カドモス対グレンデル
そこは、かつてラグボーネ軍が夜に野営した場所だった。
そして俺がアンデッドを使って、人を殺しまくった土地でもあった。
土地に残った呪詛にでも引かれたか。
村からは2日とかからない。
人里で話を聞かない以上、既に山奥にでも引っ込んでいるかと思いもしたので、確かに意外だった。
まあ、それが真実だったとしたら、だが。
一度、エイディアスの街に行き、そこからノヴァクが連れて来る精鋭と共に討伐へと向かう事になった。
エイディアスの街に着くと、着いて早々に門番からエイディアス公の呼び出しを告げられた。
さすがに無視する訳にもいかないので顔を出す。
「久しぶりだね。村の再興がうまくいっているようで安心したよ」
「エイディアス公のご助力があってこそです。ありがとうございます」
「いやいや、謙遜するな。今回は面倒をかけてすまんな。何もかもが私の自由になれば簡単なのだが、それでは貴族院がいらなくなってしまう」
君も政治に関われば分かる。面白いぞ。
そう言って笑った。
今回のグレンデル討伐の件か。
色々と俺に対する風評が立っているのだろう。
特にノヴァクが頑張った可能性が高い。
「グレンデルは大物にございます。私もさすがに危ないと思いますが」
「謙遜しなくとも良い。君が色々と動いているのは私も知っている。詳細までは分からなかったが、良い剣を手に入れているのだろう?」
筒抜けか。
親父から将軍へ、将軍からエイディアス公へと漏れたのだろう。
親父め。その口の軽さは何とかしておけ。
「かの大物を相手にするからには私もそれなりの物を用意するのは当然にございます」
「そうだな。私も微力ながら、余計な手間を掛けさせないように手は尽くした。君には負担を掛けると思うが、君なら何とかなるのだろう?何せ、君はあの大戦を生き抜いているのだから」
それも筒抜けか。
なるべく過去の記録はこちら側に伝わらないように努力したんだがな。
まあそれは将軍も知っていたのだから、と思い直した。
エイディアス公がどこまで知っているのかは分からないが、多少は知っていて当然だろう。
「そろそろ参りませんと。死なないように努力します」
「そうか。では結果を楽しみにしているよ。英雄の帰還をね」
正門の外まで行くと、明らかに武装した一団がいる。
その一団と一緒にいたノヴァクが騎乗したままで近づいて来た。
ノヴァクはいつも通りの平服で全く武装していない。
「スケルトンは連れて来なかったようですね」
俺の周りにはエキオンの姿はもちろん、隊長達の姿も無い。
俺は両手剣、骸装を装備して、軍馬に騎乗している。
後ろにはナーが同じく騎乗していた。
今日は村の中とは違い、鎧を着て、槍を手にしていた。
「そういう話なんだろ?」
「ええ。そうです。その背嚢の中身は?」
俺の背中にはかなり大きなバッグがあった。
「ただのマナポーションだよ。ほら」
バッグの口を開いて、ノヴァクに見せた。
中にはかなり大量のマナポーションが詰まっている。
「随分な量ですね」
「魔法を使うと消耗するからな。これくらいは必要だろう?」
「そうですか」
ノヴァクは薄い笑みを浮かべた。
嫌な笑い方だ。
何を考えているかが、透けて見えるな。
何はともあれ、そのメンバーで目的の場所へと向かった。
ノヴァクが連れて来た精鋭30人は全員が騎乗している。
その中には魔法兵5名も含まれていた。
騎兵、魔法兵ともに馬の扱いを見るだけでも、確かに熟練の兵士のようだった。
行軍中、並走してナーにさりげなく確認すると、ナーの知る人間もいるようだ。
例のオーク騒動の時に討伐遠征に出た兵が何人かいるらしい。
それも妙な話だとは思った。
俺はてっきり全員、ノヴァクが用意した暗殺者だと思ったのだが。
「お察しとは思いますが、お気を付けて」
「余計な心配だな。ナーは俺が何か言わない限りは何もするなよ。俺もそれなりに準備はしてきた」
「分かりました」
「むしろ危ないのはお前の方なんじゃないか?アイツはお前の事も鬱陶しく思っているだろう」
「そうですね。私もそう思います」
言う程には危機感が見えない。
死地に行くにしてはあまりにもいつも通り過ぎる気がする。
「スケルトンの数は現状足りないが、お前をアンデッドにする気は今の所無いからな」
言ってから余計な事を言ったと自覚する。
死なすには惜しい。
これでは言外に気に入っていると言っているようなものだ。
確かに、それなりに使える奴だと思ってはいるが、そこまでではない。
ちらりとナーを見た。
その表情はいつも通りだ。
しかし、何か変だな。
違和感を覚えて、改めて見ると、何か?と見返してきた。
その口元がごくわずかに笑っていた。
夕方前には目的地に着いた。
しかし、そこにグレンデルの姿は無い。
ひとまずは野営の準備をする。
大概の事は精鋭30人が行った。
俺はただ、待っていればいいだけの楽な仕事だった。
食事も何事も無く終える。
それでは夜の間に暗殺でもされるのかと思ったが、何事も無く夜は過ぎた。
どうやらナーは夜通し見張りをしていたようだ。
朝方、ポーションを飲んでいる所を見かけた。
ご苦労な事だ。
しかし、ノヴァクは何がしたいんだ?
