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スケルトンの奴隷商  作者: ぎじえ・いり
遠い遠い話
63/67

人殺しの話

男は思っていた。

どうせ人でなしだろう。それならば、と。


男は思った。

子どもなんだ。それならば、と。

 直上から降ってきた1本の矢によって、あっさりと男は倒れた。

 矢を受けた男は、一度だけ頭をこちらに向けようとしたが、その前に俺自身で剣を抜いてとどめを刺す。

 男はそれきり動かなくなった。

 襲われたのは3度目。

 そのことを恐ろしいと思う以上に、面倒だ、という思いが勝っている。

 そんな思いを振り払うように、剣についた血を払う。


 この街ではスケルトンを引き連れて動くことを禁じられていた。

 既に噂は広がっている。

 死人の傭兵団。

 ビフロンスの再来。

 呪われた落とし子。

 俺の剣で死ねば、即座に俺の玩具と化すと、そこらの大人にも本気で恐れられていた。

 そんな噂はどうでも良い。

 傭兵として雇われ、もらうべき代金はもらっている。

 問題は、この殺し屋たちの存在だ。

 雇われた以上は、この街から出ることは出来ない。

 決っている期間が過ぎるか、それともこれから戦うべき敵を打ち倒すまでは。

 つまり、逃げることが出来ないのだ。

 少なくとも、もう1体か2体かは、スケルトンを増やせるように言おう。

 するすると手近な家の壁、そこを這うツタを伝って降りてくる1体のスケルトンを見つつ思う。

 相変わらず、いつの間にという早さで手近な家屋の屋上を陣取り、そこから射抜いていた。

 今、連れているスケルトンはこの1体のみ。

 早い段階でこのスケルトンが気付き、知らせてきたのでうまく距離を取りながら移動できたが、そうでなければ危なかったかもしれない。

 人気のない路地に入るのと同時に間合いを詰めてきて、ダガーナイフを引き抜くその様は十分な手練のように思えた。

 先回りするように指示したスケルトンを、都合よく分かれたと考えたのか、腕の割には考えの浅いことだ。

 死体の側に長居するのはマズイ。

 そう思って離れようとすると、降りてきたスケルトンが弓を掲げた。

 それほど広くない路地の元来た方、向こうの通りの喧騒を背に、男が歩いてきていた。

 男はまっすぐにこちらを見て、俺を目指すように近づいてくる。

 口笛を吹きながら。

 仲間か。

 そう判断して構えると、男が声を上げた。

 まるで、天気のことでも話すように。


「よう大将?ずいぶん機嫌が良さそうだな?」


 小柄な男だ。

 もしかすると、俺よりも低いかもしれない。

 背を丸めて歩いているので、余計にそう見えた。

 腰に下げたやや幅広のナイフを、抜いて、回転させ、そのまま鞘に戻す動作をしながら近づいてくる。

 短く刈り込んだ赤毛と、簡素な革鎧に身を包んだその姿は傭兵風。

 顔には笑み。

 殺し屋にしては、随分陽気だ。

 だが、ただの通りがかりにしては、近くに血を流して倒れている死体があるのに、暢気すぎる。


「機嫌?自分のことじゃないのか?」


 剣を突き出し、かたわらのスケルトンが矢をつがえると、男は足を止めた。

 それは隣のスケルトンが矢を絶対に外さない距離と言えた。

 訳が分からない相手だ。

 俺を殺したいなら、返り討ちが成功して、安心するその瞬間か、あるいは宿に帰り着いて気を抜いた時にするべきじゃないだろうか?

