新たな生活と新たな顔
第3章へ!
平民から貴族になって早いもので1ヶ月が経った。
その間に裏では色々動きがあったようだ。
表向きには聞こえのいい発表がされていたが、真相は阿鼻叫喚だろう。
直接関わってはいないので、詳しくは知らない。
しかし、俺が男爵に叙されるのとほぼ同時期にラグボーネの間者と化していたゼルト男爵と関係者が、さらに俺の暗殺を目論んだノヴァクをはじめとしたかなりの数の貴族が密かに処理されたらしい。
英雄騒ぎを利用して目立たずに貴族院の粛正と再編を進めたようだ。
エイディアスはここ100年程で、貴族達、特権階級が増え過ぎているという問題があった。
領民全体を圧迫し始めていたので、エイディアス公としては万々歳って所か。
もしかするとエイディアス公は俺が領地をくれと言い、それを認めた時点でここまでの筋書きを描いていたのかもしれない。
1ヶ月間、夜会や貴族としての礼を学ばさせられたりで、長い事エイディアスの街に引き止められた。
世辞と建前が跋扈している。
その中で明らかに俺は浮いていた。
中には嫌みの意味も分かるまいと、露骨に皮肉や嘲笑を浴びせかけてくる貴族もいた。
ノヴァクが立てた風評をまともに受けている者は少なくないらしい。
モンスターの血が流れている。
死体あさり。
聞き飽きた科白だ。
何の恨みも怒りもこもっていないそれはただの侮蔑。
それで一体、俺の何が傷つけられると思っているんだか。
こういう輩がいると、戦う事が馬鹿らしく思えてくる。
と思うと同時に、自分のために戦っているのだから、阿呆の事を考えても仕方無いか、とも思った。
そんなくだらないやり取りを面倒に思い、目立たないように抜け出した夜会はひとつふたつでは無い。
その日も、そうやって抜け出し、邸内をうろうろし、中庭に出た所で足を休めた。
整えられた樹々は確かにキレイかもしれないが、感嘆するような美しさは感じない。
自然そのままの樹の方が断然に良いだろう。
中庭は静かだった。
しばらくはここで時間を潰すか。
そう思っていると、声を掛けられた。
「ここがお気に召しましたか?」
振り返ると自分よりも明らかに若い男が立っていた。
20代だろう。
ここにいる以上は貴族。
長い金色の髪を後ろでまとめ、馬のしっぽのように垂れ下げている。
礼服に身を包むその体系はスリムを通り越してやせ過ぎだ。
「そうですね。あまりこうした庭園には縁がありませんでしたので、新鮮ではあります」
「ああ。私は閣下と違って、準貴族みたいなものですので、気をお使いになられませぬよう。まあ、私は良く礼儀がなっていないと怒られまして。閣下がお気になされないと助かりますが」
準貴族か。
確かにあまり貴族然とした男ではなかった。
どこか飄々としている。
「閣下が戦果を上げられる前から、お噂はかねがね聞いております」
「あまり良い噂ではなさそうだな」
「そうですね。死を冒涜する者ですか?」
そう言うと、口を開けて笑い飛ばした。
「それはおとぎ話の魔女程度の発想でしょう。童話の話と目の前にいるネクロマンサーとを何も考えずに混同しているだけだと思いますね」
死者を操る悪い魔女。
不意に婆の顔が浮かんだ。
ネクロマンサーも大戦初期には大勢いたらしい。
それも大戦後期には衰退、絶滅危惧種になってしまった。
習得に時間が掛かり、複雑で正確な知識が必要になるネクロマンサーは、短期育成が困難、コストが掛かりすぎる、それだけの理由で、切り詰められていったようだ。
未だに俺以外のネクロマンサーを、この辺りで見た事も聞いた事も無い。
そして、この辺りでスケルトンやアンデッドに襲われたのはこの間の防衛戦でのラグボーネ軍以外ではまれだろう。
何せこの辺りには、特殊な状況が成立しない限り、ほとんどアンデッドが出ないのだから。
