ノヴァクのプライド
阿呆達の愚行に片が付くと、最初はどこかよそよそしかった村人同士にも、同じ村に暮らす人間としての繋がりが、朧げながらも絆が見えて来ていた。
そろそろ村人から多少なりとも文句も出てくるだろう。
村長ともその辺りを話し合わなければならないな。
そう思った頃に、文句を言って来たのは村人でも村長でも無かった。
執務室に現れたノヴァクは、挨拶もそこそこに切り出した。
「カドモス様、そろそろ村からスケルトンを引き上げませんか?」
村の中では、未だスケルトン達が様々な作業をしている。
村の中を警備する者、畑を耕す者、その畑を警備する者、村の周囲を警戒する者。
さすがにデカブツは村が完成した時点で、村の外に造った封印小屋で眠らせてある。
それでも村の中でスケルトンを目にしない場所はほとんど無い。
「なぜだ?」
「もはや必要無いではありませんか」
「どうしてそう思う?」
「村の中にせよ、畑にせよ、警備が必要なら人の手で行うべきです。この村はモンスターに一度は滅ぼされた村なのですよ。いつまでもスケルトンがうろついていては、村人はいつまで経っても安心出来ません」
何度も問うと、さすがにいらっとしたのか、口調が硬くなった。
口では何とでも言えるが、ノヴァクの心の根底には貴族では無い俺に指図されるのが納得いってないのが感じ取れる。
それは今だけでなく、今までに何度となくあった。
「そうか。しかし、当時の襲われた村人は村の中にひとりもいないぞ?」
「それはそうですが。そういう問題ではありませんでしょう。それにそこまでの警備が必要とは思えません。どうしてもと仰られるなら、人を守るためにいるのが軍ではありませんか。スケルトンを引き上げ、軍に任せるべきです。」
村は確かに平穏を保っていた。
村人達の間にトラブルは無い。
モンスターに襲われた事も無い。
まるでエイディアスと変わらぬ平穏が流れている。
「軍か。それじゃあお前が軍に行って来て、この村の警備を要請してみればいい。軍にそんな余裕は無いと思うぞ。どうだ?ナー、答えろ」
「現在、ラグボーネとの戦いで出た死傷者の穴を埋めるべく、再編が進んでいる最中です。カルヴァ本国から常駐戦力として借り受けていた人員にもかなりの被害が出たため、一朝一夕に片付く問題ではありません。この村にずっと滞在させておけるだけの余剰戦力は期待出来ない状況でしょう」
まだ戦いの傷は癒えていない。
補償の交渉がラグボーネとの間で始まってはいたが、その最中に攻め込んでくるとも限らない。
何しろ、先頃の戦いにしても、厳密に言えば休戦条約を結んでいるにも関わらずの攻撃だったのだ。
あの国にまともな外交が通用すると思っていては痛い目を見る。
「軍に余裕が出来るのはまだまだ先だ。それはこの村に最初、俺ひとりしか派遣されなかった事からも明らかだろう。これでも軍に何かを頼むつもりか?」
「理由があれば可能だと考えます。しかし、私にはその理由が不明であるから、カドモス様にお尋ねしているのです。なぜ村にこれほどの警備が必要なのですか?」
貴族意識のあるノヴァクにしてみれば、それでも軍を動かす事は出来ると考えているのだろう。
そうやって貴族様が勝手に軍を動かそうとして、先頃の戦いでは圧倒的な不利に追い込まれたのにも関わらずだ。
思わずこちらがいらだちそうになるのを抑えた。
馬鹿に付き合う必要は無い。
「この村を滅ぼしたのが正確には何だったのかは調べたのか?」
「それは、オークだと聞いています」
「それを本当に信じたのか?例の報告書はゼルト元男爵が指示して作らせたでっちあげだぞ?」
ノヴァクは言葉に詰まる。
既にゼルトは更迭されている。
貴族の不祥事を貴族院が発表するとは思えないが、それでも処刑は免れ得ないだろう。