翌日、精鋭の内の何人かが馬を走らせ、グレンデルの姿を探す。
俺の考え過ぎだったのだろうか?
てっきり、今回のこれは邪魔な俺の排除を目的としているのだと思ったが、そういう動きは全く無かった。
ノヴァクもそこまでの阿呆ではなかったのか?
そして、日が昇りきり、昼も過ぎた頃に、ひとりの男が近づいてくるのが見えた。
遠くにいるはずなのに、その姿はかなり大きい。
ヒュージスケルトンと同じくらいの大きさだろうか?
その前をひとりの騎兵が全力で馬を走らせている。
騎兵と比べると、改めてその大きさが分かる。
接敵するのはそう遠い時ではなさそうだ。
一緒にいた精鋭達に動揺が走る。
「さて。現れたな。俺が指揮して、アレを討ち取ればいい。そうだな?」
ノヴァクに改めて確認した。
ノヴァクの顔は青ざめ、そしてガタガタと震えている。
本当に何しに来たんだ?こいつは?
予想した事態が全く起こらなかったので、いまいちノヴァクが何をしたいのかが掴めない。
「何故だ?何故アレがここにいる?これでは話が……」
俺の声は届いていないらしい。
コイツの相手をしている時間は無い。
ここまで来たら、もうアレを何とかしないと、ここにいる全員が死ぬ事になる。
それが分からない阿呆に後ろから突き刺される可能性も無いではなかったが、やるしか無いだろう。
最初、話を聞いた時、明らかに人数が少ないと感じた。
グレンデルクラスの大物を相手にするのに30ではいかにも少ない。
そこから予想されたのは、その30でもって俺を殺す事だろうと考えていた。
グレンデルが本当に出てくるとは思っていなかった。
それでも念のためにとグレンデルを殺せるだけの準備はしておいたが。
両手剣を抜き放ち、空に掲げた。
「それじゃあ行くぞ!」
馬を走らせると、それにナーが、その後に残った精鋭が続いた。
精鋭の数は26人。
今こちらに向かって馬を走らせている人間を合わせて27人か。
他のグレンデルを探しに馬を走らせた3人が戻ってくるのは期待しない方が良いだろう。
両手剣を見る。
銀色の輝きに、かすかに茜色の光が混じっている。
これで何とかならなければ、本当にどうしようも無いな。
思わず笑ってしまった。
死んだらデスナイトになるだけだ。
しかし、そうなるつもりはさらさらない。
ならば、戦うしかないだろう。
ナーが後ろから付いてきている。
死んでもおかしく無い状況。
しかし、その顔に悲壮感は見えない。
こいつも考えたら良く分からない奴だな。
そう考えている内に、グレンデルが近づいて来た。
「騎兵は足を止めるな!常に動き、走り回れ!奴を魔法兵に近づけるさせるな!魔法兵は雷撃中心で魔法を組み立てろ!騎兵!巻き込まれるなよ!」
巨人を引っ張って来ていた騎兵とすれ違った。
身長は4か5メートルほどか?