特に貴族は実際に俺がアンデッドを創造する所も、使役する所も見た事がないのだ。
俺をあざけるのが、その程度の発想になるのは当然だろう。
しかし、それでも死者が必要なのは否定出来ない事実。
「事実、俺は死体を元にスケルトンを作っている。それに反論する気はないぞ」
「私は目の前に死体があって、その向こうに襲いかかろうとしているモンスターがいたら、間違い無く死体を盾にします。その力があるのなら。その状況にあって、モンスターに食われてもなお盾にしないという人間なら、閣下をどうとでも評する資格はあると思いますね」
なるほどな。
「使える手は何でも使え、か?」
「そうです。死者を弔えるのは生者がいてこそでしょう」
安全な塀の中で自らの魂を監獄へ入れ、そこを楽園だと思い込む。
楽園に生きる自分達は何と尊いのか、そんな風に。
今の貴族達がしている事はそれに他ならない。
しかし、目の前の男は違うようだ。
襲いかかるモンスターの向こうへ進むために。
その意志が感じられた。
年齢から考えれば大戦経験者とは思えない。
そもそも兵士や冒険者ではない。
しかし、その物言いは昔の知り合い達を思い起こさせた。
「私はなんとか閣下とお会いする機会をと考えておりました」
「なぜだ?」
まさかスケルトンが欲しい訳ではないだろう。
「私なら閣下のお役に立てると感じていたからにございますよ」
そこには何の気負いも照れもない。
「以前の俺に貴族の手助けはいらなかったし、今の俺にも正直、それが必要なのかどうか分からんがな」
「確かに閣下はあまり人間を必要とされていない印象は持っておりましたが、人の世で閣下の力をより大きくされるならば、人の力が必要になるでしょう。私はその点でお力になれると申し上げております」
要するに、売り込みか。
コイツの何かしらの琴線に触れたらしい。
俺を何に利用したいんだか。
「顔だけは覚えておこう。そういえば名前を聞いていなかったな」
「ありがとうございます。名前は次に正式にお目にかかれる機会を頂いた時に。必ず近い内に参りますので」
自信過剰な男だな。
ただノヴァクとは違って、何の後ろ盾も感じさせない言動は確かに気になる。
しかし、こういう男がいるのかという程度だった。
その後も貴族の集まりに呼ばれては出向いた。
特に興味はなかったので、面倒でしかない。
あくまでも大物であるグレンデルを倒した褒章だったので、貴族院の政治運営には関わらずに済んだのは幸いだっただろう。
それらの貴族にまつわる面倒事をどうにか乗り越えて、やっと村へと戻った。
「もうエイディアスの街では落ち着けんな」
「権力には面倒事がつきまとうものだろう?」
「お前が経験してきたように言うな」
苦笑してエキオンに言う。
相談役の館から領主の館へと名前を変えた家の執務室にはエキオンと俺しかいない。
ナーは久しぶりに戻って来た村の警備状況と治安を確かめてくると言って、外へと出て行っていた。
結局、貴族になった後でもナーはなぜか俺の周りにいる事が多かった。
相変わらず、自分からはあまりしゃべらない女である。
前から杓子定規に俺を貴族として扱うような振る舞いをしていたので、変化は無かったと言えた。
やがて、見回りを終えたナーはひとりの男を連れて、部屋へと戻って来た。
「ルーク・ハドモンです。どうかルークとお呼びください。この村での補佐を仰せつかって参りました。身分は準貴族のようなものなので、失礼がありましたらその場でおっしゃってください」
「どこかで見た顔だな」
「ええ。私も閣下のご尊顔には見覚えがございます」
ノヴァクの代わりの人間は、いつかの夜会で会った男だった。
あの時に既に決まっていたのか、それとも後から根回しをしたのか。