それを知らないノヴァクではない。
あのオーク騒動は嘘だった。
実際にいたオークはただの30だった。
それも遭遇したのはご丁寧に報告書に載っていた最も遠くの場所で。
そして後の調査で分かったのは、襲われた村のほとんどはオークにではなく、盗賊にだった。
報告書を改ざんし、ラグボーネに有利な状況を作る。
そのためのでっちあげだったのは明白だ。
「では、カドモス様はご存知なのですか?」
自分が知らない事を知ってる訳が無い。
そんな言い様だな。
先日捕らえた、元の村人の生き残りの言葉はよく分からないものだった。
尋問は村の占拠よりも、この村の壊滅原因を主として聞いていた。
巨人が出たと言う者がいた。
悪魔が出たと言う者もいた。
いや、盗賊がと言う者もいた。
その証言はいくつかに分かれ、決してひとつに統一されはしなかった。
よく見るモンスターなら村人でも分かる。
しかし、村人は冒険者でも兵士でも無いのだ。
見た事のないモンスターに襲われては、確かな報告など出来るはずも無い。
元よりそんな証言は当てにしていない。
村人達を尋問したのは単なる確認だ。
実際の調査はエキオンにさせていた。
村の中だけではなく広範囲に。
馬を使わせてまで。
「グレンデルだよ」
竜の肌を持つと言われる巨人。
武器を持たずに人を襲っては人を食べる、恐るべきモンスターだ。
オーガも人を襲って食べるが、その恐ろしさは比べ物にならない。
何しろコイツは繁殖種ではない。
ゴブリンなどのように、交配して増える種ではないのだ。
いずこからか生じ、人に害をもたらす。
尋常では無い肉体と魔力を持った怪物。
それはモンスターを超えて、災害の域に達する。
そんな特殊モンスターの1種、それがグレンデルだった。
群れを作らず、ただの1体で行動するが、これ1体で街のひとつを壊滅させられるだけのパワーを持つとされる、最悪の敵。
「馬鹿な事を。グレンデルなんて大物がこの辺りにいるはずが」
「いや。確かだ。ここだけじゃない。もうひとつ村が潰されている」
ゼルトのでっちあげ報告書にあった廃村ふたつはグレンデルによってもたらされた物だ。
あんな怪物が現れたらそれこそ軍の魔法兵が総力を挙げなくては倒せないだろう。
きちんと調査した上で報告書を上げていれば、ゼルトもあんなあからさまに怪しい話をする必要もなかっただろうに。
奴らに取っては村のひとつやふたつなど、どうでも良かったのだろうが。
最初に盗賊が村を襲った。
おそらくバンザイあたりはこの時に死んだのだろう。
そして元村長と取り巻きは、この時点で逃げた。
これはオークの偽騒動を起こすために、ゼルトの指示で行われた可能性が高い。
元村長が知っていたかどうかは微妙な所だ。
混乱が村を襲い、騒動は村中に広がる。
その騒ぎがグレンデルを呼び寄せたのか。
グレンデルは盗賊ごと人々を襲った。
逃げ遅れた人々は一番頑丈に造られていた教会にこもったが(あるいは、最初から盗賊達がそこに集めていたのか。確認する術はないだろう)、最後は絶望し、自ら死を選んだ。
盗賊とグレンデルの登場、それが生き残った者達の証言を一層意味不明にしていた原因だった。
「現在位置は不明だがな。俺もエキオンを使って、かなり長く調べたが、姿は見当たらなかった。他の国に行っててくれたらラッキーだな」
そんなあまりにも楽観的な思考で村の守りを外すのは俺は馬鹿だと思うけどな。
そう言うと、ノヴァクの顔に火が灯った。
やがて、隠すように下を向く。
「閣下、それならば私が調べて参りましょう。そのような大物は確実に討ち取らねば参りません」
珍しく、ナーが自分からしゃべり出す。
軍に身を置く者に取っては聞き捨てならない話だったか。
「その必要は無い。将軍に話は通してある。大分前から調査部隊が国内を巡回しているはずだ」
