エイディアスの攻防
◇
戦端が開かれた当初はラグボーネ有利で進んだ。
エイディアスが選んだのは拠点防衛。
わざわざ外に出て、開かれた場所で多勢に挑む必要は無い。
ラグボーネは重装歩兵を押し出し、魔法兵を守らせながら正門に襲いかかる。
そこに門の上からスケルトンが雨のように矢を降らせていた。
矢だけに留まらず、投石も繰り返し、重装歩兵の足を止める。
それでもラグボーネの足は止まらない。
やがて正門は魔法兵の魔法の射程距離へと入り、ついに正門は破壊された。
第1陣の重装歩兵と魔法兵はここで全滅。
死の行軍。
数にして100名前後。
完全な玉砕作戦だった。
それでもラグボーネの数は多いまま。
後は中へと雪崩れ込み、数を頼みに殲滅すれば良い。
ラグボーネの指揮官はきっとこの時、笑っただろう。
所がこの後、エイディアスの攻防は膠着する。
既に正面に位置する正門は破壊されている。
しかし、ラグボーネ軍はそこに攻め込めない。
塀の上から矢を射続けるスケルトンの存在が、恐ろしいまでに邪魔をしていた。
スケルトンは攻撃を受けやすい肋を鎧で固め、一番狙いやすい頭をフルフェイスの兜で守っている。
それを下から弓兵で撃破するのは至難の業だった。
そして、そのスケルトンの矢が騎兵を退け、重装兵には石を落とし、門の中へとラグボーネを立ち入らせない。
魔法で撃破しようにも、下からの魔法よりも高所から放たれる矢の方がその射程距離は長い。
優位なのは高所から矢を放つスケルトンの方であり、うかつに貴重な魔法兵を近づける訳にはいかない。
攻城兵器のひとつもあればまた展開は違っていたかもしれないが、ラグボーネは今回それを魔法に頼ったので、どうしても決め手に欠けていた。
それでもラグボーネも素人の集まりではない。
攻めては引き、矢と石を消費させ、圧力をかけ続ける。
やがて落とすべき石は尽き、一部の塀を崩し、スケルトンを撃破し、街の中へと入り込む兵が時間を追う毎に増えていく。
塀の外では未だラグボーネの数が上回っている。
あくまでも塀の外に限った話だが。
中にはエイディアスの兵が陣を組んで守っていた。
いつもなら兵の上から魔法を降らせる魔法兵が今回は中の陣の要に配置されている。
スケルトンを採用した上で、ワグナー将軍が大胆に方針を転換していた。
徹底的に守る。
そのための布陣にようやく入り込んだラグボーネ軍も、そこでどうしても足止めされ、入った者から順に死んでいった。
それも限界はあるだろう。
時間を掛けられれば不利なのは、攻められるエイディアスの側だった。
ただのひとりの魔法兵が入り込んだだけで、陣の一部が吹き飛び、そこにラグボーネは食らいつく。
守りはやがて薄くなる。
数にして100に満たないスケルトンが稼ぐ時間は大きかった。
補給が間に合わず、矢が途切れがちになりながらも、決壊の時を先延ばしにする。
昨夜の疲労と、そしてスケルトンが守っている事がラグボーネに昨夜の事を思い起こさせて与える精神的なダメージも有効に働いたかもしれない。
数で勝るラグボーネが攻めきれずに貴重な時間を浪費する。
ラグボーネはモンスター討伐の兵が戻ってくるのを期待していると考え、それが有り得ないと断じて楽観視していた。
そしてワグナー将軍は援軍に期待してはいない。
来るかどうかは未知数。
その時が来るならば動くが、来ない以上は耐え、状況に対応するしかない。
もしも来るとするならば、その軍はきっとただのひとりだけの孤軍だとは思っていたが。
戦況が決定的に動いたのはまた、スケルトンによってだった。
ラグボーネ軍の後方から、1体のスケルトンが近づく。
それは遠いにも関わらず、はっきりとスケルトンだと分かる。
近づくに連れてその大きさがはっきりとした。
デュラハンよりも滅多に人が見る事のないモンスター、ヒュージスケルトンだった。
◇
身長5メートルにもなる巨大スケルトンが後方からラグボーネ軍をまるで薙ぎ払うように攻めたてる。
その周りを固めるように、俺やエキオンや隊長達とでフォローする。
ただの一度の腕の一振りが数人の兵士を薙ぎ払う。
ヒュージスケルトンのデカブツ(仮)を前面に押し出して思うままに蹂躙する。
手にはエキオンが敵兵の鎧などで造ったこん棒が握られていた。
ただの鉄のかたまりが凶悪な暴力を振るう。
ラグボーネの死者を集めて造ったデカブツのせいで俺の魔力は相当に減少していた。
一応、最後のマナポーションを飲んでみたものの、その効果はあまり感じられない。
それでもこれが最後の詰めだ。
寝ている場合ではないだろう。
デカブツの一撃をかいくぐった兵を手にした両手剣で串刺しにする。
その目にはありありと恐怖が浮かんでいた。
昨夜からこっちずっとアンデッドの脅威にさらされ、日が明けてようやく人との戦いかと思えば、またアンデッドに蹂躙される。
「百鬼夜行にでもあったのか?」
思わず口をついて出ていた。
おそらく俺は笑っているだろう。
それも凶悪に。
デカブツが魔法を受けて、その巨体が揺らぐ。
ファイアーボールだろうか?