朗らかな笑みを浮かべ、そこには相変わらずの何の気負いもない。
「しかし、本当にスケルトンが村の中をうろうろしているのですね。それに村人が全く動じていないので驚きました」
さすがに毎日、顔を突き合わせていれば嫌でも慣れる、そんな感じだった。
年齢が上の者ほど、未だにおどおどと対応している事があったが、子供などはじゃれついている姿を見かける事もある。
「労働力としては本当に便利だからな。精神的にも肉体的にも疲労はない。それこそ昼も夜も問わずに働かせられる」
「なるほど。最初聞いた時にはどうしたものかと思いましたが、こうして目の当たりにすると、おもしろそうに感じました。あのスケルトンは私にも使えるので?」
いきなりスケルトンを自分も使いたいと言い出す人間はなかなかいない。
それならば、とナーにその辺をウロウロしているスケルトンを連れて来させた。
まさかいきなり、そのスケルトンを俺に襲わせるような豪気な男でも無いだろう。
古鍵を渡してやると、面白がって命令する。
「座れ!おお!座った!立て!おお!壁に向かって歩き続けろ!」
最後の意味不明な命令にもスケルトンは忠実に従う。
額を壁にこすりつけつつ、手足を動かし続ける。
「待て、床と壁がすり減る」
「ああ、失礼しました。あまりにも面白いものでつい。これは絶対に言う事をきくのですか?」
「他のスケルトンはどうだか知らないが、俺のスケルトンは間違い無い」
「それは凄いですね。この鍵を持ってないと命令出来ないのですよね?」
鍵を弄びつつ聞く。
「基本的にはそうだな。その鍵とスケルトンをセットで渡す事で売り買いを可能にしている」
「それだと、鍵を誰かに奪われたら危険ですよね?奪ってすぐに元の持ち主を殺せ!とか命じられたら」
良く聞く科白だ。
しかし、それは剣とどう違う?
剣だって奪われたら危険だ。
街の中で多少の武器を持っている者は少なくない。
そもそも、スケルトンを奴隷として買うような人間、豪商や豪農はセットで人の護衛を持っている事が多いのだ。
おいそれとそういう事態には陥らない。
売る相手も選ぶ。
「そうだな。それを防ぐために、鍵には簡単な呪文で自壊するようにコードを仕込んである。鍵が壊れたらスケルトンもおしまいだ」
簡単に依り代とスケルトンの関係を話してやった。
「なるほど。暴走したりはしないのですか?」
「安全弁は何重にもしてある。魔力が切れれば動かなくなるしな」
「これは物書きは出来ないのですか?」
また、変な事を聞く奴だな。
しかし、考えた事もないのは確かだった。
面白いので試させよう。
「結構、物書きは体力を消耗するのですよ。右の書類を左の書類に書き写す。これを1日中やるのはなかなかの重労働です」
「なるほどな。そういう需要があるとは考えもしなかった」
しかし、連れて来たスケルトンには言葉を聞いて書いたり、何かから何かを書き写したりは出来なかった。
スケルトンにも多少の個体差がある。
中には出来る奴もいるかもしれない。
そこまで考えた時にバンザイの事を思い出した。
デカブツの封印小屋を警備しているバンザイを呼び寄せ、試しにやらせてみた。
すると。
「おお!書きましたよ!このスケルトンは凄いですね!」
「ああ。そうだな」
バンザイ、お前は本当に何なんだ?
何故かバンザイは書き写しも完璧だった。
分からん。
こいつ、実はハイスケルトンだったりするのか?
ルークはことのほかバンザイが気に入ったようなので、警護兼助手として付けてやる事にした。
小屋の警備が暇だったのか、それを言い渡すとバンザイは万歳をした。
久しぶりに見たな、それ。
表情も何も無い骸骨が直立して、がばっと勢い良く腕を振り上げる仕草はかなりシュールだ。
不意打ちのようにやられて、つい笑ってしまった。