 少なくとも、今までの殺し屋はそうしてきていた。


「そうだな。俺は機嫌が良い。俺は機嫌が良いと、周りのすべてがゴキゲンに見えるのさ」


 手を広げて敵意はないとばかりに笑顔を見せる。

 こちらは剣を抜き、弓を構えているというのに、目に入ってないと言わんばかりだった。

 そうして、まるで舞台役者のように大仰な礼をする。

 背筋を伸ばしても、子どもである俺と変わらない背の高さだった。


「最近、噂のビフロンスの再来。今まさに大陸の注目を一身に集めているスターに会えて、この上なく、な」


 これが男との、ニックとの出会いだった。





 どうやら自己紹介は必要ないらしい。

 かたわらのスケルトンは、全身を鎧と巻きつけた布で覆い隠しているので、傍目にはその骨身は分からないのだが、中身についても十分に知っているのだろう。


「それで?あんたは?」

「ニックだ。大将の足元に転がってるマヌケの同業者だよ」


 男、ニックはあっさりと自分が殺し屋であると明かした。

 しかし、襲い掛かってくる気配はみじんもない。

 さっきから、簡単に獲物に手を掛け、抜いて見せてもいるのだが、それは単なる手慰みとでも言いたいようだ。

 意味もなく武器に手を掛け、それを抜くのはチンピラか、下衆な傭兵くらいのもの。

 そう考えれば、この男は大した腕ではないのかもしれない。


「なら、やるべきことは話し合いじゃないんじゃないか?」

「いや、話し合いだよ。同業者がみんな仲間って訳じゃない。大将だってそうだろう?同業者同士で殺し合って、金を貰ってる。因果なもんだな」


 ニックはそこでにやりと笑った。

 右側の口の端だけを不遜に釣り上げて。


「まあ、依頼者が違えば敵と変わらないってことさ。っとー、違うな。依頼者が同じでも敵ってこともあるか。まあ、そこのマヌケとは別口だな」

「なら、用はなんだ?俺は面倒は嫌いだ」


 死体を囲んで世間話なんてのは、アイツがやることだ。

 俺は何があっても、アイツと同じにだけはなりたくない。


「そうだな。じゃあ、場所を変えるか。ところで、大将はそこの死体は必要なんじゃないか?」


 そう言うと、どこからともなく麻袋を取り出す。

 それは、足元の死体を入れても十分な大きさだ。

 用意が良い。

 まるで、図られていたように。

 ニックは持っていた麻袋に手早く暗殺者の死体を入れ、ひょいと軽く担ぎあげる。

 小柄であっても、腕力がある。

 警戒すべきか?

 しかし、死体を担いだその姿はあまりにも隙だらけだ。


「さて、じゃあ行くか。俺も面倒は嫌いなんで、最初にはっきりさせとくか。俺と組んでくれ。そうしたら、俺は大将の面倒を解決する」


 それだけ行って、元来た喧騒へと歩き出す。

 そうしてこちらを見ないで告げた。

 付いて来ないならこれきりだ、と。

 死体を担いでいるというのに、随分と図太い神経をしている。

 片手で死体を支えながら、空いた手はやはり例の手慰みを続けていた。

 付いて行くか、それとも相手にしないか。

 傍らのスケルトンの弓を下ろさせ、俺も剣を仕舞う。

 傍らのスケルトンをちらりと見たが、周囲を警戒するように首を動かし、俺の顔が視界に入った時に、少しだけ動きを止めた。

 彼女なら、なんと言うだろうか?

 未だに他人のことは良く分からない。

 信じる、信じないの話ではなく、そもそも他人というのをどう考えたら良いのかが分からない。

 敵ならば斬るだけだ。

 味方ならばその必要がないというだけだ。

 金を貰ったら、指示に従い、指示がなければただ待つだけ。

 金が切れたら次の戦争を探して歩く。

 それだけだった。

 しかし、今はそれだけと言えない事態が起きている。

 自分で考え、決めないといけない。

 殺し屋はさっきので最後だろうか?

 分からない。

 でも、俺は生きている。

 殺したいと願う人間がどこかにいる。

 もしかしたら、それはアイツかもしれない。

 その考えに、苦いものがせり上がる。

 もしもそうなら、逃げないと。

 もうあの場所がどこにあったのかも分からないくらいに、遠くに来た。

 違うんじゃないか?

