仏頂面の裏側
話が終わり、立ち上がった将軍と副官らしき男に声を掛けた。
将軍ではなく、その男と話がしたかった。
「ナー、お前は先に村へと行け。ルークとサストレにも話す。準備をしておけ」
ナーはリッチの件を気にして、渋ったが、エキオンに大丈夫だと言われ、結局は先に部屋を出た。
「それで、私になんのお話が?」
将軍も既に部屋を出ている。
中には俺とエキオンと男だけ。
「今まで名前を聞いていなかったな。何度か顔を合わせているのに」
「ええ。そうですね。ただ、姓はあなたが思っている物で間違い無いと思いますが」
その男の顔はどこかナーに似ていた。
「アウトノエ・ナーと申します。ハルモニアがいつもお世話になっております」
その男はナーの兄だった。
「なるほど。俺の所にどんな人間を寄越したのかと思っていたが。身内か」
俺の元で集めた情報の横流しや意図的な情報隠蔽の心配が無い。
こんな朴念仁を寄越す理由は何なのか?と、一時期は真剣に考えさせられたが、聞いてしまえば実に簡単な理由だった。
「ああ、閣下のその想像は少し違うと思います。確かにアレには閣下の情報、特にスケルトンを使って何らかの企みを行ってはいないか、あれ程の力を持つ人間がただの平民として一切武力の行使をせずに奴隷商人として暮らしていたのか、それを調べさせてはいましたが」
なるほど。
どこかの国の工作員の可能性をずっと疑われていたのか。
「アレが閣下の下にいるのはアレの意志です。防衛戦が終わった後、突然、閣下の下に行かせてくれと自分から言い出しましてな。驚きましたよ。アレは今まで戦いの事、特にラグボーネに復讐する事しか頭に無いと思っておりましたので」
「復讐?」
あまりナーの、ハルモニア・ナーの言動からは想像しにくい感情だった。
「そう復讐です。私たちの父親もここの兵士でしてな。それがラグボーネの不意打ちで命を落としました。母もそのショックで生気を無くし、元々病弱だったのも相まって後にあっさりと死にました。私たちはラグボーネを憎み、絶対にあの国の連中を根絶やしにしてやると誓ったものです」
当時のこの国の教育の成果でもあったようだ。
今ではそうでもないらしいが、一時期、ラグボーネを獣の集まりとして教育していたらしい。
「まあ、私は人並みに恋愛なんぞをして、結婚しましたので今はそこまでの情熱は無いのですが、ハルモニアは違いました。ずっと兵として以外の自分を持たずに生きてきました。当然、あの防衛戦にも参加しています」
塀の中の防衛陣、その一角を指揮していたのがアレだった。
魔法を打ち込まれ、続く兵に食いつかれ、陣は崩れる寸前。
諦めるしかないのか、復讐はこれで終わりか、そう思った時に自軍が息を吹き返し、一気に敵を押し返した。
訳も分からず、攻勢に転じ、街の中へと入り込んできた敵を一掃。
そして塀の外へと向かった先で見たのが、多くのスケルトンを従え、ラグボーネを駆逐する俺の姿だったらしい。
「スケルトンを従え、剣を掲げたそのお姿のなんと素晴らしい事か!アレがあんな顔をして一生懸命に話す姿は両親を失ってから初めて見ました」
一度、言葉を切った。
何か言いにくそうに、考えた後、話す。
「我が妹ながら恥ずかしい話ですが、あれはその時の感情が、未だに分かっていないと思いますが、恋だったとは自覚出来なかったようでして」
「は?」
ちょっと待て。
今までのあいつの言動のどこにそんなモノがあった?
思い返す。
仏頂面としか言いようの無い表情ばかりが思い浮かぶ。
エキオンを見た。
特に肯定も否定もしない。
エキオンが気付いていて、俺が気付かない事に恋愛感情なんてものがあったら、俺はあまりにも人間として終わっている気がする。
「冗談だろう?いや、嘘だろう?」
「この期に及んで、そんな話を閣下にする理由がありません。閣下の今までの行動にはある程度の信が置かれております。籠絡の手段にしたいなら、もっとマシな娘を送り込みますよ」
その顔は憮然としていた。
自分の妹の個性をよく分かっているのだろう。
「アレの望みは閣下のお役に立って死ぬ事ぐらいに思い詰めておりますので、どうぞご自由にお使いください。アンデッドの方がお好きと申されるのなら、死んだ後にもこき使って下さればアレはきっと喜ぶでしょう」
血縁関係の繋がりが俺には良く分からないから言えた義理では無いが。
「それで良いのか?」
「私はラグボーネに必死に突っかかっていっていたアレの顔しか知りませんでした。アレのああいう普通の娘らしい顔を見れただけで良かった事にします。アレに子をなし、育て、幸せになる未来なんて無いと思っていました。最後まで戦い抜ければ、とだけ考えておりましたので。ただ、出来るなら生かしたままで使ってやって欲しいとは思ってますよ」
ああいう顔とはどんな顔なんだか。
そう考えて浮かんだハルモニア・ナーの顔はグレンデルを倒し、放心していた後の笑い顔だった。