巨人が腕を振り上げる。
無手だ。
と言うよりも裸だった。
そのゴツゴツとしていて見るからに硬そうな赤褐色の肌は鉄を思わせる。
ハンマーにも似た拳の一撃が振り下ろされた。
「散開!」
馬を無理矢理に軌道変更させる。
付いてきていた内のひとりが馬を御しきれずに転ぶ。
巨人の一撃はそいつをミンチにした。
体が爆発したかのように赤い血しぶきが上がる。
「ひっ」
誰かが悲鳴を上げた。
覚悟の無い奴がいるな。
拳を振り下ろし、下げられた上半身に背後から斬り付ける。
巨人の背中から血が吹き上がる。
竜の肌とも呼ばれる硬度の皮膚が裂けた。
さすがエキオン!
心の中で快哉を上げた。
俺の持っている剣はエキオンに特別に造らせた剣だった。
グライン聖鉄。
今では世界中で産出量が減っている貴重な金属だ。
伝説級の魔剣や聖剣にも使われている材料と言われ、その強度は現在でもとれる金属の中では最高の部類に入る。
それを親父に頼んで取り寄せ、そしてエキオンに創造魔法で造らせた両手剣。
これなら何とかなりそうだ。
他にも何人かが剣で、槍で攻撃を加えていた。
数打ちの武器では無いのか、それはグレンデルの肌を浅く裂いた。
しかし、それではダメージは微々たる物だ。
これでは役に立たないな。
そう思っている間にも、またひとりがグレンデルの一振りの餌食になった。
「攻撃が通用しないなら、無理に近づくな!奴の気を散らせ!俺の動きをフォローしろ!」
まるでハエを振り払うように拳を振り、地響きを立てて走る。
その姿は神話の時代の化け物だ。
俺だけがその肉体を傷つけられる剣を持つと分かっているのか、警戒されて近づけない。
何とか気を逸らそうと近づいた精鋭の内の3人がその拳の餌食になり、馬と共にひき肉に成り果てた。
そこに魔法兵が騎乗したまま走り込んでくる。
俺が見ると、分かるように魔法兵は大きく頷いた。
その手には杖。
杖の先には光の帯がぐるぐると回り、まとわりついている。
「騎兵!下がれ!」
声に合わせて騎兵が馬を引いた。
グレンデルの周りに空白が生まれる。
その瞬間、天空からいく筋もの強烈な光が降り注ぐ。
魔法兵、全員が空に杖を振り上げていた。
コールサンダー。
虚空から雷を召喚する強力な魔法だ。
それを5人が同時に放った。
光の柱がグレンデルを包み込む。
轟音。
グレンデルがその轟音にも負けない叫びを上げた。
何かに耐えるように頭を抱え、地を踏みならす。
人ならば脳が沸騰し、心臓が破れ、既に死んでいるだろう。
しかし、巨人は耐える。
やがて腕を頭から離し、顔を上げた。
それに合わせたように光が消える。
巨人が再び叫びを上げた。
走り、魔法兵のひとりを叩き潰す。
「引け!騎兵!フォローしろ!」
慌てて魔法兵が動き出した。
それをグレンデルが追う。
間へと割って入り、剣を一閃させた。
グレンデルは後ろに飛び退ってかわす。
化け物め。
効いていないのか?
騎兵の誰かが力なく呟いた。
何を言っているんだ?
思った。
本当にソイツは一体、何を言っている!