 そう思うと、手が震えた。

 確かめないと。

 まだ、ニックの背中は見えている。

 確かめて、それから考えれば良い。


「行くぞ」


 俺はスケルトンに声を掛け、麻袋を背負った背中を追った。





 着いたのは、街のはずれのボロボロの家だった。

 扉は角が朽ちかけ、窓には乱暴に板が打ち付けてある。

 家というよりもこれではまるでネズミの巣だ。


「まあ、屋根さえあれば良いって値段で買ったからな」


 聞けば、俺の今ある金だけで何軒も買えるような、そんな値段だった。

 入ってすぐの間を抜け、開け放たれている次の部屋に入る。

 窓の板の隙間、そこからのわずかな光にほこりが舞う。

 ニックが床に置いてあった蝋燭に火をつけ、あまりにも影の濃すぎる部屋の中が少しは明るくなった。


「さて、それじゃあ話の続きをするか」


 乱暴に担いだ荷を下ろすと、部屋の中央にあった小さな丸テーブルに腰掛け話す。

 他に座るべきものは何もなかったので、壁に身を預けて聞く姿勢をとった。


「暗殺者の組合のことは?」


 何も知らないので、簡単に首を振る。


「そうか。まあ、殺し屋稼業ってのは、あまり表に看板を出して客を取るような商売じゃない。フリーで食っていくには大変を通り越して、無理に近い」


 誰もが簡単に街なかで人を殺して、それでそのまま終わりという訳にはいかないことは俺でも分かる。

 戦場とは違う。

 誰が殺したのか調べる人間がいて、捕まれば牢屋に入れられたり、場合によっては殺されることだってある。

 戦場以外で人を殺せば面倒が多い。

 それくらいはもう十分に分かっている。

 そんな面倒事を進んで起こす人間が堂々と店を構えられるはずがない。


「だから、ひと目につかないところで客を取って、それを実際に殺す人間に紹介する仲介業者ってのがいる。要は殺す人間と、仕事を請け負う人間を分けるってことだ。請け負った人間はいちいち誰から請け負ったなんて言わないで暗殺者に仕事を頼む。そうすりゃあ万が一しくじっても、そいつは何にも知らないから調べられても誰が頼んだか分からない。頼んだ方は安心って寸法だ。殺す方もいちいち仕事を頼まれる度に違う人間に会わなくて済むから顔が売れない。暗殺者が大将みたいなスターになっちゃ、仕事がやりづらくってしょうがないからな」


 ニックはそう言って笑った。


「その、大将ってのはやめろ。俺はただのガキだ」

「ははっ!こんなおっかないガキがいてたまるか。俺は目を合わせるだけで怖くて仕方ないんだ。あんたは立派な大将だよ。死人の傭兵たちのな」


 俺の言葉をまるで意に介さずに、ニックは続ける。


「まあそういう仕組みってのが、この街にはできてる。まあここくらいにでっかい街になれば、大体似たようなのがあるんだろうよ。さて、こっからが本題だ。俺はその組合員だ。だから多少は情報が取れる。大将みたいなまったく縁のない人間よりはな。大将が俺に協力してくれりゃあ、大将の面倒事の根っこからどうにかできる。大将にゃあ気の毒だが、お待ちかねの戦場はまだまだ遠いぜ」

「どういうことだ?」

「先物買いだよ。大将はなんたってスターだからな。他の国に買われると一大事だ。だからこの先に起こるゴタゴタを見越して今、雇っちまった。結果として、敵さんもどっかから大物を引っ張ってこれないかって躍起になってる。だから向こうからは仕掛けて来ないし、実はこっちはこっちで兵士も装備も足りていない。向こうが待ってくれるってんなら、その内に兵力の再編成と拡充をしたいのさ」


 だから、今は待つしかやることがない。

 そう言って、ニックは道化じみて両手を挙げた。

 道理で。

 街を歩くのは構わなくとも、許されているのはそれだけだ。

 準備が出来たら呼び出すとだけ言われ、スケルトンは半ば取り上げられるように預けさせられた。

 そうしていたらこの面倒事が始まった。

 雇った軍の方では、特に対処をする気はないらしい。

 俺の実力を買っているというよりも、単にこの街には余力がないだけなのだろう。

 噂の傭兵なら、自分でなんとかしてくれって訳だ。


「まあ、ここまで話せば大将が狙われる理由は分かんだろ?戦場で会う前にスター様は消えてくれって敵さんの要望だな。それが分かったところで、ツテのない大将はどうしようもないだろ?」


 それは確かにそうだ。

 この街の人間のことすら誰が誰だか分かってないのに、足を踏み入れたことのない街の人間のことなんて尚更分かるはずがない。


「そうだな。方法は色々あるが、一番単純なのは大将がほんの少し金を詰めばそれで片がつく。俺が組合に口を聞いて、大将が金を出せば、それであっちの依頼主が死ぬ。それで終わりだ。簡単だろう?」

