ネクロマンサーの戦い方
夜討ちを選ばなかったか。
野営地から離れたまばらな林の影から魔力を使って強化した視力で観察する。
今回の敵軍の肝はどれだけ素早くエイディアスへと攻め込めるかだろう。
容易にモンスター討伐に出て行った兵が戻ってくる事が無いとはいえだ。
こちらの準備が整わない内に攻め込みたいはずだった。
それがこんな所で野営しているとは驚きだった。
いや、作戦から考えればここまで小休止を繰り返し、満足な休み無しで来ているのかもしれない。
それでは肝心の戦闘で兵はヘトヘトになる。
それを嫌っての野営か。
何にせよ、こちらの兵を減らす準備の良さの割に、現場の人間の甘さが見える。
今回の指揮官はシードと同格の阿呆かもしれない。
エイディアスから半日とちょっとの距離、辺りに遮る物が何も無い草原のただ中だった。
本来なら先遣隊を叩く役割を果たすはずが、予定が狂ってしまった。
それなら別の作戦を取るか。
「エキオン、隊長と一緒に引っ掻き回してこい。浅くな。絶対に奥まで入り込むなよ」
細かく指示を出し、俺とゴキゲンで野営地の裏側へと回り始めた。
月が無い日を選んで野営しているのも、ほとほと今回の作戦はザルだな。
ほくそ笑みつつ、進む。
馬からは降りている。
そして伏せもせずにただ歩いて近づいて行く。
ダークコート。
光を遮る闇を身にまとうだけの魔法だ。
しかし、この闇夜で使えば俺とゴキゲンの姿は容易に発見出来ないだろう。
ダークヴィジョンを使われれば発見される可能性はあった。
しかしそれを警戒していては何も動けない。
これ以上は野営の火に近づく。
そんな限界の距離まで近づいた時に、にわかに野営地が沸き立った。
エキオン達が誘い出しを始めたのだろう。
その隙にダークコートを解き、野営地の中へと入った。
見回りを殺し、手近なテントのひとつに入ると、10人が寝ていた。
それをゴキゲンと俺で音も立てずに殺して回る。
全ての兵を殺して、すぐに魔法式を頭の中で展開する。
それはネクロドライブの出来損ないの魔法だ。
依り代すら用意しない。
その分、展開も早く、あっという間に魔法が完成する。
それを次々に掛けていくと、魔法を掛けていく間にも死者がひとり、またひとりと立ち上がった。
妙にふらふらと、その様は寝ぼけているだけのようにも見える。
ゾンビ。
生ける屍の代表格。
俺が造れるのは何もスケルトンだけではない。
ただ、スケルトンが商売をするのに都合が良いから使っているだけだ。
ゾンビは腐る。
誰が腐った死体なんて欲しがる?
それに対してスケルトンの方が衛生的だった。
まあ、正直それ以外にも思い入れは無くもないが。
完成したゾンビはふらふらとテントを出て行く。
今、造ったゾンビは生者を憎み、襲うだけのスケアクロウ以下の代物だ。
指示なんて出来やしない。
しかし、これだけ人が密集している陣地であれがふらふらと勝手に人を襲ってくれる効果は計り知れないだろう。
ただひとりの生者である俺には目もくれない。
かつて魔法を教わった婆に貰った鎧が役立っていた。
着ている鎧は鋼色。
それに白銀の意匠が施されている。
その意匠は骸骨だった。
名を骸装。
鎧としてもなかなかの防御力を誇るが、一番の利点はそれではない。
これを着ると自身の属性が死者になる。
生きたまま死者になれるのだ。
あくまでも属性であって、実際に死ぬ訳では無い。
これを着ていれば生者を憎むアンデッドに襲われない。
こんなに便利な鎧は他に無いだろう。
敵地で殺せば殺す程に味方が増える。
これこそが死者を操るネクロマンサーの、そして俺の最大の利点だった。
外で殺した見回りの死体も含めて12体のゾンビを送り出した。
その間にラグボーネ軍の装備一式をゴキゲンに着させる。
可能ならそれで糧食を燃やしてこいと命令する。
顔を隠すように行動させれば、この状況では一目で見抜く事は困難だろう。
見張りがキツくて、無理ならそのまま林の待機場所まで下がれとも命じた。
ゴキゲンはかくかくと顎を動かし、理解を示すとテントから外へ出た。
あの程度のゾンビで稼げる時間はそれほど多くは無い。
ラグボーネ軍のマントを羽織り、体を隠すようにしてテントを出る。
ゴキゲンの姿は既に無い。
ゾンビは散り散りに別のテントに入って行っては騒ぎを起こす。
その間にも俺はもう11体のゾンビを送り出した。
その時には既に野営地全体が騒ぎに包まれている。
あのまま普通に殺して回っても、100人も殺せないだろう。
敵は多い。
ひとりで与えられる打撃はアンデッドの力を借りても限界がある。
殲滅をひとりで夢見られるようなお子様ではない。
目的は混乱だ。
せいぜい寝不足になってもらおう。
明日、まともな戦いが出来ると思うな。
混乱の元はスケルトンであり、ゾンビであり、つまりはアンデッドだ。
その混乱の中で、俺という異分子に気が付く人間はいなかった。
その間に野営地から離れ、待機場所の林へと向かった。