ワグナー将軍も、最初は半信半疑だったようだが、もうひとつの壊滅した村を改めて詳しく調査した結果、同じ見解を持った。
防衛戦の後で割ける人員は少ないものの、放っておける話では無いと判断してくれた。
この話はエイディアス公にとってもプラスの話になったはずだ。
実際にグレンデルが国の内外を問わずに発見されれば、元村長達を強引に捕らえた件なんて簡単に吹き飛ばせる。
「なぜ、その話を私にされなかったのですか」
問うノヴァクの声にはいら立ちが混じっている。
「逆に問おう。お前は俺にどこまで話している?お前の目的は何だ?貴族院の使いっ走りか?村の再興を思ってどこまで行動した?ゼルト元男爵の報告書が真っ赤な嘘だと聞いて、調査の必要は感じなかったか?この村の名前は報告書に載っていたぞ?ちょっと調べれば分かる事などいくらでもあった。それをしなかったのは何故だ?したのなら何故報告しない?」
ノヴァクに答える言葉は無い。
ただ、下を向いている。
その目はこちらからは見えない。
「最初に言っておくべきだったな。俺は生きてる者を信頼しない。そう簡単にはな。そしてお前は俺にとって信じるべき人間に値すると思えなかった。今に至るまで、ずっとだ」
それは村を歩くスケルトンにすら劣る。
はっきりとそう言ったのと変わりないだろう。
俺にこれ以上、言うべき事は無い。
ノヴァクは何も口にしなかった。
顔を下げたまま、ぽつりと失礼します、とだけ言って部屋から出た。
そろそろコイツも我慢の限界だろう。
辞めて立ち去るか、それとも俺をどうにかしようと馬鹿な真似に走るか。
何となく後者だろうなと思った。
監視のひとりも付けておきたいが、あいにくそんな事を頼める人間がいなかった。
さすがにスケルトンを付けては、俺が馬鹿だと思われる。
放っておくしかないか。
「閣下。私は閣下がどう思われていようと、お側にお付き申し上げます」
ナーがいつもの調子で淡々と言った。
こいつも誰かの差し金で動いているのでは無かったか?
まだまだ能力以上の信用は出来ない状態なので、その発言には疑問が残る。
ノヴァクより信じられるのは確かだが、それでもノヴァクの監視を頼める程ではない。
「誰に命令されたんだか知らないが、聞いてなかったのか?俺は生きてる者はそう簡単には信頼しないぞ?」
「構いません。私は私の都合で動きますので。それに、簡単には、と申される以上は、絶対では無いのかと」
「そうだな。でもそれは俺かお前が死ぬ間際の話かもな」
さすがに死ぬ間際では素直にならざるを得ないだろう。
「閣下が私よりも先に逝かれる事はございません。そのような事態の際には私が先に参りますので、閣下は私をアンデッドとしてお使いになり、切り抜けて頂きます」
「なんだそれは?」
本当に誰からどんな命令を受けているんだ?コイツは?
今まで脇に立っていたナーを見もせずに話していた。
しかし、その言葉に思わず彼女を見た。
「私がアンデッドとなれば、さすがに閣下も私を信頼して頂けるかと」
まっすぐに俺を見返してきた。
世辞では無さそうだ。
そもそもコイツが世辞を言う場面を見た事が無い。
言うべき言葉が見つからなかったので、視線を逸らすとその先にエキオンがいた。
エキオンは何も言わずに分かるか分からないか程度に首を後ろに傾けた。
なんだ?その仕草は。
面白がっているのだけは分かったので、腹が立つ。
エキオンの反応の意図は何となく分かったが、ナーがいる以上、声にする訳にはいかない。
俺もナーも何も言わなかったので、ノヴァクと言い争っている時よりも気まずい感じになる。
村の中を見回る事にして、部屋を出る事にした。
勿論、ナーもエキオンも付いてきた。
まったく。