「そんな訳ないだろう!」
馬を走らせ続ける。
馬は急に振り返る事は出来ない。
通り過ぎた以上は回りながら再び接近するしかない。
誰かが追走してきていた。
確認する余裕は無いが、ナーだろうか。
他の騎兵の動きは緩慢になっていた。
猛然と走り込んだグレンデルがひとりを掴まえ、また犠牲が増える。
魔法兵は距離を開け過ぎだ。
これではすぐに第2撃が放てない。
再びグレンデルへと騎首が向いた。
走り、接近する俺と巨人の目が合った。
その目は血走っている。
そして濁っていた。
きっとその視線は霞んでいるはずだ。
ダメージはある。
なぜそれを信じない。
大きく目を見開いた巨人が腕を上げた。
かわせなければ一撃死だな。
自嘲しながらも、はっきりと笑った。
さあ行くぞ、化け物。
魔力を体の中で回すイメージを作り、それを魔法式として固定する。
体中に力が漲る。
これまでに無い一撃のために。
剣を構えた俺の目の前で、巨人の目から1本の槍が生えた。
巨人は振り上げた腕を思わずと言うようにその目へと当てた。
槍を抜こうとしているのか。
その槍には見覚えがある。
俺へと注意が完全に向いた瞬間に投擲したのか。
余計な事を。
振り上げた腕の側に大きな死角が生まれていた。
その死角へと飛び込むように、巨人の脚に全力の一撃を振るった。
「はあぁあああ!」
頭の中で展開していた魔法式に魔力の負荷が掛かり過ぎて、壊れた。
その瞬間、体中の魔力が弾ける。
弾けた魔力はそのままエネルギーとして体全体を瞬間的に満たした。
「ああぁあぁあああ!」
一撃は皮膚を裂き、肉を斬り、骨を砕いた。
そのまま振り抜く。
断ち切る事は出来なかった。
竜に例えられる肌は伊達ではない。
しかし、その脚はもうちぎれかけていた。
これであの脚はもう使い物にならないだろう。
巨人が膝を付く。
何度か片足で立ち上がろうとしたが、バランスが取れないのかすぐに崩れ落ちる。
やがて諦めたのか膝を付いたままの状態で腕を振り回し始めた。
もう無謀に接近する必要はないだろう。
巨人の腕の間合いの外を駆け回り、牽制し、そこに再び魔法兵が雷撃を見舞う。
度重なる雷撃に肉が爆ぜ、全身の肌からは血が噴き出した。
巨人の動きは段々とぎこちなくなっていく。
十度にもなろうかという雷撃を見舞った後に接近すると、巨人の虚ろな目が俺を見据えた。
もはやその目は真っ白だ。
血の涙を流すその目が見えているとは思えない。
腕はぶるぶると震えるばかりで、少しも上がらなかった。
矢のように馬を走らせ、その勢いのままに膝をついた巨人の首に再び全力の一撃を振るった。
首を半ばまで断ち切る。
この状態でも刎ね飛ばせないのだから、尋常では無い。
血が猛烈な勢いで吹き上がる。
その一撃に叫びを上げる事無く震え、そしてやがて倒れた。
どくどくと首から血を流し続けるグレンデルに馬から下りて近づく。
その体は痙攣し続けている。
今、その手が伸びて来たら終わりだろう。
しかし、これにそこまでの力が残っているはずがない。
首元に立つと、半ばちぎれかけているその首に、再度斬撃を振るった。
一振りの剣でこんなにも戦況が変わるのか。
実は、グレンデルとは以前にも戦った事がある。
その時には150人近くを投入して、その内の半分以上が死んだ。
物理的なダメージがとにかく通らないので、魔法に頼るしかない。
しかし、あの巨体の突進を止めるのは至難の業だ。
結局は、人を並べて肉の壁を作り、その間に魔法使いがとにかくダメージを重ねていくしか無い。
生け贄を邪神に捧げ続ける様にも見える残酷な戦いだった。
それがこうも簡単に倒せるとは。
武器さえあれば何とかなるとは思っていたが、想像以上の結果だった。
後ろを振り返る。
そこにはナーがいた。
そして後ろには騎兵が、魔法兵がいた。
皆、どこか呆然とした表情をしていた。
最初の接触でこれは無理だと諦めていたのかもしれない。
それくらい圧倒的な力を感じさせた。
それでも逃げ出さなかったのは、彼らが精鋭だったからか。
剣を振り上げる。
「俺たちの勝ちだ!」
その声に正気に返ったかのように、全員に表情が戻ってくる。
誰もが声を上げた。
勝った。
勝ったぞ。
俺たちの勝ちだ!
全員が武器を振り上げ、そして叫んだ。
「勝った!俺たちは勝ったんだ!」
馬の名前はもちろん、アグロ。※この回はとあるゲームに強い影響を受けております。「馬 アグロ」で検索をされれば、何となく「ああ」と思われますかと。




