トランクス・スフィンクス
センターが終わりましたので、短編を一つ、息抜きに書き上げてしまいました。
「我は思うのだ」
スフィンクスが神妙な顔をして唐突にそう言った。そんな真剣そうな顔で見つめられても、私には首を傾げる他ない。久々にピラミッドから離れてみれば、いきなり何だと言うのだ。
「いや何、我が顔面は人間で、肉体は獅子であるからに、生物学上ヒトに分類され、ヒトとしての権利や義務が発生するかと問われるとそれはまた曖昧な問題ではあるが」
腕を組んでまた得意の脳たれを始めるスフィンクス。私はよく分からないまま微妙な表情で相槌を打っておく。
難しく言っているが、要するにヒトかどうかは分からないがとにかく、ということだろう。まあ、こういうときの彼に口を挟んでも無駄だ。下手なことを言って、熱弁を揮われては叶わない。こんな砂漠でそんなことをされれば、いくら太陽神ラーの加護を受け給う私の身も干からびてしまう。
「しかしながら我は確固たる意識を持っており多岐にわたる思考を伴う理性をも有している。故に精神的に言えばヒト社会の秩序に身を置かねばならぬと言うことは理解に易い」
ここでもまた私は微妙な表情でスフィンクスに続きを促す。何となく彼が何を言いたいのか分かった気がするが、分かったとは何故か言ってはいけない気がする。何かに負けてしまう気が漠然としている。
「つまりだ!我はヒト社会の秩序――法律には従わねば公共の福祉を乱してしまうと思うのだ!」
誇らしげに胸を張ってスフィンクスが立ち上がった。私は思わず目を点にしてしまう。開いた口が塞がらないとは、このような状況のことを言うのだろう。
「刑法174条!猥褻とは、いたずらに性欲を興奮・刺激させ、正常な性的羞恥心を害し、善良の性的道義観念に反するものとされる。我の場合、昨今では“けもなぁ”とやらも巷でそれなりの受容を持つと聞く。つまり、獅子の身体を持ってしてもヒトとしての義務を持つ我は公然と猥褻の行為をしていることとなり、下手をすれば6月以下の懲役または30万円以下の罰金に処される!それは赦されぬ!」
「こ……公然猥褻罪ですか……」
スフィンクスの勢いに気圧され、思わず私はそう漏らしていた。しかしだ、しかしながらだ。
突っ込んでいいだろうか!これはツッコミ待ちなのだろうか!
「その通り!して、私はこのように――」
「だからって何でトランクスなんだよ!!」
「へぶぅっ!?」
スフィンクスが吹っ飛んでいく。
はあ。
思わず全力で左手で彼の胸を叩いてしまった。なんでやねん!
なんでスフィンクスが白と水色のしましまのトランクス履いてんだよ!壮観たる威厳とか重厚なる歴史とか微塵もなくなるだろうが!
ぶっ倒れたスフィンクスは誇らしげな表情で私にウィンクを飛ばしてきた。私はそれを軽く横に動いてかわす。
「何故とは、勿論。スフィンクスがトランクス!嗚呼、素晴らしきかな我が謎かけの才能!」
砂に埋もれつつ、自画自賛する彼。とっさに踏みつけて私は叫んだ。
「いやそれ謎かけでもなんでもないからな!ただの駄洒落だからな、それもかなり親父よりの!」
「スフィンクスがトランクスでウィンクー」
「上手くない、上手くないから!」
軽く数千歳を越すスフィンクスは立派な親父なのだろうが、ギリシアの時代では謎かけにハマり、今は親父ギャグに嵌る。それは親父ギャグが長年の研究の末、人類が得られる笑いの境地ということなのだろうか。
さんさんと降り注ぐ太陽の下、そんな下らないことを考えてしまった。
感想・評価等いただけると元気が溜まります。