退役軍人
村に常駐させるスケルトンの数はソリアで補充してきた分でとりあえずは足りた。
ただし、ビフロンスの在庫は空のままだ。
それでもまずは村を優先させる事に決めた。
その上で、スケルトンの補充は随時行う。
村では新たな問題が浮上した。
スケルトンを任せた村の男が、それを特権階級だと勘違いしたのだ。
スケルトンを笠に着て、身勝手な振る舞いをするようになっていた。
すぐにスケルトンを取り上げ、領主である俺から貸与された武力を私的に使った罪でエイディアスに送る。
この男は強制労働としてエイディアスの塀の修復作業に回された。
「まだ早かったようですね」
ルークが口を開いた。
執務室にはルーク、ナー、そしてエキオンとバンザイが揃っている。
「そうだな。人となりを調査していても、その人間が力に酔うかどうかはやってみなければ分からない、か」
まだ村の人間にそこまで任せるのは早かったか。
他のスケルトンを預けていた村人からもスケルトンは回収した。
しかし、それでは現状、何もかもを俺とナーとルークで行わなくてはならなくなる。
それでは俺の理想にはほど遠い。
「それでも俺がいなければ村が立ち行かなくなるようでは困る」
「冒険者を雇いますか?」
「それでは費用がかかり過ぎだ。経費の面で考えるなら軍を頼った方がまだましだろう」
ただし、それで寄越されるのが見習い兵クラスなら、現状の村人に任せた方が良い。
そもそも軍には余裕が無い。
来るべき次の戦いへの準備は既に始まっていると言えた。
負傷した兵の中から退役者も出ているはずだ。
そこまで考えて、思いついた。
なぜこれを思いつかなかったんだ?
ナーを見る。
ナーにそれを言うのはお門違いか。
こいつにはこいつの役目があるのだろう。
「ラグボーネとの戦いで負傷し、退役した軍人は多いのか?」
「少なくはありません。現状、戦いでの功と負傷の具合とで退役補償の査定を行いながら、少しずつ処理している最中であります」
なるほど。それならちょうど良い。
「なら、その中から何人かをこちらに回せないか打診してみて欲しい。そうした人間の雇用の受け入れ先として紹介してくれればそれで良い。条件としては最低限の戦う能力が残っていて、指揮もこなせる人間で頼む」
ルークが微笑んだ。
「考えましたね。最近まで軍紀に縛られていた人間なら、そうそう問題は起こさないでしょう。指揮能力があるならスケルトンを操るのにも都合が良い」
ナーにはすぐにも街に向かわせた。
ひとりの人間が村へとやってきたのは、それから1週間後だった。
執務室に入ってきたのは軍服に身を包んだ中年の男だ。
背はあまり高くない。
がっしりとした体つきに赤い短髪。
戦う者の威容が外見に現れていた。
「ペドロ・サストレです。よろしく」
そう言って右手を差し出した。
左手の袖はふらふらと揺れていて、その中身は無い。
片腕を失い、それで退役を余儀なくされたようだ。
「片腕で冒険者をやるつもりだったそうだな」
「この年まで戦いに身を置いていたのでしてな。そう簡単には戦いから離れられませんよ」
聞けば軍では曹長だったそうだ。
現場の叩き上げで得た階級は伊達ではないだろう。
貴族である俺にも、へりくだった所は無い。
街を守ってきたのは自分達である、そんな自負が感じられた。
「剣は振れるんだな?」
「なんなら後ろのと打ち合って見せましょうかい?」
エキオンの事も知っているようだ。
もしかすると、防衛戦の時に近くで戦っていたのかもしれないな。
「いや、それには及ばない。サストレにはこれを渡しておく」
「なんです?これは?俺が泊まる部屋ですかい?」
渡したのはふたつの古鍵。
ナーに目で合図して、2体のスケルトンを部屋の中へと入れさせる。
ソリアで入ってきた新顔のスケルトンと、片腕を失ったカタブツである。
「噂の英雄殿のお仲間ですな」
面白がるように目を細める。
「サストレにまずは、この2体を任せる。この2体はその鍵を持っている限り、絶対にお前の言う事をきく。それと、村の中のふつうのスケルトンにも指示を出せるようにしておく。それで畑で作業する村人の警護、ならびに水路から現れるモンスターの排除を命じる」
宜しくな、そう言いつつサストレはカタブツの肩を軽く叩いた。
遠慮も気後れも無いのは、防衛戦の時に共に戦ったという意識があるからか。
カタブツの方は軽くのけぞった後、また直立した。
「それの名前はカタブツだ。俺が適当につけた名前なんで変えても良いぞ。スケルトンソルジャーだから腕はそれなりに立つが、利き腕を無くしているので剣は振れない。それでも盾の扱いは並の兵以上だ。うまく使え」
「全く反応がありませんが、大丈夫なんで?コイツは?」
「カタブツは名前の通りの奴だ。命令が無い限りは常にそんな感じだな。スケルトンといっても、意志があり、多少の個性がある。どういう風に命じればどう動くか、まずはそこから始めてくれ」
雇い賃に対しては、軍からの補償が受けられるので、しばらくは無くても大丈夫との事だったので、そのかわりの現物支給でもあった。
スケルトンを連れ、退室していくサストレにナーが付いていく。
ナーには色々と指導を頼んであった。
それを目で追った後、ルークに話を振る。
「さて、例の水門の件はどうだった?」
水路には水量を調整するための水門がある。
しかし、それがあってもモンスターは水路へと入ってくる。
それを改修出来ないか、ルークに調べさせていた。
「貴族院からは、これ以上の出費は抑えよ、との返事でした。いくら好きにして良いと公爵からの許可があったとはいえ、限界のようですね」
「そうか」
目をつぶり、考える。
スケルトンを使って労働力を補えていたとしても、家や塀、水路を作るのに呼んだ職人への支払いがかなりかさんでいた。
資材もなるべく買わずに調達していたとはいえ、それでもその出費はかなりの額に登る。
エイディアスからの援助はここまでと考えるべきだろう。
村には今の所、収入源は無い。
備蓄した麦を放出すれば金になるが、冬はもう目の前だ。
冬麦は問題なく育っているようだったが、それが取れるのはまだまだ先だ。
実りの少ない冬を越すまでは現状で耐えるべきだろう。
これから村で何かしようと考えたら、その財源を確保しなければならなかった。
「今、交易の手だてを彼と一緒に模索しておりますので、資料が揃い次第、また報告させて頂きます」
礼をするルークの横で、バンザイも礼をした。
以前よりもバンザイの行動は落ち着いている。
ルークの影響を受けているのだろうか?
その後、バンザイはルークの元で筆記だけでなく、集めてきた資料の分類とまとめすらもこなしているらしい。
スケルトンに個性があると言っても、明らかに規格外だった。
文官方面に特化したスケルトンの存在など、はじめて聞く。
バンザイ、お前はいったい何なんだ?
口には出さなかったが、もはやこいつがしゃべり出しても、俺は驚かないだろう。




