話しながらも何気ない風でもって立ち位置を変える。

 骨身の魔物をどう潰していくかイメージを描く。

 こんなところか。

 どうやらこの男は驚いてはいたが、話に気を引かれていた訳でもなく、こちらが立ち位置を決めるのを待っていたらしい。

 どうにもそこだけは暗殺者らしくない。

 己が構えると同時に男は剣を虚空に振った。

 一斉に骨身が動き出す。

 手にした剣を構えて殺到してくる。


「さあ、始めようか」


 最初に己へと辿り着いた骨身が剣を振り上げるのに合わせて前に出て突く。

 速く、まっすぐにだ。

 眼窩を突かれた骨身は頭を砕かれ。

 ああ、慣れてやがるな。

 こちらが槍を抜き去るよりも先に斬撃が降る。

 それを右手を槍から外して躱すと胸を、心臓を叩く。

 鼓動が跳ねる。

 刹那に世界が止まるのを感じる。

 鼓動が早まった分、世界が遅くなる。

 別にその中を己は速く動ける訳じゃない。

 ただその分、よく物が見えるだけだ。

 無理矢理に躱す動作のままに槍先を抜かずに砕いた骨身の頭ごと振り回して引き倒し、そのまま背面で槍を持ち替えつつも反対の柄でもって切りかかってきたもう1体を打つ。

 その影からレイピアが突き込まれてくるのをのんびりと眺める。

 既に別の角度からまた別の1体が間合いに入ってこようとしている。

 柄で打つのに合わせて距離を置くように後ろに跳ぶ。

 そこに必殺としか思えない矢が飛んできた。

 その間は完璧。

 一体どれほどの将がこの域で人を動かせられるだろうか。

 どれほどの練度の兵がその将の意のままに従えるだろうか。

 不可避。

 口を開けてわずかに頭をそらして受ければ矢はそのまま頬を破って突き抜けた。

 その衝撃のままに体を曲芸じみた動きで回して1体を打ち据え、舞うように別の1体の頭蓋を突き壊す。

 完璧だ。

 なんて完璧なんだろうか。

 思い描いた通りに槍は舞い、突き進む。

 まるでこの身が槍そのもののよう。

 既に己の手足はなく、ただ意識のままに骨身を突き崩す。


「完璧じゃないか」


 槍も。

 それにこの敵も、だ。

 すべての攻撃に無駄がなく、それを倒すにはこちらもまた無駄を打てない。

 常に完璧な動作が求められ、その通りに動いている限りにおいてのみ、生存が許される。

 極度の緊張にあって、それでもなお休むことなく身体は動く。

 あと1年遅ければ、鼓動がここまで長く持たなかったかもしれない。

 あと1年早ければ、己が掌中から失敗作の槍がこぼれ落ちたかもしれない。

 出会ったタイミングもまた完璧。

 槍と己の技と、すべてが整い完全であると証明するのにこれ以上の相手はいるまい。

 何もかもが理想の中で、それでも己はあの技のみは使わずに骨身を打ち倒していく。

 分かっている。

 骨身はいくら打ち倒しても意味などない。

 将を落とさなければ、こちらは削られていくだけだ。

 矢が放たれる度に背筋の凍る弓使いが1体だけなのが救いだ。

 もしも同じレベルの弓兵や同等の手練の剣士、槍兵がもう1体でもいたら、最初の一合で終わっていた。

 強引に1体を退けると、男に向かって走り出す。

 途中に二度斬撃が己に落ちてくるのは分かってる。

 鼓動が乱れつつある。

 僅かに目がかすむ。

 最初の斬撃は槍で弾く。

 そこに別の1体の斬撃が迫る。

 これが体勢を崩さずに、体幹を残したままでは躱せないのは分かっている。

 だから仕方無しに今までとは動き方を変える。

 槍を放り投げて、倒れ込むように身を投げ出す。

 既に弓兵の技量も、そして癖とでも呼ぶべきリズムも分かっていた。

 今までいた場所に矢が迫り、それを変わりに躱せない斬撃を放っていた1体が受けた。

 放った槍を起き上がりざまに飛んで受ければ、目前と言える距離に大剣を構える男の姿がある。

 無数につけられた傷が痛む。

 破れた頬は呼吸を乱す。

 既に鼓動はバラバラで、驚きもせずに待ち構える男の姿もかすみがちだ。

 それでも俺はそこで構えた。

 骨身の魔物も、飛んでくる矢のことも、すべてを忘れて男だけを見た。

 鋭く息を吸い込む。


「せい!」


 吐く息は更に鋭く。

 男子の姿がはっきり見えた。

 そうだ。男子だ。

 年若いとは思ったが、思った以上に若い。

 男子が持つが故に大剣に見えたが、実際にはそこまでではない。