「頼まれた仕事を放棄するのか?」

「依頼主が死ねば、暗殺者は普通、それ以上動かない。よほどの事情がない限りな。金は貰ってるんだ、余計なことして返り討ちになんて合いたくない、だろ?」


 提示された金額は、確かに大したことのない額だった。

 今回の仕事の金で払っても十分に余る。

 むしろ、それだけの額で人殺しを請け負う人間がいることが驚きだった。

 俺の内心を声で聞いたようにニックが笑い出した。


「具体的な額は知らないが、砦落とし(ヴァージン・キラー)の大将の金額と比べられてもな。大将は戦場で何人殺す?それに比べればひとり殺すのなんてそんなもんさ」


 確かに人を殺すのは簡単だ。

 どんなに腕の立つ兵士でも、3体のスケルトンを同時にけしかければ必ず死ぬ。

 それで失敗しても、5体なら?10体なら?

 人を殺す、その行為だけならばそんな値段かもしれない。

 でも、その値段はそれだけだろうか?


「……人が死ぬ理由にしては、安すぎるんじゃないか?」

「ん?……ああ、なるほど。殺す方は手間賃としか思ってなくても、殺される側にとっちゃあ、そいつが自分の生命の値段って訳だ。大将は頭が良いな」


 生命の値段。

 金でやり取りされる生命。

 いや、それを考えるなら、既に自分だってそうじゃないか。

 戦場に立っていれば、それだけでいつかは死ぬだろう。

 アイツの知らないところで死ねればそれで良い。

 それ以外に願いなんてない。

 そう思っていたはずなのに、今もこうして生きている。

 戦場に立つことで、自分の生命を金に変えて。


「まあ、そういう訳だ。んで、こっから俺の話だ。俺も依頼を受けてるんだが、どうにも厳しそうでな。組合に申し出て、別の奴に変えてくれって言っても良いんだが、それだとせっかく今まで築いてきた信用に傷がつく。これでも評価されててな。今回のを成功させれば、組合の役員になれるって話もある。そうすりゃ、後は悠々自適だ。大将が協力してくれりゃあ間違いない。どうだ?大将の面倒にも片がつく。悪い話じゃないはずだ」


 金で人を殺す。

 今までと一緒だ。

 何も変わらない。

 戦場で殺してきた数は、もう数字で想像なんてできない。

 殺してきた。

 大勢を。

 金で人を殺してきた。

 そこに違いなんてあるか?

 違いなんてない。

 ないのだが、ニックの話を聞いて考えてしまった。


 誰かが誰かに金を払い、誰かが誰かを殺す。

 金を払えば、誰もが誰かを殺すことができるという。

 それは街の仕組み。

 公然と人を殺せない街で出来上がったルール。

 もしも、殺された人間が自分の生命の値段を知ったら、どう思うのだろうか?


 アイツといたあの場所では、生命に値段なんて無かった。

 いや、そもそも生命が無かったに等しい。

 周りには死しかなかった。

 それがこうして街にいれば人が溢れ、誰もが生きている。

 誰に命じられなくとも、自分の意志で毎日動いている。

 街では誰も殺しあったりなんてしていない。


 俺はそれが嬉しかったのかもしれない。

 戦場とも、アイツの場所とも違う。

 死がなくて良い場所。

 そんな場所で人を殺す暗殺者という存在がそれを汚しているようにも思えた。

 そんな街を汚す男が協力しろと言う。


「迷うってんなら、明日まで待っても良い。それに、標的を殺すのは俺だ。大将はただの手助けだ。……そうだな、大将にはひとつ教えとく。人から殺してくれなんて頼まれるような奴は、たいてい人でなしか、人殺しだ」


 人でなしか人殺し。

 既に殺し屋に狙われている俺はどっちだ。

 それなら俺は人殺しでありたい。

 人でなしにはなりたくない。

 人でなしという言葉に、ひとりの老婆が頭に浮かぶ。

 アイツのようにはならない。


「今回のは人でなしの方だ。直接自分で殺しはしない。その分、めいっぱい他人にやらせるクズだな。それも剣や魔法で殺すんじゃない。言葉や金、そういう道具で相手を縛って、相手の生きる道を全部塞いじまう。そういう奴だ。だから殺しても良いのか?なんて聞くなよ。これはサービスだ。人間ってやつは大義名分ってのがあった方が動きやすいからな」

