思い出話
一応、補足。
蒔かれた者はスパルトイの事です。
竜の歯を蒔き生まれた者、それが神話上のスパルトイです。
接近する俺たちの姿に気付いたレッドボーンが襲いかかってきた。
骸装も効果無しか。
俺だけじゃない。
エキオンにもシャドウにも隊長にも襲いかかる。
どういう命令を下したのか、それとも俺の知らない特殊な魔法式でもあるのか。
いや、あえて率いるスケルトンをレッドボーンに限定した事で、それ以外のスケルトンでも襲えとしたのか?
それだとあちらにもいるはずのデスナイトにも襲いかかっている事が謎だが。
レッドボーン達は次々と折り重なるように殺到し、手にした剣を槍をナイフを振るう。
それを前を走るエキオンとシャドウが斬り散らして行く。
エキオンの一振りで複数のレッドボーンが吹き飛んだ。
間合いに一切入らせず、そしてエキオンの間合いに入ればたちまちに斬撃の餌食となる。
シャドウの剣はまるで宙を走る稲妻。
走った後には頭を、背骨を、首を斬り飛ばされたレッドボーンが崩れ落ちる。
馬の速度をゆるめずに、さらに加速させつつ2体が道を作って行く。
絶対的な魔法の盾が俺を守っているかのようだった。
その後ろを俺が付いて走った。
後ろは隊長に任せてある。
耳に響くのはがしゃがしゃと骨が動き、ぶつかり、軋む音。
リッチまでの距離はまだある。
それでも進むしか道はない。
何体の赤い骨を打ち倒したか。
唐突に周囲のレッドボーンが引いた。
「干潮でも迎えたか?」
エキオンがつまらない冗談を言う。
レッドボーンは急に糸が切れた操り人形のように棒立ちしている。
「圧殺で終わらしちゃ、つまらないって思ったんだろう?」
好都合だ。
来いと言うなら行くだけだ。
2頭の骨だけの馬にまたがる2体の骸骨騎士。
さらに後ろにも1体のそれ。
赤い骸骨たちに見守られながら進んで行く。
嫌なパレードだな。
グレンデルを倒した時のそれとはまるで違う。
突如訪れた静けさの中、馬を進めた。
「久しいな。坊や」
行き着いた先はわだかまる闇の上に立つ1体のスケルトンの魔術師。
リッチ。
そして俺に魔法を教えた婆。
両脇に立つのは2体のデスナイト。
「驚きだな。俺の事が分かるのか?」
「勿論だとも。それでなければこの身体になった甲斐がない」
表情が無いのに婆が笑ったのが分かった。
「やっぱり俺に教えてない魔法がたくさんあったみたいだな」
婆が今度こそ声を上げて笑う。
耳障りな笑い声。
生者をあざける悪魔の哄笑。
「それでも頑張ったじゃないか。蒔かれた者にデスナイトのもどき。嬉しいよ。坊やが立派に育ってくれて」
「言ってろ。わざわざ会いにきてくれたみたいだが、目障りだ。今すぐ滅んでくれ」
「おや。いいのかい?知りたくはないのか?正しいデスナイトの製法。レッドボーンの製法と操り方。そしてリッチへと転生する秘術。付いてくるなら教えてやるぞ?」
舞台に立って酔ったのか。
いやに科白めいていて、そして白々しかった。
これ以上、モンスターと話しても意味は無い。
お互い昔を懐かしむような間柄じゃないだろう?
「お前の目的は分かっているよ。俺をデスナイトにしたいんだろう?そういう魔法を掛けられているのは知っている。しかし、そうはならんぞ」
幼少期の記憶は無い。
何をされたのかは不明だ。
しかし、何かされているのだけは絶対だと分かる。
「おや?意外に分かってないんだね。既にデスナイト程度はどうとでも造れるさ。それよりもあたしが造りたいのは伝説のスケルトン、デスだよ。それをお前の身に宿す。それがあたしの目的さ」
杖を振ると、婆の両脇に立っていたデスナイトの1体がリッチの側に寄る。
「懐かしいだろう?」
「アーレス」
「そう。お前の父親がわりだ」
「やめろ」
「つれないねぇ。昔はあんなに懐いていたのに」
「やめろ」
「あたしも当時はこれで完成したと思っていた。あたしもまだまだ甘かったね。2体、3体と造り出してやっと気が付いた。デスナイトを造り出す魔法には続きがあるって。お前に掛けた魔法は無駄じゃなかった」
それを知ってリッチになったのか?
婆がデスナイトの身体をなでまわす。
「あたしも最初は興味本位だったんだよ。生きた人間にネクロドライブを掛けるとどうなるか?他にも色々掛けたものさ」
脳裏に真っ黒な何かが思い浮かんだ。
ひどい砂嵐にまみれた真っ黒な記憶。
「やめろ!」
「最初は何も起こらなくてがっかりしたものさ。適当に育てたら殺してデスナイトにするつもりだったのに、坊やにあたしと同じアンデッド創造魔法の才があると分かったら、つい面白くなっちまった。何もかもを知っているのが自分ひとりってのは寂しいだろう?」
ねっとりと、からみつくような声で言う。
「親の気持ちなんて人並みな感情を楽しんだりもしたさ。しかしね。やっぱり知りたいんだよ。一度死んだ者が違う何かになって蘇る。こいつは一体なんなんだ?この欲求はやみつきだよな?」
不意に頭に今まで造ったアンデッド達が思い浮かんだ。
スケルトン。スケルトンソルジャー。ハイスケルトン。
ゾンビ。ゾンビソルジャー。デュラハン。グール。
ワイト。スケアクロウ。ヒュージスケルトン。デスナイト。
そしてスパルトイ。
両の手を空へと挙げたスケルトンを見て思った事は何だった?
それは一言。
こいつは一体なんなんだ?
「なあ、坊や。坊やもやっぱり思っただろう?そして知りたくなっただろう?こいつらは一体なんなんだって?」
「俺はお前とは違う。お前は狂っている。死なざる者たちに興味を抱き過ぎたんだよ。俺は違う。自ら死なざる者になりたいとはもう思わない」
大戦に身を投じたのは逃げ出したかったから。
常に大勢の人と交わり、戦うあの場所には死が溢れるのと同時に生が溢れていた。
俺があそこで抱き、育てた感情は死者への疑問ではない。
そしてエイディアスでの生活を思う。
エイディアスでは生が溢れていた。
その生の中に確かに俺はいたのだ。
「俺は生きて戦い、戦って死ぬ。そこから先に興味は無い」
剣を構えた。
もう何も聞く必要は無い。
何も言う必要は無い。
エキオンも隊長も剣を構えた。
シャドウの印に魔力を流す。
「ふう。まあ、坊やの気持ちには興味なんて無いんだ。ちょっと演出したくなっただけで、意味なんて無い。それよりも、坊やに見せたいモノがあるんだよ。だから来てもらったんだ」
婆の足下の闇が溶けて消えた。
ダークコート。
それは闇をまとわせるだけの単純な魔法。
それが溶けて消えた後には骨の山が現れた。
明らかにそのひとつひとつがデタラメに大きい。
「さあ、こいつは一体なんなんだろうねえ?」
婆が楽しそうに笑い、杖を振るった。




