忘れるな
「それで?それに対応する策ってのもあるんだろうな?」
「まずは情報です。さすがにその数がそっくりそのまま西から流れてきてはいないでしょう。再編して、どの程度の戦力になっているか、将軍にはこれを調べて頂きたく」
「一応、聞く。それはブラフでは無いんだな?」
将軍の目には今までで最も強い力がこもっていた。
その目を強く見返す。
「絶対に起こります。リッチは必ずこの地へと来るでしょう」
「それだ。なぜここに来る?それはつまり、若造、お前がいるからなんだろう?」
あの婆が言っていた科白を思い返す。
ここで嘘をついては得ようとしている信頼に泥を塗る。
「死を身につけるのなら、誰よりも死を恐れよ。忘れるな。お前にとっての死は、誰のそれとも違うモノになるぞ」
「あん?なんだ?それは?」
そしてその続きは。
「忘れるな。お前の死はあたしのモノだ。自分の都合で死んで世界に別れを告げられると思うなよ」
その言葉は、心の奥底に沈めた何かを刺激した。
じわりと汗が噴き出す。
それなのに、体は冷えていた。
「婆は俺を何かに使いたいと考えていたようです。それが何なのかは分かりません。街を襲うなんて大それた事をするからには、時が来た、そういう事だと思います」
「それならお前がどこかに逃げれば良い」
「逃げ切れるとは思いません。相手は戦力を持ち、目的を持ち、そして諦めない意志を持っています。どこかで必ず迎え撃つ必要があるのです。その助力を、将軍にお願いします」
ただの人だったならば逃げれば良かった。
婆はいつ老衰で死んでもおかしくない、そんなくたばり損ないだった。
それを信じて逃げ出したのだ。
しかし、婆は人でない者になった。
アンデッドの寿命がどれほどなのかなんて研究した人間はいない。
虫ではないのだから、それが1年2年で死ぬような脆弱さで成り立つ存在でないのは絶対だ。
もし俺が、自らを檻に閉じ込めて、楽園を信じられるような人間だったなら、俺は大戦で死んでいる。
婆は来る。
俺を殺しに。
そして俺を人でない者にするために。
将軍は口を開かなかった。
俺なら迷わず放り出す。
しかし、将軍は俺では無い。
祈るような気持ちで下げた頭に降る言葉は無かった。
「将軍。宜しいでしょうか」
ナーが口を開いた。
「何だ?」
「将軍は閣下に借りがあるはずです」
「借りだと?」
「そうです。この街に今、私たちがいられるのは閣下のご助勢があればこそです。その恩に、報いる必要があるのではありませんか?」
「それなら公爵がコイツを貴族にしただろうが」
「それは公爵がなされた事。将軍とは関係がございません」
将軍が鼻を鳴らした。
「あの時、負けていれば将軍は間違い無く殺されていたでしょう。ラグボーネにとっては長年邪魔をしてきた憎き敵将の首なのですから。将軍はその恩に報いるべきです」
思わず顔を上げて、ナーを見た。
何を言っているんだ?コイツは?
「誰に向かって物を言っているのか、分からない訳が無いよな?」
「もちろんであります」
面白く無さそうに、将軍はもう一度、鼻をならした。
「まだ質問の答えを聞いてなかったな。策はあるんだな?」
将軍の顔を見つめた。
将軍の顔には複雑な表情が浮かんでいた。
しかし、目の奥に意志の光が灯っているのが見える。
「まずはそれを聞かせろ。そのリッチの情報は策がどうであれ、必ず集める。お前を襲う前に、戦力補充のためにこっちが襲われる事だってあり得る以上、情報を集めるのは絶対だ」
どこかでこんなやり取りがあったな、と思い、あの防衛戦の前の日だった事を思い出した。
頭を下げた俺の後ろで、ナーも、そしてエキオンも頭を下げていた。