「俺とは関係のない奴なんだな」

「ああ。ないな。そういう相手を殺すのは気がとがめるか?」

「分からない。俺にはそういうのは分からない。でも」

「ん?なんだ?」


 頼まれて人を殺してきた。

 それは街だったり、国だったり、そういう大きくて良く分からない相手に頼まれてだ。

 今更じゃないか。

 たまたま同じ戦場にいるというだけの敵を殺してきた。そいつらと俺には何の因縁もない。

 俺は人殺しだ。

 街には大勢が生きている。

 中には人殺しもいる。

 街を汚しながら。

 それを許せないというのなら、俺は街の中には入れない。

 俺は街の中にいたい。

 あんな死体しかない山の中は嫌だ。

 街を汚してしまったとしても、街にいたい。いさせてほしい。


「あんたはどうなんだ?あんたは人でなしか?それとも人殺しか?」

「……ただの人殺しだよ。目の前の飯を食って、明日の飯の心配をする。人を殺すのはそれが金になるからさ。そうすりゃあ飯の心配しなくて済む。余った金で酒が飲めるし、女も抱ける。殺すのが好きって訳じゃない。たまたまだ。気がついたらそれが一番得意になってたってだけだ」


 ああ。

 そうか。

 この男はアイツとは違う。

 今の言葉にはどこか恐れがあった。

 それで分かった。

 この男も俺と同じ人殺しなのだ。

 人でなしは恐れない。

 だから、人でなしは街にいてはいけない。

 あんなのが街にいて良いはずがない。


「同じ」

「あん?」

「なんでもない。あんたは俺を助ける。俺はあんたを助ける。それで良いんだな?」

「そうだ!やってくれるんだな!」


 たった一言だった。

 たまたまだ。

 その一言に引かれる思いがあった。

 その言葉には、俺とは無関係と思えない何かがあった。

 だから、口にした。これから標的とする奴とは逆の言葉を。


「……これで、あんたと俺は関係ありだな」


 俺の言葉にニックが口を開いた。

 なにごとかを呟くように動いたが、言葉はもれなかった。

 ただ、目が見開かれ、そして開いた口を閉じる。

 そうして息を抜くように笑った。


「ふっ、あるさ。俺と大将は会った。話した。人と人の関係なんて、それだけだろ?」

「あんたはそいつのことを知っていたのか?」


 ニックの足元の麻袋をさす。

 ニックは笑みを消して言う。


「悪いな。少し動いて情報を手に入れてた。噂のスターがどんな腕前なのか見たかった。もしも殺されるようならそんな奴は邪魔でしかないからな」


 試されたのだ。

 だが、ニックが依頼者ではないらしい。

 それなら良い。


「あんたがホントのことを言っていないかもしれない。だが、それはどうでも良い。約束は果たせ。それを破るのは人でなしだけだ」

「勿論さ。よろしく頼むぜ、大将」


 差し出された手を俺は軽く握り返した。

 それは小さく、ゴツゴツとした手だった。






 改めて、詳細をニックが語る。標的は金貸しだった。

 どこの金貸しからも相手にされなくなったような人間相手に金を貸し、そうして期限が来たら奴隷として売り飛ばす。


「それは奴隷商じゃないのか?」


 一度、見たことがある。

 子どもも大人も関係なく、値札が下げられ売られていく。

 繋がれた子どもが諦めたような目で俺を見ていた。


「自分で在庫は持たないからな。奴にとっては人も投資の対象でしかないんだろ。目的は所有じゃない。人を金に変えるのが趣味なんだ」


 その金貸しのことは街の人間なら皆知っているという。

 それでも、そいつから金を借りる人間は後を絶たない。

 そうしなければ、後は死ぬしかないからだ。


「この街は……大丈夫なのか?」


 足りない兵士。借金に苦しむ市民。人を金に変える狂人。

 どう言葉にして良いのか分からなくて、訪ねるとニックは苦笑を返してくる。


「まあ、大将が頑張って次の戦いに勝てば大丈夫だろうな。はっきり言っちまえば、詰みかけてる。……まさか、大将、そんなことも知らないで雇われたのか?」


 頷きには呆れた表情が返ってくる。


