英雄はここから
店に顔を出した。
俺の疲れた様子にアンズから、もうおじさんなんだから、店長も無理しないでくださいね、などと言われてしまった。
うるさい、小娘が。
裏の倉庫に行き、背負っていたバッグを下ろす。
中からマナポーションを取り出し、一口飲む。
残りはバッグに振りかけた。
完全に用意していた策が無駄になった。
右手の刻印に魔力を注ぐ。
そして他のマナポーションもバッグに振りかけてやると、やがてバッグから何かが飛び出した。
茜色の手の骨だった。
それがにゅっと飛び出し、まるで草木が成長するようにバッグから、するすると出てくる。
やがて頭が飛び出した。
エキオンだ。
倉庫の中で呼び出されたのが分かったのだろう。
無言でバッグから出てくると、一言、ぽつりと声にする。
「私はいったい、何のためにこの中にいたのだ?」
「さあな。俺の方が聞きたい」
今回、スケルトンを連れて行けない事態に対して俺が用意した対抗策がこれだった。
実際にノヴァクの思惑通りに事が運んだ場合、ノヴァクの性格上、多勢に無勢になるのは目に見えていた。
さすがに俺ひとり、いてもナーとふたりでは厳しい。
逆にグレンデルの情報が真で、グレンデルが出て、不測の事態になってもエキオンがいれば色々と対処の方法はある。
実際には事がスムーズに運び、最小限の犠牲で片がついたが。
どちらにせよ、手持ちの奴隷の中で最強の存在であるエキオンがいれば大分状況は変わってくるのは確実だった。
そのために、エキオンをバッグの中に封印状態で詰め込んでおいたのだ。
万が一バッグを奪われた際の対処法など、色々考えていたのが馬鹿らしい。
「もしかすると、俺が思う以上に俺は馬鹿野郎なのかもしれない」
「せっかく格好の良い登場の仕方を考えていたのだがな」
「お前も馬鹿野郎か」
ふたりで脱力し、顔を見合わせた後、倉庫を後にした。
◇
エイディアスの街の中央通りを馬車が行く。
周りには儀礼用の制服に身を包んだ軍の兵士達。
飾り付けられた馬車の上には白く輝く骸骨の意匠が、奇妙な印象をもたらす鎧に身を包んだ男が立っていた。
周りでは民衆が歓声を上げている。
馬車の後ろにはボロボロになったグレンデルの死体。
英雄の帰還。
それを疑う民は誰ひとりとしてその場所にいない。
馬車はやがて貴族院の宮殿へと辿り着き、そこで彼は男爵に叙された。
これは一部の兵の間でしか語られなかった彼の伝説が民衆の間でも語られるようになる、その最初のできごとであり、ここからさらに多くの伝説が語られる事になる事を民衆も、そして彼もまだ知らなかった。
◇