一撃、二撃と続く爆発を受けても、それでもその巨体は崩れなかった。
悪いな。ヒュージスケルトンは普通のスケルトンよりも魔法耐性が高いんだ。
簡単に倒せると思うな。
「ドジッ子、射て」
簡単に命じると魔法兵をドジッ子がひとり、ふたりと射殺す。
かなりの強弓であるコンポジットボウを苦もなく扱い、遠くはなれた魔法兵達に矢を降らせる。
離れていたエキオンには目線と仕草で指示を出した。
エキオンは分かったとでも言うように手にした武器を掲げる。
それに隊長が首を向けると、エキオンは魔法兵達の陣へと武器を向ける。
隊長にはエキオンにも従うように命令してある。
動き回る騎兵どうしで伝言ゲームをしても仕方が無い。
隊長もそれで理解したようだ。
走り出したエキオンに付き従って隊長も走り出す。
魔法兵の前には重装兵が並べられていた。
攻撃の要である魔法兵をそうやすやすとは殺させてくれないだろう。
それでも構わずにエキオンと隊長は突っ込んでいく。
そのままではぶつかる。
そう思った瞬間、2頭の骨の馬が飛び跳ねた。
それはまるで飛行しているかのようだった。
スケルトンの馬の利点は軽さだ。
普通の馬に勝る力と血肉が無い事による軽さは異常なまでの移動力を発揮する。
それはスケルトン1体を乗せ、鎧を着ていてもあまりある結果をもたらす。
予想を超えた跳躍の前に、重装兵は対処が遅れた。
重装兵の上を飛び越え、そこからさらに何人かの重装兵を踏み越え、さらに飛ぶ。
あっさりと魔法使いに到達された敵軍はさらなる混乱に見舞われる。
特に目を見張ったのは、エキオンだ。
戦場を駆け抜ける様はまるで突風だ。
今、エキオンが手にしているのは、槍の柄の先に片手半剣が付いているという、デタラメな代物だった。
倒した兵から奪い取った槍で即席で造ったらしい。
俺がやった事もそうだったが、エキオンも分かっているようだ。
創造魔法の強みは状況に合わせて道具を造る事。
足りない部分を即座に補える即応性。
必要な時に必要な物をその場で調達し、造り出せるのは大きな強みだろう。
スケルトンの一団は突撃してわずかな時間であまりにも大きなダメージをラグボーネに与えていた。
デカブツの周りでは竜巻が荒れ狂っているかのように人が撥ね飛ばされていく。
討ち漏らしをカタブツ、トータス、ガサツが片付けていた。
物の数などもはや関係ない。
そして、それをただ見ているワグナー将軍でも無かったようだ。
それまで守勢に回っていたエイディアス軍が攻勢に転じた瞬間、ラグボーネ軍は軍としての機能を瓦解させた。
「それで期待には応えられたかな?」
撤退していく敵軍を尻目に、エキオンが近づいて来たので先んじて問いかけた。
「私といい勝負かな?」
その答え方は俺が以前した答えを明らかに意識していた。
「ふん。まあお前とやり合う気は無い。良くやったエキオン。隊長たちもだ」
周りに集まって来ていたスケルトン達にも声をかける。もの言わずとも、意志はあるのだ。
働きには褒賞が必要である。
いつの間にか離れた場所に退避させていたバンザイが近くに来ていた。
こいつは本当に謎な骨だ。
バンザイはろくに使いもしなかった剣を抜くと、天高く掲げた。
それに隊長が、ゴキゲンが、カタブツが、ドジッ子が、トータスが、ガサツが応じた。
かくかくと顎を鳴らす。
さらにエキオンが武器を掲げた。
まったく。
俺も剣を掲げると、デカブツまでもがこん棒を掲げた。
いつの間にか周りに来ていたエイディアス軍の兵がそれに歓声を上げ、剣を掲げて応えた。
「エイディアスの勝利に!」
『エイディアスの勝利に!!』