「次からはまず街を見な。人に話を聞け。街から出てくる人間と、入る人間、どっちの方が多いか観察しろ。もしも今みたいに感じたら、雇われるのはやめとくんだな」


 その言葉にも頷くと、ニックは笑い出した。


「大将がはじめて子どもなんだって思えたよ。っと、こんな時間か。腹が減ったな。飯でも行くか」


 場所を変え、一軒の定食屋に入ると、ニックは酒を頼んだ。

 俺の前には山盛りの肉と野菜。

 ある程度の酒が入ると、ニックはいろんな話を俺に聞かせた。

 傭兵として戦場に出た話。

 そこで出会った仲間のこと。

 話を聞いているだけで苛立つような貴族の上官の話。

 ある時、その上官を殺して、国を出たこと。

 話さないこともあった。

 例えば仲間との別れ。

 例えば家族のこと。

 どうして暗殺者になったのか。

 だが、それは話さなくても分かるような気がした。

 この男は俺と同じだ。

 結局、流れ着いた先で、行き着いたことをしているだけなのだろう。

 そう思って、話を聞いていたら、突然軽く頭を殴られる。

 背後に立ち尽くすスケルトンを手でおさえて文句を言うと、ガキが訳知り顔して聞いてんな、とむくれた顔して怒られる。

 出会って、話して。

 ニックとしたのはそれだけだ。

 だが、ニックは言う。

 それが人と人との関係なのだと。


 悩むことはないのだと。

 そう言われた気がした。

 会って、話して。

 それだけで、良いのだと。






 準備をして、決行するのは出会ってから5日後と決めた。

 口笛を吹きながら歩くニックと共に、街を歩き、何気ない風を装って金貸しを観察した。

 金貸しはいつも大勢の護衛を引き連れて動く。

 10人、20人は当たり前。

 問題なのは数ではなく、ひとり、相当な手練がいるという。


「あれは、絶対に無理だ。むしろあれひとりが本当の護衛で、残りはみんな盾とか壁とかそんな意味なんだろうな」


 俺も一度だけ見た。見た瞬間に目が合った。

 殺気も何もなく、ただ見ただけだったのに、恐るべき洞察力だった。

 手練れの男、黒い鎧に銀髪の若い男は、一瞥しただけで何もせずに、そのまま金貸しと共に過ぎ去っていった。

 確かに、あれをなんとかするのは至難の業だと思えた。

 手持ちのスケルトン、すべてをぶつけないと無理かもしれない。

 でも、それは出来ない。

 手元にいるスケルトンは弓使いと街に抗議して増やした1体、それにあのマヌケな暗殺者の死体で造った1体の3体のみ。

 それでも、なんとかするしかない。

 作戦は簡単だった。

 俺があの手練をなんとかして、ニックがその間に金貸しを殺す。

 それだけだ。


「大将、あんたなら、大丈夫だろう?」


 そう言ってニックは笑ったが、正直、分からない。

 金で人を踏みつけ、狂ったように笑ったあの男を見た。

 耳障りな笑い声。

 一緒だ。

 アイツと一緒だ。

 人でなしは街にいてはならない。

 街にいて良いのは人だけだ。

 その思いだけが、俺を突き動かしていた。






 その日は雨が降っていた。

 酷い雨だった。

 出歩く人は少なく、どの家も通りも人の声は一切聞こえない。

 そんな雨の日の夜。

 屋敷を囲う塀の隅を、1体のスケルトンがするすると登り、中へと入っていく。

 俺はそれを見送って、正門前へと向かう。

 門は待つこと無く開いた。

 中には既に足に矢を受けて倒れる護衛。

 殴り、気絶させて、屋敷に向かう。

 途中、出くわした護衛には気づかれる前に矢が飛んで行く。

 玄関口からどうどうと中へと入ると、すぐさま笛の音が鳴り響いた。

 出てきた護衛は10人足らず。

 矢を浴びせ、近づいてきた相手には2体のスケルトンと共に、容赦なく剣を振り下ろす。

 全員が床に倒れても、手練の男は出てこなかった。

 事前に調べておいた金貸しの寝室へと向かうと、その前で出くわす。

 言葉はなかった。

 その目には殺気。

 まるでそれだけで人を殺せるようなそんな冷気を帯びていた。

 弓使いのスケルトンが矢を放ち、同時に残りのスケルトンと間合いを詰める。

 男は矢を最小限の動作で躱し、スケルトンは無視して俺へと剣を振るってくる。

