廃村の再興
廃村の再興が始まった。
とは言っても、現状、派遣された人員は俺ひとりだけ。
貰った所領は村とその周囲のかなりの土地だった。
まずは人の住める土地、つまり既にある程度基礎が出来ている廃村を何とかしなければならない。
連れて来たのはエキオン、隊長達6体にバンザイ。
後は軍に返されたスケルトンから13体連れてきた。
残りの30体はエイディアスの店に残してある。
そしてデカブツとスケルトンの馬2頭。
労働力としては十分だろう。
領の開発にかかりっきりになるのは目に見えていたので、店はスミスとアンズに任せてある。
ビフロンスの店をやめるつもりは無かった。
廃村の周辺は放置されていた結果、モンスターが出没するようになっていた。
作業を始める度にモンスターの襲撃を受けていては、いつまで経っても開発を進められない。
まずはその対処から始める事にした。
隊長達に周辺のモンスターの討伐を命じる。
多かったのはゴブリンやオーガのようだった。
モンスターの住み着きそうな林や森などを重点的に回らせ、モンスターを殺して回る。
1週間もしない内に、村の周囲でモンスターの姿を見かける事は少なくなった。
周辺の危険度はこれで大分下がっただろう。
その間、エキオンには討伐だけではなく、騎乗させ、かなりの広範囲に渡って周囲に住み着いているモンスターの調査を徹底的にさせた。
俺の予想に反して、特に危険な大物モンスターの姿は見つからず、出会った小物を何体か始末した程度の成果だった。
考え過ぎだったのだろうか?
それでも念のため、エキオンには見回りがてらに、調査を続けさせた。
討伐させている間にデカブツには使い物にならない建物の解体を、バンザイや他のスケルトンにはガレキの撤去を行わせていた。
どうせならば区画整備も行うか。
あまり整っているとは言いがたい家々の並びを眺めていると、そんな意欲がわいてしまった。
折角、一から村を造れるのだ。
多少の手間がかかっても俺の思い通りにやる事にした。
モンスターや夜盗の類いに襲われても守りやすいように、主要な家や建物、道を残して、後は人の通る動線を俺の意図する形になるように建物を撤去する。
廃墟の立ち並ぶ廃村の印象は、これからの村の姿が大分思い描ける状態へと変わっていく。
そこまでやって、ふとバンザイが手を動かしながらも何かを見つめているのに気が付いた。
その先ではデカブツが一軒の家を打ち崩している。
命じられたガレキの撤去を行ってはいるので命令違反はしていない。
そうやってデカブツの作業を眺める理由はなんだ?
そう思って気が付いた。
デカブツが壊していた家は、バンザイが造られた時に背後にあった家だ。
変な奴だな。
死ぬ前の記憶では無いだろうから、生まれた場所に対する郷愁でもあるのだろうか?
やがて、俺が見つめている事に気が付いたのか、慌てたように手を動かし始めた。
その動きはいつものバンザイらしく、わざとらしいオーバーな動きだった。
この頃には村の中だけでなく、外側の整備にも手をつけ始めた。
高さは俺の身長よりも低い。
そんな簡単な柵が村を覆っている。
あまりにもお粗末な物だ。
この村は馬を走らせればエイディアスから、そう離れてはいない。
つまり助けを呼べばすぐに来るとでも思っていたのか。
何にせよ、今の柵は無いだろう。
頑丈な壁を築くべく、スケルトンに半日ほどの距離にある川から岩や石を運んで来させる。
カタブツに1頭だての馬車を引かせたので、結構な量を一度に運び込めた。
石材はいくらあっても困らないだろう。
日中夜を問わず、働かせ続けた結果、村の隣に新たに岩や石の山が生まれた。
運ばせた岩は、スケルトンに次々と切り出させ、すぐにでも壁を築けるように石材へと変えていく。
デカブツには木を切り出させた。
こちらにも1頭残っていた馬に荷車を引かせた。
資材も十分に揃ってきた辺りで、仕上げとしてエイディアスと村とをつなぐ街道の補修も行った。
人の通りが減っていたので、雑草が伸びていた他はあまり必要無かったが、それでも穴が開いていたり、大きな石が転がっていたりと、細かな綻びが見て取れたので、これもバンザイら数体のスケルトンを引き連れて改善させる。
ここまでを行って、やっと職人を村に入れた。
防壁や家はスケルトンに任せる訳にはいかない。
ここからは人間の職人に任せる。
事前に話が通っているので、村に連れてくるのもスムーズに進んだ。
さすがに村の中でスケルトンが作業している様は、職人の目に異様に映ったのだろう。
スケルトン達にはエイディアス公の印が入った例の札を、職人達を呼ぶのに合わせて身につけさせている。
それでも広くない村の中でスケルトンがたむろしていればドキッとするのは確かだ。
面食らい、緊張したかのように作業を始めた職人達も、積極的に手伝うスケルトン達にやがては慣れた。
作業の無いスケルトンには村の外に位置する畑を耕させた。
さすがに畑まで壁で囲う必要はまだ無いだろう。
職人とスケルトンの手が空いた者には畑の柵を作らせる。
柵と言っても、以前の物と比べてはるかにまともな物が完成した。
荒れ果てた廃村が人の住む土地へと変わっていく。
広場でエキオンを後ろにして、その様を眺めるのは嬉しくもあり、楽しい。
それは、これまでの生で、あまり感じた事のない喜びだった。
いつものように満足げに村を眺めていると声を掛けられた。
声を掛けてきたのは若い男。
その後ろに3人の男女。
若い男の隣に立つ女は軍人だろうか?