 その刃が受けに回るか、攻めに回るか、戸惑いが見えた。

 迷っているならば、こちらが先に動いてやろう。

 これまでとは違い、始動が分かるように突いた。

 その目を狙って。

 この最初の突きに比べれば、鈍ったとすら感じる一突きだった。

 男子もそう思ったのか。

 ハッとしたように躱しに入る。

 掛かった。

 男子の目が流れる。

 その目をただ追うと槍先が己の視線を追って男子の目へと迫る。

 更に大きく男子の目が見開かれる。

 完璧だった。

 何もかもが。

 後はその目を突き破り、頭蓋を突き通せば己の今までの研鑽が無駄ではなかったと分かる。

 まるでそれを認めるかのように男子は笑った。

 笑った?

 脈打つ鼓動が乱れる。

 おかしい。

 刃先と男子の目とはほんの指先ひとつの距離だ。

 なのにそれが縮まらない。

 さっきから己の槍は、己の視線のままに男子の目を追っている。

 なのにそれが追いつかない。

 なぜ?

 答えを求めて視線がずれた。

 ずれた視線に合わせたかのように男子の目と、己の槍とが離れていく。

 そして答えを見た。

 男子の後ろに影があった。

 己の槍から永遠に引き離すように、男子の腕を引く鎧姿が。

 そして永遠に交わることはなくなったとばかりに己の槍は彼方へと伸び切り、男子の影から伸びるように接近してきた鎧姿には一振りのナイフが握られていた。

 ああ、そうか。

 腕利きは1体だけじゃなかったか。

 立ち位置を調整していたのは向こうも同じか。

 そして待っていたのも同じ。

 掛かったのは向こうじゃない、己の方だ。

 正解だと言うように、己の胸に、乱れた己の鼓動とは違う衝撃がひとつ。

 それは驚くほどに軽く、あっさりとトンとただ押されたようでもあった。







「今度こそは、と思ったんだがな」


 今度こそは終わりだ。

 そう思ったからこそ笑った。

 しかし、終わらなかった。

 生き残った男子はじっと脇で佇むナイフを持った骨身の鎧姿、スケルトンを見る。


「まったく、なんで、あんたは」


 男子の言葉にスケルトンは答えない。

 あばら家の屋根に陣取ってた弓使いもまた側に来ていた。

 こちらにも当然のように言葉はなく、ただ他に敵がないことを告げるように頷いた。

 仕事はこれで終わりだ。

 後は戻って報酬を受け取るだけ。

 その前に盛大に血を流して倒れる男を見た。

 そして思う。

 恐るべき使い手だった。

 特に最後のあの技だ。

 どこまでも追ってくる。

 決して逃れられない。

 確かにそう思えた。

 もしも知らなければ絶対に殺られていた。

 いや、知っていたにも関わらず、死を覚悟した。

 もう一度、ナイフ使いのスケルトンを見る。


「もしも同業者の仕事を間近で見られるチャンスがあるなら、当然見ておくべきだ。無ければ頼めば良い、か」


 自分が受けた仕事を今回、この男に再依頼しておいて良かった。

 この技は見なければ、知らなければまず掛かる。

 間違いない。

 知っていて掛かったにも関わらず、それでも死を覚悟したのは男子が見た男の技よりも数段上の技のキレだったからだ。

 滑らかで、完成されていた。

 槍が追ってくるという次元ではない。

 すべてが必然。

 さながら夢を見ている如く。

 いったいどれほどの研鑽の果てに、この技を得たのか。

 そしてどれほどの努力の果てに、この槍を得たのか。

 それを知る術はもうない。

 語るべきだったろうか。

 そう思ったのは一瞬だ。

 男子が魔法を使う。

 そして1体のスケルトンが起き上がる。

 

「会って、話して、少しでも知ってる奴のことを殺せる奴の方がどうかしてる。それが人でなしにならない条件、だったな」


 スケルトンに言葉はない。

 ただカクカクと動いた顎が鳴らす音だけが男子の耳に響いただけだった。


例えあの怪しく光る凶星すらも突き落として見せようぞ。

男は常々そう嘯いていた。

もしかしたら別物語の主人公だったかもしれない人。

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[一言] 更新ありがとうございます。
[一言] 文章に引き込まれました。
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