 あまりにも素早く、それに力強い斬撃だった。

 剣ごと断ち切られるような、そんな剣筋。

 並走していたスケルトンが間に入っていなければ、実際にそうなっていたのかもしれない。

 ただの一合で1体のスケルトンが鎧毎打ち砕かれる。

 その間に、元暗殺者のスケルトンが剣を振るい、弓使いの矢が飛ぶ。

 だが、それすらも読んでいたかのように剣も、矢も躱し、そのままひるがえった剣の前に元暗殺者がただの死体に返っていく。

 あまりにも絶望的な力量の差があった。

 でも、それだけだ。

 アーレスはこんなものではなかった。

 本気を出したアーレスの斬撃は目では追えなかった。

 アーレスの剣には常に死がまとわりついていた。

 それに比べれば。

 ひとつの魔法式を展開して、剣へとそれをまとわせる。

 ダークコート。闇をまとわせるだけの簡単な魔法だ。

 しかし、剣にまとったそれを見て、男は警戒するように距離を置く。

 魔法を使えば誰でも警戒する。当然の反応だ。

 例え、ダークコートを知っていたとしても、わざわざそんなものを使う以上は剣に何かの仕掛けがあるのかもしれない。

 そう思えば距離を取る。

 しかし、俺が欲しいのは時間だけだ。

 それが稼げれば、それで十分。

 男と、俺との間に一瞬の間が出来る。

 それに合わせたように、ガラスが割れる音が扉の中から響く。

 時間だ。

 一瞬、男が俺と残った弓使いのスケルトンを見た。

 俺と目が合い、僅かばかりの時が確かに流れた。

 マヌケだ。

 間髪入れずに部屋に飛び込めば、間に合ったかもしれないのに、男にはそれができなかった。

 それは、俺とニックが期待していたほんのわずかの間だった。

 男が寝室の扉を開け放つと、冷たい風と飛沫が通路まで吹き込む。

 開け放った扉から中が見えた。

 既にニックが、ベッドの前に立っていた男にナイフを突き立てていた。


「よお大将。ずいぶん機嫌が良さそうだな?」


 その言葉は、俺へと向けたものかもしれなかったが、男は自分に向けられたものと思ったのか。剣を振りかぶって、ニックに斬りかかろうとした。


「ならオレはオマエの機嫌を頂くよ」


 口笛が聞こえた気がした。

 ニックの顔には笑みが張り付いていた。

 その笑みのままに低い姿勢で走る。

 男の数倍早く。

 チンピラ?

 誰がだ?

 あっという間に懐に至って、最小の動作でナイフを突き出していた。

 挑発に乗って剣を振りかぶっていた男のそれを避けるように。

 それでも身をよじってまるで転倒するように躱せたのは、男の方も尋常では無いことを現していた。

 ニックはそのまますれ違って、俺の隣に来ると、ナイフを慎重に構える。

 どこにも隙がない構えで。


「嘘つき」


 どこかすねた口調になっているのが自分でも分かった。

 何が自分では無理、だ。

 どう見ても、1体1なら俺の数倍は強そうに見えた。

 まだニックは笑んだままだった。

 むしろ、俺の声に一層笑みを強くしていた。


「勝算はこれが一番高かった。実際に成功したしな」


 確かに金貸しは死んだ。

 だが、問題はこの手練の男だ。

 雇い主を守りきれなかったマヌケだ。

 この男はどうあっても俺とニックを殺したいはずだ。

 男は無言のままだった。

 その目に込められた力は血が吹き出しそうなほどだ。

 男が剣を構える。もう油断はしないとでも言うように。

 ニックが俺にちらりと目を向けた。

 それが合図だったように男が走り出す。

 ニックはその時にはもう俺を見ていない。

 先に行く。確かに目はそう言っていた。

 それにはっとなって走りだした時には、やや1歩出遅れている。

 鋭い斬撃は間違いなく、ニックを刻み込もうとして、空を切る。

 ニックは跳んでいた。

 そのまま軽業師のように身を翻してナイフで突きかかる。

 男の剣はあざやかに曲線を描いて、空中のニックに襲いかかっていた。

 まるで予期していたような、そんな決められた線をなぞるように。

 1歩、出遅れなければ間に合ったかもしれない。

 だが、俺は1歩出遅れている。

 間に合わないのか?