「失礼ですが、カドモス様でしょうか?」
黒髪をオールバックでまとめた神経質そうな男だ。
平服を着ているとはいえ、ひと目で貴族だと分かる。
後ろに立つ使用人と思しき3人からも間違いないだろう。
下手に出ておくか。
「そうですが」
「私はジャック・ノヴァクと申します。エイディアス貴族院より、閣下の下で村の再興を手伝うようにと命令され、参りました」
お目付役だな。
村が実際に形になってきたので、そこで俺が余計な事をしないようにと見張りに来たのだろう。
この言い方では俺の方を上の身分として遇するという事だろうか。
「ハルモニア・ナーです。エイディアス軍より参りました。この身を何なりとお使いください」
こっちは頭の固そうな女だ。
短く切りそろえた金髪と引き締まった表情はいかにも軍の人間という感じを受ける。
さすがに鎧を着てはいなかったが、腰に剣は帯びていた。
「私は貴族ではありませんが?」
「上の者より、そう遠く無い未来に貴族になられるお方だと聞いております。我々を家令として扱って頂けたら幸いです」
俺の問いにノヴァクが答えた。
つまり、現時点でそうではなくとも、近い内にここの領主になるのだから、今の内からそう対応するという訳だ。
なら、言われた通りにしよう。
「分かった。しかし、村はまだまだこれからの段階だ。君たちがやる事は差し当たって無いな」
「それでしたら、ひとまずは再興の進行状況を自分の目で確認させて頂いて宜しいでしょうか?」
聞いて来たのはノヴァクだ。
早速、チェックか。
何もやましい所は無いので、断る理由も無い。
「許可する。自由に見て回ってくれ」
答えると、ノヴァクは一礼し、3人の使用人達と村の中へと消えていった。
「ナーは行かないのか?」
「私の目的には閣下の護衛も含まれております。お側を離れる訳には参りません」
軍から来たと言ったか。
こいつは誰の差し金なのか。
唯一、知っているのはワグナー将軍だったが、将軍が俺を監視する理由があっただろうか?
そう思った瞬間に、後ろに立つエキオンの事が、そして向こうで作業しているヒュージスケルトンの事がよぎった。
そうだな。
エキオンとデカブツの運用状況の確認が任務なのかもしれない。
今もエキオンは何も言わずに、俺の後ろに護衛として立っている。
奴隷商になる前後を問わず色々やっているので、命を狙われた事は一度や二度ではないので、自分に戦う力があっても護衛は外せない。
俺に護衛として張り付けば、確かにエキオンも自然に見張る事が出来た。
なるほど。考えてあるな。
デカブツにしても、俺の命令が無ければ動けない。
どちらも俺に張り付けば済んでしまう。
「そうか。しかし、君の行動も特に縛るつもりは無い。いずれ力を借りる時が来るだろうから、その時まで好きにしろ」
「かしこまりました」
答えると、無言でエキオンの隣に立った。
エキオンも何も言わない。
エキオンには村に人を入れる時に、人目があれば話さないように命令してある。
以降、一言も口にする事無く、エキオンの隣に立ち続けた。
正直、ウザイな。
心の中でカタブツ2号と勝手にあだ名を付けた。
カタブツはエキオンを除けば隊長の次に腕の立つスケルトンだったが、とにかく機転が利かない。
俺や隊長が命じた事は間違いなくこなすのだが、不確かな命令をすると身動きひとつしない時がある。
依り代を持つ者の命令を遵守するのがスケルトン達だったが、その命令の受け取り方には間違いなく個性がある。
曖昧な命令でも的確に動くスケルトンもいれば、正確な命令が必要になるスケルトンもいる。
ナーは間違いなく後者な気配がした。
勿論、ナーはスケルトンでは無いが。




