アーレスの村
壁と家屋、そして教会が順に建設されていく。
村への移住者の選定はあらかじめノヴァクを通して頼んであった。
希望制ではなく、基本的には税の支払いが遅れている者などから強制で集めさせる。
そうした者達の入村を家屋の完成に合わせて順次行っていった。
入村者にはひとつだけ注文を付けた。
それは、以前にこの村に住んでいた人間の除外だ。
実際に村の再建が進んでいるという話しはそれなりに広まっていて、戻りたいという声はあるようだ。
ノヴァクは俺の考えに反対を示したが黙殺した。
以前の土地や畑の権利を主張されては面倒が起こる。
全員を同じ待遇で村人として入植させたのに、以前を知っている者はあの辺りは自分の畑だったなどと他の村人に対して妙な権利を主張する恐れがある。
それならば、他の入村者と同じ条件で、と再びノヴァクから提案されたが、それでも認める訳には行かないだろう。
人はどうしても比べる生き物だ。
前と今とでは村の様子は大きく変わっている。
大きな所ではしっかりとした塀を築いた。
それを見て、どうして俺たちが住んでいた時には築かなかったのか!?と批判のひとつもするだろう。
俺が関わっていなかった時の事を俺に言われてもどうしようも無い。
しかし、農民程度の身分では領主が変わったなんて話をしても、どちらも貴族だろう!と混同して話す恐れがある。
以前と今とを比べて余計な事を吹き込まれたく無い。
村の調和を乱してもらっては困る。
最終的にはエイディアス公に全てを一任されているの一点張りで押し通した。
これで全ての要素が整えられた。
身元を確かめられた人間が各地から村に集められ、遂に俺の村は完成した。
「閣下、村の名前はどうされるんですか?」
村の外の街道から完成した村を眺めていると、珍しくナーが尋ねてきた。
この女はあまり自分からは口を開かない。
そのために、既に出会ってから1ヶ月が経とうとしているのに、何を考えているのかがいまいち分からない。
最初は女という事で、そっち方面から俺を籠絡しようとしているのかと思ったが、それにしてはナーはあまりにも女としての振る舞いがなっていない。
これではアンズのような小娘の方がまだ女を感じるかもしれない。
俺としてはどっちもどっちだが。
当然、何のモーションも無かった。
本当にエキオンの監視が目的なのかは全く不明なままだった。
閣下というのもやめろと何度も言っていたが、今聞いた通りである。
面倒な女だ。
「名前か。その辺りはどうなっているんだ?」
行政部分でかなり力を尽くしてもらったノヴァクに尋ねる。
「基本的にはエイディアスと同じく、領主の名前を用いるのが普通ですが、領地の名前と村の名前をあえて別の名前になされるのならばカドモス様がお決めになってよろしいかと」
小さい村から大きな街へと開発を終えてから、名前を変えるというのは前例がございますので。
ノヴァクはそう付け加えて話す。
そうか。俺の自由になるのか。
名前。
まあ、何でも良いか。
「アーレスにしよう」
「アーレスですか。何か由来が?」
「いや、何も無い。ただ思いついただけの名前さ」
その答えにノヴァクの顔が硬くなった。
適当に決めたと思っているのだろう。
しかし、俺が決めて良いと言ったのは自分なのだから、文句のつけようもない。
そういう事を考えているのがありありと分かった。
ノヴァクのその様子を無視して思う。
アーレスか。悪く無いだろう。
まるで他人から言われたように思った。
村人達をしばらく暮らさせた後に、代表者を選んで村長とした。
村長には村人の直接的なとりまとめと、不満の受け皿になってもらう。
俺がきちんとした領主になるのにはまだ時間がかかるだろう。
それまでの建前として与えられた身分は相談役だった。
俺とノヴァク、それにナーが村に滞在し、指導する事になっている。
それで領主でなくとも俺は村の運営の基本方針に口出しが出来る。
村の一部を拡張してそのための館は既に建ててある。
将来的に領主の館になるのだが、現状であまり目の敵にされても困るので、館はそこそこ大きいものの、なるべく地味な造りにさせた。
普通の領主がどういう風に領内に口出しをしているのかは知らないが、俺は1から10まで口を出す気は無い。
それでは不満が出てくるだろう。
それにまだまだこれから動かしていくべき事が山ほど出てくる。
村を大きくしていくつもりもある。
村の進むべき大まかな道を俺が作っていくので、そこから村人達自身が出来る事を考え、自ら行えと、挨拶に来た村長には話した。