 そう思った刹那、俺を何かが追い越していった。

 矢だ。

 1本の矢がまっすぐに突き進んでいく。

 それは俺の足りない1歩を埋めるように、男に至る。

 男の肩の鎧を打ち砕き、血が宙を走った。

 それでも剣は止まらなかった。

 ニックの革鎧を易易と切り裂き、血と湯気が上がるのが見えた。


「あぁああああ!」


 まっすぐに走った。

 剣を固定するように腰だめにして。

 それは男の鎧を砕いて、腹へと突き刺さる。

 瞬間、衝撃に襲われ、吹き飛ばされる。

 蹴られたのか、単純に突き飛ばされたのか。

 弓使いのスケルトンが転がる俺を支えた。

 そして再び男を見ようとした時には、もう部屋に男の姿は消えていた。

 突き破られた窓から冷たい雨が吹き込み、そこにあるのは動かない金貸しの死体と、呻くニックの姿だけだった。






 ニックを助け起こそうとして、すぐに気がついた。

 腹が破れるように裂けている。

 絶対に助からない、そう分かる傷だった。


「なあ、大将。実は、言っておかなきゃいけないことがある」


 血の気の引いた顔で、震える唇でニックは言葉を絞り出していく。


「実は、な。もうひとつ依頼があったんだ。大将を殺せって、あれ、俺のところにも来てたんだわ」


「受けてた。俺それ。このブタを殺った後で、大将がアイツと殺り合ってくれれば絶対に間違いないってな」


「ごめんな。ごめんな」


 そう謝って、ニックは死んでいった。

 俺にはそれが、怖い、怖いって言っているように聞こえて、仕方がなかった。

 死ぬのが怖いって、泣いてるみたいに思えた。

 まるで子どものように。

 まるで、あの場所にいるあの子どものように。


「じゃあ、なんで、あんたは」


 魔法式を展開する。

 そうして、また1体、スケルトンが増えた。






 定食屋でニックが口笛を吹いていた。

 上機嫌そうに酒を口へと運んでいく。

 俺の前には山盛りの肉と野菜。

 さっさと大きくなれと言わんばかりに。


「俺はな、思うんだよ。人殺しと人でなしの違いってなんだろうってな」


「人が人を殺す。魔物だってよほど食うに困らないとしないことを、食うに困ってない奴ほどやりやがる。おかしくないか?」


「俺か?確かに俺もそうかもしれない。だがな、俺は関係ない奴しか殺さないって決めてるんだ。殺すのは金のため。快楽で殺すなんて奴には反吐が出る。それに恨みとか、復讐だとか、そんなことじゃ殺さない」


「関係ない奴を殺してるって聞きゃあ、なんて酷い奴だ。人でなしだって言う奴もいるだろう。でも、ホントにそうか?」


「会って、話して、少しでも知ってる奴のことを殺せる奴の方がどうかしてる。話しちまって、ソイツのことを少しでも知っちまったら、もうソイツを殺すなんて俺には出来ないね」


「何も知らないから殺せるんだ。関係ないから殺せるんだ。それが俺たち人殺しだ」


「俺は人殺しでも、人でなしじゃない。絶対に。……なあ、大将、これが上手くいったら、なんか一緒に商売でも始めようぜ!スケルトンを売って暮らす、それで良いじゃんかよ!あのブタがいなくなったら、奴隷商人も仕入先が欲しいはずだしな」


「なあ、大将、そうしようぜ」








いつの間にか、キリの良いご評価を頂けておりましたので、その記念です。

ありがとうございます。


メリー(と言うには、男しか出てないし血なまぐさいな)

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